美少女騎士(中身はおっさん)の生足キック
「きゃー、学校に遅刻しちゃう。お姉ちゃんがボーッとしているから」
「お、オレのせいなのか?」
たしかに目覚めた直後から混乱していたオレのせいのような気もするが、オレにとって人生最大ともいえる非常事態だったんだから仕方がない。だが、だったらあんなにゆっくり朝飯を食わなくてもよかったのだが。
「だめよ。お姉ちゃんとジェイボスさん、ドラゴン退治から帰ってきたの朝方なんでしょ。ちゃんと朝ご飯食べなきゃ」
……なんてできた娘、じゃなくて妹だ。親として、いや姉として、オレは誇らしいぞ、メル。
「居候のオレまで朝ご飯ごちそうになっちゃって、もうしわけないね。美味しかった。メルちゃん、いいお嫁さんになるよ」
ジェイボスのアホがへらへらと笑う。
あんだ、てめぇ。メルに色目使うんじゃねぇよ!
どかっ
オレはジェイボスにいっぱつ蹴りをいれてやった。
「ウーィル! おまえ、朝っぱらから幼馴染みを何回蹴るんだよ!!」
くそ、まったく平気な顔しやがって。やはりこの身体での蹴りはきかないか。
……こら、メルも、ジェイボスにあんなこと言われて赤くなるな!
ハイスクールの制服姿、ちょっと大きな荷物を抱えたメルが、スカートを翻しドアから出て行く。白いシャツにリボン。膝丈のスカート。ちょこんとベレー帽をのせた金髪が、朝日を反射してキラキラ輝く。
これから一旦寄宿舎にもどり、そのまま授業にでるという。
「じゃあわたし寮に行くね」
「ああ。身体に気をつけて。悪い男にひっかかるなよ」
「わかってるって! おねえちゃんは心配性だなぁ」
「小遣いは足りてるのか? 女の子は何かと金がかかるだろう?」
メルの学校は、公国一の超名門校だ。正直なところ一介の騎士でしかない我が家の家計では、学費を賄うのもなかなかつらい。しかし、旧貴族や資産家ばかりの同級生の中で、娘に惨めな思いをさせるわけにはいかない。
「もう、お姉ちゃんは自分のことには無頓着なくせに、いつもいつも私のことばかり気を使って……。私なら大丈夫、奨学金もあるし、それにアルバイト始めたんだ」
「な、なに! アルバイトだと? いったい何をはじめたんだ! まさかいかがわしい仕事ではあるまいな!!」
「あ、もう行かなきゃ。いってきます!」
「ま、まて、メル、こら」
メルはオレとジェイボスに向かって手を振りながら、大通りをかけていく。次に家に帰るのは、また数週間後だという。
「いってらっしゃーい、メルちゃん。気をつけてね」
人の気も知らないで、ジェイボスのアホウが無邪気にメルに向かって手をふっていやがる。
「いつまでもヘラヘラしてんじゃねぇ!」
オレはまたしてもジェイボスに蹴りを入れてやった。やはりまたしてもまったく効果はないようだが。
さて。オレとジェイボスも騎士団に出勤せねばならない。戸締まりを済ませ、オレ達はいつも通り歩き始める。
オレオ家は、公都の中でも中流階層が住む住宅街にある。公国騎士団の駐屯地まではそう遠くはない。よって、普段の通勤は徒歩だ。
石造りの大通りは、朝っぱらから喧噪につつまれている。馬車や自動車がひしめく隙間を縫うように、通勤のサラリーマン、通学の学生、散歩の老人。多くの市民が行きかう。
我が公国は、一応は列強の一角ということになっている。公都はその首都であるから、世界的に見ても賑わっている方なのだろう。オレは外国には行ったことないけどな。
その公都の中心部、通勤途中のオレとジェイボスのふたりは、あきらかに人々の目をひいていた。
公国騎士団は、数百年前より剣と魔法で公国市民を護ってきた、公王陛下直属の誇り高き戦闘集団だ。
中世時代が終わり、市民階級を中心として編成されたより近代的な戦闘組織である公国陸海軍の設立、そして自治体警察組織の整備とともに、騎士団の存在目的は大きく変化した。とはいえ、いまだに騎士は公国市民の憧れの的、……であるらしい。メルの話によれば、公国の学生のなりたい職業ナンバーワンなのだそうだ。
さらに、公国騎士の制服は必要以上に派手だ。公王陛下の権威を内外に示すためらしいが、実用性は二の次で格好良さ優先でデザインしたんじゃないかと思うほどだ。実際、騎士団の中でも実戦部隊ではない公王宮守備隊や儀仗隊、音楽隊などは、その派手さ、美しさ、格好良さにより、公国を訪れる観光客に大ウケだ。
要するに、騎士はただでさえ目立つのだ。
獣人オオカミ族であるジェイボスが、その騎士の制服姿でゆうゆうと歩く。いまだに獣人を差別的な視線で見る者も少なくはないが、それはそれとして美しい銀色の体毛にくるまれた見事な筋肉を誇るオオカミ野郎は理屈抜きでかっこいい。騎士ジェイボスが人々の視線をあつめるのはしょうがない。
昨日までは、……オレがウィルソンだった頃ならば、そのジェイボスの隣をやはり騎士の制服の渋いおっさん(オレのことだ)が歩いていても、むさ苦しくはあってもそれほどの違和感はなかったはずだ。
だが、いまジェイボスのとなり、いや三歩後ろをちまちま歩いているのは、あきらかに身体に合わない騎士の制服の小さな少女だ。
騎士のコスプレした幼女であるオレは、市民からどのように見られているのだろう?
通りの向こう、街頭売りの新聞を片手にちらちらオレを見ているおっさんがいる。口元を隠しながらコソコソ話し込んでいるおばさん二人組は、オレと視線が合った瞬間わざとらしくうつむいた。あちらの女学生の集団は、オレを指さしながら何やらかしましい。
気のせいだ、……よな? うん、気のせいにきまってる。あまり考えないようにしよう。
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