美少女騎士(中身はおっさん)と始末書


 誇り高き公国騎士団。中でも公王陛下の盾として公都の治安を守り魔物を退治するエリート部隊としてしられるのが、オレ達魔導騎士小隊。


 オレはその魔導騎士小隊の中堅、……と自分では思っていたが、認めたくないがいつのまにかベテラン騎士と呼ばれる身になってしまったが、それはともかく魔力と筋力と魔剣であらゆる魔物をぶった切るおっさん騎士だ。……だったはずだ、ついこないだまでは。


 それが、それが、こんな少女の身体になったあげく、……謹慎処分と始末書だと?





「どうしてこんな目に……」


 オレは机の前で頭をかかえ、己の身に降りかかった不幸について嘆く。目の前には白紙のままの始末書&報告書が鎮座している。


 そもそもまったく記憶にない事件についていまさら報告書を書けだなんて、無茶だよなぁ。


 放心状態かつ傷心のオレに横から嫌味をいう男。


「気楽なものですね、ウーィル・オレオ。自分が何をやったのか、覚えていないのですか?」


 小隊副隊長のノース。メガネをずりあげながら、冷たくいいはなつ。


 うるせーよ、副隊長。オレは覚えてねーんだからしょうがないだろ。おまえ、『オレ』と同い年のくせに。同期のくせに。ずいぶんと偉そうじゃねぇか。……実際えらいんだけどな。


 こいつは魔力が半端ない。さらに実戦だけでなく、デスクワークも精力的に片付け、お偉方との面倒くさい折衝も得意。要するにオレの苦手なことをしっかりこなす、できる男だ。


 オレは、この手のデスクワークは苦手だ。これまでの人生おいて、できるだけ避けてきた。そのせいで出世しないのかもしれないが、それは仕方が無い。人には向き不向きがあるのだ。


 だからオレは昨日まで同期だったこいつ、ノース副隊長をちょっとだけ尊敬している。……本人には絶対に言わないけどな。



「ドラゴンを追って勝手に持ち場を離れたあげく、公都のシンボルである大聖堂ごと破壊してしまうとは……。あの塔は破壊されるたび何度も再建された公国のシンボルです。謹慎で済んでよかったというべきでしょう。あきらめて、おとなしくデスクワークをしていなさい」


 あー、わかったわかった。どうやらオレは本当に大聖堂を叩き切ったらしい。自分では全然おぼえてないけどな。反省してるよ。反省してまーす。


 しかし、メガネ副隊長はしつこかった。


「ウーィル・オレオ、本当に反省しているのですか? ……君の剣の腕は確かに凄まじい。もしかしたら、中世以来の歴代騎士の中でも最強のひとりかもしれない」


 えっ? そう? そんなにオレ強い? いやぁそんなに褒められると照れるなぁ。


「しかし、どうも落ち着きがない。騎士として、いえ年頃の女性として、恥ずかしくないのですか? かつての私の同僚、あなたのお父上である亡きウィルソンに申し訳ないとは思わないのですか?」


 なんだと? なんだその失礼な言い草は。絶対にいつか斬ってやるぞ、このメガネ野郎。


 ……といっても、こいつ、騎士にしては珍しく防御魔法の使い手なんだよな。ドラゴンのブレスだろうが重機関銃の弾丸だろうがすべて魔法障壁で弾き返す恐るべき男。


 オレの剣は、はたしてこいつに通用するだろうか? 懐に入りさえすれば絶対に負けない自信はあるのだが。


 って、……こいつ、いまなんて言った? 『父親のウィルソン』っていったか?







「ふーー、こんなものね。手伝ってくれてありがとう」


 わざとらしく首をポキポキ鳴らしながら、隊長がオレと副隊長をねぎらう。隊長と副隊長とオレ。三人がかりで、半日がかり。やっと始末書やら報告書やら書類の束が仕上がったのだ。


 レイラ・ルイス隊長がおおきく息をはく。自分の肩をトントンとたたく。ウェーブのかかった豪華なブロンドの髪から、いい臭いがする。その向かいの席、オレは立ち上がり両腕をあげた。中学生女子の平均的な身長しかない身体で、おもいきりのびをする。


 特に身体を動かしていなくとも、デスクワークはそれだけで肩と腰に来るよな。


 うーーん。


「ウーィル! はしたないですよ」


 うるせーよ、副隊長。なんで隊長には何も言わず、オレだけなんだよ。これくらいいいだろ! ……と言いかけたが、副隊長が冷たい目で睨んでいるのでやめた。少しでも早く謹慎を切り上げるため、ここは素直に従っておいた方がいいだろう。


「ご、ごめんなさい。気をつけます」


 素直に頭を下げる。形だけな。


「まったく。……素直にしていればそんなにかわいらしいのに」


 ん? 副隊長なんかいったか? あわてて、目をそらすメガネ。


「い、いえ。なにも。隊長もウーィルも大げさです。ほとんど書類を仕上げたのは私です」


「まぁまぁ副隊長。たよりになるわぁ。騎士団長や内務大臣への報告は私がやるから、まかせて」


 レイラ隊長が自分の胸をたたく。副隊長があきれたようにつぶやく。


「あたりまえでしょう。あなたが隊長なんだから」


 大変だな、隊長に副隊長。オレがいうのもなんだが、我が儘で自分勝手な部下達ばかりで苦労掛けてすまんね。


 それはともかく。


 レイラ・ルイス小隊長は由緒正しい貴族の家系。たしかこの姿になる前のオレよりも五歳年上。おばさん、と呼ぶと怒るが、世間的には若い娘とは決して呼ばれない年齢だ。ちなみに今は独身のはず。


 そして、お堅い副隊長は『オレ』と同い年。こちらは公国有数の大銀行の総帥一族の三男だったはず。こちらも独身。


 今の今までまったく気づかなかったが、このふたり意外といいコンビなのかもな。



 


「さぁ、どうぞ」


 隊長みずからいれてくれたお茶を三人で飲む。


 おお、うまい。


 他の隊員達は訓練中だ。オレ達だけお茶会しているのはちょっと申し訳ないが、まぁたまにはいいだろう。


 オレは意を決した。今だ。今しかない。聞くのだ。騎士団でのオレのことをよく知る二人に、ウーィルのことを。なぜかオレが知らないオレ自身のことを。


「えーと、隊長と副隊長。おふたりに聞きたいことがあるのですが……」


 できるだけさりげなく声をかけたつもりだったが、成功したかどうかは自信がない。


「なあに?」「なんです?」


「えーと『ウィルソン』って、オレ、……じゃなくて私の、えーと、父のことですよね? 父は、どんな騎士でしたか?」


 隊長と副隊長は、不思議そうな顔。おかしなことを聞くなぁといいながらも教えてくれた。彼らが知る『ウィルソン』と『ウーィル』の父娘のことを。


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