美少女騎士(中身はおっさん)の新聞デビュー


 

 公都中心部。ジェイボスと並んであるくオレ。


 きっかけが何だったかわからない。ふと、見えあげた景色に違和感があった。


 あれ?


 いつもと同じ通勤路のはず、だよな?


 いや、今朝からオレの身体がおかしくなったことを言っているわけではない。今のオレのこの少女の身体については、いまだに何が何やらわけがわからんが、とにかくそういうものだと納得はした。


 この違和感はオレ自身じゃなくて、……風景だ。通勤路の様子がいつもと風景が違う、ような気がするのだ。





 立ち止まり数秒間。360度周囲を見渡ししばらく悩んだ末に、違和感の正体がやっとわかった。


 ああ、そうか。いつも通勤の途中イヤでも視界に入る建物。街の中心部、公国でもっとも背の高い建造物であり公都のシンボルである、大聖堂の塔がないんだ。


「なぁジェイボスよ。大聖堂の塔って、……どうしたんだっけ?」


「ん? 何をいってるんだ? ウーィル」


 犬ころ野郎が不思議そうな顔でオレを見る。


 えっ? えっ? オレまたへんなこと言っちゃった? もしかして、公都に大聖堂の塔があったというのは、オレの記憶の中だけのことなのか?


 だが、ジェイボスの答えは違った。オレの想像の斜め上だった。


「昨夜お前が斬っただろ」


 はぁ?


「ドラゴンに囲まれたオレを助けるため、大聖堂の塔を叩き切って崩壊させてドラゴンの群ごと押し潰したんじゃないか」


 えっ? オレ? オレが斬っちゃったの? 大聖堂の塔を?


「覚えてないのか?」


 ……うん。





 た、たしかに、剣には多少の自信がある。魔力と腕力にもだ。魔力でブーストした腕力で先祖伝来のこの剣をふるえば、昨夜の小型ドラゴンが数頭程度ならなんとかなる。魔導騎士小隊に所属する騎士ならば、その程度はあたりまえだ。


 そして、石造りの大聖堂も、オレはその気になればたぶん斬れるんじゃないかと思う。さすがにやったことないけど。


 しかし、それは昨日までの『オレ』のはなしだ。この少女の身体になってしまったオレでも、そんなことができるのか? いやそれよりも、わが公都のシンボルであり公国市民の誇りでもある大聖堂を斬るなんて、公国騎士としてさすがにどうなんだ?


 ……オレはいったい、記憶の無い間に何をやらかしたんだ? もしかして、市民の皆様に恨まれたりしてないか?


 つい先ほど感じた視線、公都市民がオレにむけた不思議な視線。あれを思い出し、背中に冷たいものが走る。






「きしさま!」


 大通りに甲高い声が響いた。通りの向こうから舌足らずな幼女の声が呼ぶのは、……オレ?


 おばあちゃんと孫娘の朝の散歩だろうか。老婦人に連れられた幼女がオレに向かって駆け寄ってきた。オレになんの用なのかしらないが、そんなに一生懸命走らなくもいいのに。


 オレよりさらに小さな身体が必死に駆ける。足元がおぼつかない。案の定オレの目の前でつまずいたその幼女の身体を、おもわず抱き上げる。


 ……つもりだったが、オレの身体も大人じゃなかった。幼女の正面からの体当たりをくらってよろけてしまう。脚を踏ん張り、なんとか受け止める。

 

 オレの腕の中、見上げる幼女の無邪気な顔はどことなく幼い頃のメルに似ている。しかし、彼女も老婦人もオレは面識がない。ないよな。ないはずだ。


「えーと、お嬢ちゃん。オレ、じゃなくて私は確かに公国騎士だけど、何か用かな?」


「騎士のお姉ちゃん、大聖堂の塔を斬っちゃったの?」


 えっ?


 彼女のちっちゃい手には、なにやら紙が握られていた。街売りの今朝の新聞だ。その一面に大きなモノクロ写真。


 半分崩れかけた大聖堂を下から撮った写真だ。おそらく夜間、あきらかに光量が足りない、しかもブレブレの写真。それでも何が映っているのかくらいはわかる。塔の周囲を飛び交う何頭ものドラゴンと、空中でそれを迎撃する剣をもった少女騎士、って、……うわぁ、オレかよ。





 ちょっとみせて。


 オレは幼女から新聞をひったくる。両手でつかみ、凝視する。


『青ドラゴンの大群、公都を襲撃。公国騎士団が撃退するも大聖堂を破壊。死傷者なし』


 紙面最上部に特大の活字が踊る。その下、紙面の約半分を占める白黒写真。


 うわうわ。写真にうつるのは、大聖堂周辺を乱舞するドラゴン達だ。その真ん中に、カッと口をひらき今にもブレスを吐く直前のドラゴン。そして、空中でその首めがけ自分の身長よりも長い剣を振り下ろさんとする少女。一頭と一人の交わる視線。凜々しくて雄々しい表情。……自分でもちょっと格好いいと思ってしまった。


 この写真、状況から考えるに、おそらく現場はドラゴンの群と魔導騎士と陸軍が入り乱れ、ブレスと銃火器と魔法が乱れ飛んでいたのだろう。オレは覚えていないけど。そんな現場の直下で、こんな写真よく撮ったもんだな。新聞記者というのも命がけだなぁ。


 い、いや、問題はそこではない。写真の中のオレ、今と同じスカート姿だよ。それを地上から撮ってるから、スカートの中がやばい。細くて白いふとももの根元がギリギリまで……。


 これ、わざと危ないアングルを狙って撮ったのか? たとえ公国最大の新聞社といえども、公都の公序良俗を護る騎士としてこれは許せん。許せんぞ! 


 ……って、ちがう。おちつけ、オレ。真の問題はそこでもないぞ。最大の問題は、こんな写真があるということは、このオレが大聖堂をぶっ壊したというのは本当かもしれない、ということだ。






「……うん、お嬢ちゃん。オレが大聖堂こわしちゃったみたいだ。ごめんね」


 オレは幼女に謝る。頭を下げる。この幼女だけではない、公都市民全員に謝罪したい気分だ。しかし幸いなことに、少なくとも目の前の幼女はオレを責める気はなさそうだ。


「いいの。お姉ちゃんのおかげで公都はドラゴンから助かったって、おばあちゃんが言ってるわ」


 そうなの?


 おそらく幼女の祖母であろう老婦人の顔をみる。みるからに品の良いおばあちゃんが優しげに笑う。


「昨夜、公都の空を我が物顔で蹂躙するドラゴンどもの群を、私達は家に閉じこもりカーテンの影から震えながら見守るしかありませんでした。魔力で空を舞い剣でドラゴンを迎撃する魔導騎士様達の勇姿には、どれだけ勇気づけられたことか」


 ま、まぁ、それが騎士の仕事だしな。


「市民に死傷者がでなかったのは、そんな騎士の中でも最強の女性魔導騎士、……あなたが、自分を囮にしてドラゴンをおびきよせ大聖堂ごと一網打尽にしたからなんでしょ? 新聞にそう書いてあるわ」


 ん? そういう事になっているのか? オレやジェイボスが大聖堂に向かったのは、ドラゴンをおびき寄せるためというよりも、先にドラゴン達が大聖堂に集まっていたからその目的を探るためたっだような気がするが。その後、オレ達は逆にドラゴンに取り囲まれてしまい、そのあげくオレの記憶は途切れるわけだが……。


「た、たとえそうだとしても、結果として公都のシンボルである大聖堂が……」


「あんなものまた建てればいいのよ。どうせあの塔は先の大戦で帝国の軍艦の艦砲射撃で木っ端みじんにされたものを再建したばかりだし。……私達がドラゴンの犠牲にならなかったのは、あなたのおかげよ。ありがとう」


 おばあちゃんが丁寧に頭をさげた。


「ありがとう!」


 舌足らずな幼女もいっしょに頭を下げる。


 ふと周囲をみわたすと、多くの市民。通勤中のおじさんも、通学の女子学生も、新聞売りも、靴磨き屋も、皆いっしょにオレに対して頭をさげている。拍手をしてくれる人も居る。


 隣のジェイボスが、またしてもオレの頭にでっかい手をのせ、頭を撫でやがる。


 え、えへへへへへ。


 騎士になって約二十年。オレ、今日ほど騎士になって良かったと思ったことはないかも。

 


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