美少女騎士(中身はおっさん)と青ドラゴン
ウーィルが無造作に振り下ろした剣。その剣先が通過した空間が、ズレた。なにもない空間に垂直な黒い筋が引かれた。むりやり言語化するならば『空間の裂け目』というべきそれが、ドラゴンにむけて飛ぶ。
斬れた!
ウーィルは確信する。たとえ酔っぱらっていても、喉元まで酸っぱいものがあがってきていても、剣に関する感覚に間違いなどあるはずがない。
すぱっ
ドラゴンの顔の正面、音もなく縦に黒い線がはしった。そして背骨。尻尾へ。身体全体に一筋の黒い線。
数瞬後、線に沿って鮮血が噴き出す。銃弾をも弾くウロコなど関係ない。見えない裂け目が通過した部分から真っ赤な血を噴き出しながら、ゆっくりと左右に別れていく。
ドラゴン自身、自分に何がおこったのか理解できていない。左右の目玉がせわしげに動く。吐いたはずのブレスがでない。それ以前に、呼吸ができない。
ぐ、ぐがぁぁぁぁ!
やっとの事で吐き出した咆哮は、くるしげな音にしかならなかった。翼に力がはいらない。目の前の小さな人間めがけて突き出す左右の爪が、むなしく空中ばかりを掻く。左右に別れたそれぞれの脳がそれを自覚する前に、彼の身体はただの肉片と化した。ドラゴンの開きが、ゆっくりと地面に落下していく。
おおおおおおきれたきれた。……へへへ。ざまーみろ!
「剣が届かない距離から、ドラゴンを斬っちまった」
水兵が口をあんぐりあけたまま固まっている。
「さすが!」
「あの娘ならこれくらいやると思ってたよ、オレは」
「だから言ったろ。公国魔導騎士は凄いって」
自分でやったわけでもないのに、なぜかドヤ顔で勝ち誇る常連の酔っ払い達。
「あっ!!」
突如、少女の悲鳴がひびく。振り下ろした剣をそのままの姿勢、ウーィルだ。
なんだなんだ?
「ああ! あああああぁぁぁぁぁ!!」
ウーィルが、剣をその場に取り落とし、絶叫してその場に座り込む。頭をかかえている。
「ど、どうした、騎士様?」
涙目の少女が振り返る。
「わ、わらしの、そーせーじが……。まだいっぱいのこっていらのに」
みれば、彼女の席、テーブルがきれいに真っぷたつに割れている。その上にあった皿、そして盛られていたソーセージが、綺麗にふたつにわかれ床に散乱していた。
「あーあ。しかたねぇな、騎士様、オレが奢ってやるよ。マスター、頼む。……あ、ソーダ水もな」
王国海軍水兵が、やれやれと言った体で注文する。
「ありがとう! おじさん!!!」
ウーィルが水兵に抱きついた。
「へ、へへへへへ、……役得?」
て、てめぇ、外国人のくせに! 周囲の常連達の視線が痛い。
ドラゴン騒動によりすっかり荒れたパブ店内、常連達が自主的に片付け始めた。
「あーあ、坂の下の隣の店、真っ二つになったドラゴンの肉塊に屋根が押しつぶされてるぜ」
「運が悪かったんだろ、しかたがない。……逆にこの店は運がよかった」
店の被害は、テーブルひとつ。そして窓ガラスと、壁に一筋の切れ目といったところか。
「常連達の日頃の行いがいいからな」
「……なぁ、あのドラゴン、なんでこんな店の中を覗いていたんだ?」
「誰かを探していたようにも見えたが……」
まさか、騎士様をねらって? 復讐? ……まさか。あのトカゲにそんな知能があるとは思えないが。
「ていうか、……ドラゴンは、あれ一頭だけなのか?」
中型以下のドラゴンは群で行動することが多い。人間の領域に侵入する場合は、特にそうだ。
ウーーーーーーー。ウーーーーーーー。
公都にサイレンが鳴り響く。空襲警報だ。
公都市民の多くにとって、それは忌まわしい記憶を呼び起こす恐怖の象徴だ。つい先日のドラゴン襲撃事件の恐怖の一夜の記憶、あるいは先の大戦における帝国軍による艦砲射撃も、決して遠い昔の事ではない。
バババババババ!
おいおい、機関砲の音じゃないのか?
「港にドラゴンの群が!」
あわてて港の方角を見下ろせば、埠頭の付近の上空に青いドラゴンの群が飛び交っている。さっきの一頭は、群からはぐれたものか。
「こんな真っ昼間から、なぜドラゴンの群が?」
港のあちらこちらから、さらに停泊している軍艦からも、無数の機銃が空に向けて乱射されている。
空を飛ぶドラゴンに対抗する手段が魔法しかなかった時代とは違う。公国の海軍は、連合王国ほどではないとはいえそれなりに強力だと言われている。列強各国にも決してひけをとるものではない。先の世界大戦では、通商破壊を仕掛ける帝国の海軍と渡り合った実績もある。対空兵装に関しても、飛行機が兵器として実用化されて以来めざましい発展を遂げている。
しかも、港に居るのは公国海軍の艦だけではない。同盟国である王国の艦、いままさに入港しつつある巨大な戦艦からも、猛烈な対空砲火が撃ち上がる。
さすがに昼間、それも軍港の真ん中だ。いかにドラゴンの群といえども、ほとんどが小型のものだ。強力な対空砲火の嵐に突っ込めば、バタバタと撃ち落とされる。港のあちらこちらに、ついさっきまでドラゴンであったばらばらの肉片が散らばっている。
ドラゴンだって人間の領域に近づけばこうなることはわかっていたはずだ。なのになぜ昼間なのだ? なぜよりによって軍港の真ん中なのだ?
店は港から続く斜面にある。港が大混乱におちいっている様子がよく見える。猛烈な対空砲火をくぐりぬけ、一団のドラゴンが地上に取り憑いたようだ。埠頭に取り残された人間を襲っているのか?
「あれは軍港の埠頭の先っぽあたりだな。……地上に取り憑いたドラゴンはたいした数じゃない。軍艦もたくさん停泊しているし、なんとかなるんじゃないか?」
公都の市街まで被害が及ぶことはないだろう。……といっても、あそこでトラゴンに取り囲まれた人々は助からないだろうが。
なんにしろ、ドラゴンあいてに一般市民ができることなどない。せいぜい震えながら家の中に隠れているだけだ。
「……よんでいる」
へ?
まだ赤い顔をしている美少女騎士が、港のドラゴンを見詰めながら何事かをつぶやいている。
「よんでいる。たすけを、……オレが、いかなきゃ」
「やめとけ、よっぱらい騎士様。いまから行っても間に合わない。それに、あそこは海軍の縄張りだろう。騎士様にはここで市民を守ってほしいのだが」
「だめだ! ……オレでなきゃ、だめなんだ。あいつを護ってやらなきゃ!」
言うが早いか、ウーィルは走る。剣を握ったまま、窓から外に飛び出した。
あっ、おい。よっぱらい、あぶない、……ぞ。
ウーィルが空中に剣を投げた。信じがたいことに、剣が飛ぶ。あきらかに重力に逆らって飛んでいる。空中で大きな弧を描き、持ち主のところに帰ってくる。
ウーィルがジャンプ。そのまま、空中の剣の上に乗る。まっすぐに空を駆ける剣。その上に立つ。まるでサーフィンのように乗りこなす。向かう先は港。ドラゴンの群の中、取り残された人々だ。
「……ホント凄ぇな公国魔導騎士。剣の上に乗っかって、空も飛べるんだ」
水兵があきれたようにつぶやくが、周囲の誰もこたえない。みな、口をポカンとあけたままだ。
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