美少女騎士(中身はおっさん)と魔導騎士小隊 その02


 ふ、ふたりをとめなきゃ。


 オレは、この身体で精一杯の大声をだす。


「お、おまえらいい加減にしろ」


 精一杯ドスを効かせたつもりだったのだが、またしても可愛らしい声になってしまったような気がする。


 だが、それでも止めねばならないのだ。バカな男ふたりの間に割って入り、必死に声を上げる。


「誇り高き公国騎士が、こんなつまらないことでケンカするn ……うひゃい!!!」


 おもわずへんな声がでた。しかも大声で。


 お尻を撫で上げられたのだ。マントとスカート越しとはいえ、その感触に一瞬全身が総毛立った。背中が反り返った。自分でもびっくりするほどに反応してしまった。


 当然のごとく、ジェイボスとブルーノもこちらを見る。





「ひょひょひょ。相変わらず細っこい腰じゃのお、ウーィル・オレオ。もう少し育たないと、元気な子がうめんぞい」


 お尻を押さえながら振り向くと、オレの後ろに居たのはバルバリのジジイだ。この野郎、いつの間にオレの背後に回りやがった。


「こここここのくそジジイ。……ぶったぎってやる!」


 反射的に背中の剣に手がのびる。オレはそれほど感情の起伏が激しい方ではない。どちらかという冷めた人間、というかいつもボーッとした無感情人間と言われることが多い。しかし、このときオレは自分のお尻を触られたことに逆上してしまった。怒髪が天を突いた。ついさっきジェイボスとブルーノに言ったことばなど、もはや頭にはない。


「そこを動くなよ、ジジイ、今この剣で二枚のひらきに、……あひゃん!!!」


 剣を握りながら、またしてもへんな声が出てしまった。今度は後ろから抱きつかれたのだ。だが、ジジイは目の前に居る。


 ななな、なんだ? だれだ?


「私はウーィルちゃんには成長しないでこのままでいてほしいっす。抱きつきやすいっすから」


 背中の剣を抜こうというオレを後ろからだきしめたのは、腰まである緋色の髪の女性騎士。


「ナ、ナティップ?」


 ここは魔導騎士小隊の詰め所。オレを後ろから抱きしめているのももちろん魔導騎士だ。魔導小隊でいちばんの新人、騎士団全体でも数少ない女性騎士のひとり、ナティップ・ソング。


 このナティップちゃん。オレと同じ女性騎士だが、オレとは違う。今のオレはこんなちっちゃくて華奢でちんちくりんの少女騎士だが、ナティップちゃんは根本的に違うのだ。制服の上からでもわかる。基本的にスレンダーなのに出るところは出て引っ込むところはひっこんでいる。要するにスタイル抜群な美女騎士なのだ。


 なのにこの娘、強い。接近戦に限れば魔導騎士小隊最強かもしれない。東洋から伝わるという拳法を魔力とミックスし、魔法障壁をまとった素手の拳や蹴りでオーガもドラゴンもドツキ回す恐ろしい娘。そのナティップちゃんが、自慢の怪力でオレに抱きつき離れない。


 あー、もしもしナティップちゃん。君、十八歳だよね。ジェイボスと同い年だけど、ハイスクール卒業しているから今年入団の新人騎士一年生だったよねぇ。


 オレ、今はこんな見た目だけど、大先輩に対してこの態度はあまりなんじゃあ、……あれ? ウーィルは十六歳だっけ? この世界では、オレとナティップちゃんどちらが先輩なんだ?


 そ、そんなことはどうでもいい。それよりも重要なことは、現在進行形でオレに抱きついているナティップちゃんはオレよりも背が高くて、オレの頭の後ろにナティップちゃんの柔らかくてたわわな胸が……。


「あたってる、あたってる、ていうか乗っかってるよ、ナティップ。こら、はなれろ」


 必死にじたばた暴れるオレ。しかしナティップちゃんは離してくれない。なんという馬鹿力だ。


「ウーィルちゃん。そんな冷たいこといわないで。数少ない女性騎士同士もっとなかよくしたいっす」


 な、仲良くするのはかまわんが、抱きつくのはやめろ。こら、ジェイボスもブルーノも、羨ましそうに眺めてないで、この娘を引き離してくれよ。






「はいはいはーい。魔導騎士小隊のみなさん! ここは小学校じゃないの。静かにして。他の真面目な部隊に示しがつかないでしょ」


 部屋に入ってきた女性が手を叩きながら大声をだす。部屋中にひびく。朝からだらけきった小隊の連中が、だらだらしながらも席に着く。もちろんナティップちゃんも例外ではない。渋々オレを解放し、自分の席に着いた。


 レイラ・ルイス隊長。女だてらに公国騎士団魔導騎士小隊を率いる女性騎士。公国成立時からの代々騎士の一族の跡取りであり魔槍の達人。先日までおっさんだったオレよりも五歳年上のおっかないおばさんだ。


 騎士団の中でも、オレを初めとして脳味噌の代わりに筋肉と魔力ばかりを鍛えてきたバカばかりが集まったのが、この魔導騎士小隊だ。基本的に政治的な駆け引きは苦手な人間ばかりだが、もちろん例外も存在する。それがノース副隊長とこのルイス隊長だ。


 魔導騎士小隊は公国騎士団の中でもかなり浮いた存在である。また公国陸海軍や自治体警察など国内の他の武力組織からはハッキリと邪魔者あつかいされている存在だ。政治的に足を引っ張ろうとあら探しをする連中はいくらでもいる。そんな連中から小隊を護っているのは、剣と魔法を駆使した闘いとは異なる次元の闘い、騎士団内部のみならず内務省や国防省や公王府を相手にした政治的な闘争のすべてを引き受けている隊長と副隊長なのだ。





「隊長、こころなしかげっそりしてんじゃないすか?」


 ジェイボスが隣の席に声をかける。本人は小声のつもりらしいが、部屋の全員にきこえているぞ。


「最近、ドラゴンやらヴァンパイアやら騒がしいですからね。昨晩も軍や警察幹部といっしょに官邸に呼ばれていたらしいですよ」


 ひそひそ声でこたえるのは魔法使いブルーノだ。ついさっきは一触即発の二人だが、基本的にこいつらは仲が良い。ジェイボスは、オレにひっついていない時は大抵ブルーノとつるんでいる。


「へぇ、じゃあ徹夜ってこと? しかも政治家のお偉方からの説教? 隊長って仕事も大変だなぁ」


 ジェイボスが呑気にいうとおり、確かにルイス隊長、顔がげっそりしている。


 ドラゴン襲撃もヴァンパイアの件も、撃退したものの被害ゼロというわけにはいかなかったからなあ。騎士団を嫌っている国防大臣や内務大臣に嫌味を言われたか? まさか陛下に叱られた? どちらにしろオレの不始末だよな。もうしわけない。


「……隊長、もう若くないんだから、無理しない方がいいのに」


 よせばいいのに、ジェイボスのアホが頭に浮かんだことをそのまま口にだす。当然のごとく、それは隊員全員に聞こえた。もちろん隊長の耳にも。


 きっ! 


 音が聞こえそうな視線。隊長がジェイボスを睨む。


「だれが若くないって!!!!!」


「やべ!」


 あわてて口をとじるジェイボス。


「ジェイボス! あんたそんな口をきくには百年早い!! ついでにウーィル! 貴方達のせいなのよ、わかってるの!」


 うわ。やっぱりオレにとばっちりがきた。


「えええええ? いや、そんなこといっても、相手はヴァンパイアですよ。一般の市民への被害なしで封印できたんだから、オレも警官達も褒めて欲しいくらいで」


「ちがうわよ! ウーィル、あなたがドラゴン退治に熱くなって、公都上空でみさかいなく暴れて、挙げ句の果てに大聖堂をぶっこわしたことよ!」


 レイラ隊長がオレを指さしながら、どなる。


 うへぇ。やっぱりそっちかぁ。オレ覚えてないんだけどなぁ……。






 魔導騎士小隊は朝っぱらから騒々しい。しかし、この程度の騒ぎはこの小隊ではいつもの事だ。


 みんなだらしなくて、獣人と魔法使いの暴力沙汰があって、変態ジジイがセクハラを働いて、副隊長が嫌味をいって、隊長がどなりつけて。基本的にいつもの小隊だ。俺がこんな見た目になってしまっても、何もかわらない。


 いつもどおり、隊長がテキパキと指示をだす。


「さぁさぁ過去のことはもういいわ。部下がしでかした後始末は私がなんとかします。出動要請があるまで予定通り訓練よ。バルバリーさん、いつも通り小隊の訓練仕切ってね。スケジュール通りでおねがい」


「ひゃっひゃっひゃ。了解じゃよ、隊長」


 やれやれ、……オレも徹夜明けで眠いんだけどなぁ。


 ぞろぞろと演習場へ向かう隊員達。オレも遅れてついていく。


「あ、副隊長とウーィルはこっち。私のオフィスに来てちょうだい」


 えっ、あれ? オレの訓練は?


「ウーィル。……あなたは今日一日謹慎よ」


「えええええ、いまさら?」


「そう、いまさら。形式上だけの処分だけどね。さすがに、ドラゴンの群を追いかけて、勝手に持ち場をはなれて大聖堂ごと斬っちゃった騎士を不問にはできないのよ。諸々の報告書とついでに始末書をつくるの手伝ってね」


 えええええっ? そんなぁ。


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