美少女騎士(中身はおっさん)の生着換え
「なぁ、ウーィル、メル、ところでさ……」
天を仰いでいたオレを、ジェイボスが現実に引き戻す。
「ふたりとも、そろそろ寝間着を着換えないとメルは学校、ウーィルは職場に遅刻するんじゃないか?」
えっ?
きゃっ。
小さな悲鳴をあげたのはメルだ。今頃になって、ジェイボスの前で寝間着のままだということに気づいたらしい。
あわてて自分の部屋に走る。学校の制服に着換えるために。
ジェイボスの野郎がそんなメルの後ろ姿を眺めている。視線の先が固定された方向を確かめてみれば、ヒラヒラしたシャツの裾、そしてふともも。
「おい、ジェイボス。……おまえ、メルをいやらしい目で見ていたな!」
「み、みてない。なにも、見て……」
ぼこっ。
オレは、ジェイボスの尻に回し蹴りをいれてやった。
しかし。……くそ。やはり、この少女の姿でこの筋肉野郎に蹴りをいれても、まったく手応えがないな。
だが、ジェイボスは顔を赤くしている。ん? もしかして、蹴りが効いたのか?
「う、ウーィル、おまえ。そのきわどい格好でそんなに脚あげて蹴るなよ。……みえるぞ」
なっ!?
咄嗟に顔が熱くなる。本能的にシャツの裾を抑えてしまった。
「うるさい。だまれ。この犬ころ野郎、……オオオオレも着換えてくるから、ちょっとここで待ってろ」
いったいどうしてしまったんだ、オレは?
オレと妻の寝室にもどってから、深呼吸をひとつ。頭をひやす。
あらためて部屋を見渡す。ベッド。小さなクローゼット。大きな姿見。部屋の中はなにも変わっていない。
そして、鏡にうつる小さな少女。
……変わったのはオレだけだ。漆黒のつぶらな瞳。黒髪のショートカット。なんどみても確かに美少女だ。
オレがこんな少女姿になってしまっても、娘のメルと後輩のジェイボスはまったく違和感がないようだ。そして、オレが騎士団の一員だという事実は変わっていないようだ。
ならば、オレは騎士団に出勤せねばならないのだろう。メルを食わすために。
そして、職場に行くのにまさか寝間着のママというわけにはいくまい。着換えねばならない。騎士の制服に。
まずは寝間着替わりのシャツを脱ぐ。
鏡にうつった少女の裸体。女児用のパンツ下着一枚の少女。
うわぁ。体型は少女どころか幼女に近い。メルよりも胸が平ら、というか全身凹凸が少ない。あきらかにメルよりも幼い。
メルによればオレは『おねぇちゃん』らしい。ジェイボスによればオレは『十六歳』らしい。しかし、どう見ても十六歳のおねぇちゃんには見えないよなぁ。
一応断っておくが、妻が亡くなって以来『オレ』はメルを男手ひとつで育ててきた。いまさら幼女体型の裸をみても恥ずかしかったり、ましてや興奮などしないぞ。
い、いや、そんなことはどうでもいい。問題は、筋肉だ。
この身体、全身細くて白くて柔らかくてプニプニしてシミひとつなくて、……騎士団に入団してから二十年間ひたすら鍛えた筋肉はどこへいった? 勲章代わりの身体中の傷はどこに行ったのだ?
クローゼットの中の公国騎士の軍服は、当たり前のように女性用のものだった。しかも、サイズは最小だ。
「昨日までは、確かに男物だったはずだよなぁ」
身体だけではなく、身体のサイズにあわせて服まで替わってしまうとは、不思議なこともあるものだ。だが、いつまでも目の前の現実から逃げていても仕方がない。着るか。
まずは下着。……これ、女児用のシュミーズってやつか? メルが小学生のころ着てたのと同じじゃねぇか。
こんなものを身につけるのは初めてのはずなのに、なぜか自然に着ることができた。自然にからだが動いたのだ。
そりゃメルがガキの頃はオレが着換えてやっていたが、これじゃまるで自身が毎日身につけてるみたいじゃないか。
ため息をつきながら、半袖の黒いシャツを羽織る。ひとつづつボタンをはめる。
我が公国は亜熱帯の島国だ。気候は常夏といってもいい。ほとんどの国民は、日常的に肌の露出が多い。
中世時代の公国騎士は、大陸諸国にならって普段から装飾過多な衣装や大仰なヨロイを身につけていたそうだが。……想像しただけでも暑苦しいよな。昔の騎士は大変だっただろうなぁ。
だが、さすがに現在の騎士の制服は、それなりに合理的になっている。現代に生まれて良かった。
……うわぁ。袖からみえる腕が細い。シャツが黒いから、腕の白さがやばい。ついでに、最小サイズの制服であるにもかかわらず、それでも胸に余裕がありすぎる。
はぁ。
オレは、またしてもひとつため息をつく。
鏡の中の少女は、上半身黒いシャツだけ。下半身は太ももどころか白い下着がぎりぎり見えている。自分でいうのもなんだが、かなりやばい格好だ。
そして手に取る、……スカート。
そういえば、公国の女性騎士の通常勤務時の制服はスカートだった。同僚の女性騎士はおっかない女ばかり、しかもたいていの場合は戦闘服姿だったから、意識したこともなかったが。
くっそ。あしもとがスースーする。
このスカート、どうしてもこんなにふわっとして、しかも膝丈しかないんだよ。女子学生みたいじゃないか。これで戦えるのかよ。
ためしに一回転してみれば、裾がフワリと翻る。
……そもそも公国に騎士制度が確立した中世時代、騎士は男しかいなかったはずだ。女性騎士が誕生したのは、列強からの独立を維持するため公国が立憲君主制に移行し、公国軍が別に創設され騎士団の性質が大きく変化した近世になってからだ。要するに、この制服が制定されたのはつい最近ということだ。いったい誰が考えたんだ? オレはそいつを叩き切ってやりたい。
革のベルトをしめ、革のブーツを履く。ちょっと暑苦しい黒いマント。よくわからんが、このマントが公国騎士の象徴なんだそうだ。
最後に、剣。
オレが手に取ったのは、代々公国騎士だった我が家の家宝。東洋から渡ってきたと言われる片刃の剣。斬れ味だけが取り柄。確かにオレの剣だ。……って、あれ?
鞘をつかむ。長い。こんなに長かったか? いや、オレが小さくなったのか。
目の前、鞘を水平に持つ。左手に鞘。右手に柄。そしてゆっくりと剣を抜、……けない。
あれ?
なんのことはない。腕が短かすぎて、両手を目一杯ひろげても剣が鞘から抜けないのだ。
……く、く、くくくく。
おもわず笑いがこみ上げる。
なさけない。腕が短すぎて剣がぬけないなど、騎士としてこれほど情けないことはない。こんな姿、同僚の騎士達に見せるわけにはいかないなぁ。
「おーーい。まだか、ウーィル。そろそろ本当に遅刻するぞぉ」
ドアの向こうからジェイボスの声がきこえる。
うるせーな。だまって待ってろ。女の着替えには時間がかかるんだよ。
ふと、目の前を飛ぶ影。小さなハエだ。
くそ、腕が短いのならば、……やってみるか。
体内の魔力を意識する。よし、この身体にも確かに魔力はありそうだ。魔力の量だけならば、もとの身体にもひけをとらない。魔力の質がちょっと違うような気がするが、そこはとりあえずは気にしないでおく。
精神を集中する。全身の筋肉に魔力を纏わせる。
できる。オレにはできる。絶対にできる!
自分に言い聞かせる。半生をかけてきた剣がオレを裏切るはずがない。たとえオレが少女の姿になったとしても、だ。
腕が短くて鞘から剣が抜けない? ならば、そもそも初めから鞘を握らなければ良いのだ。
……いくぞ。
右手で剣を握り、鞘から左手を離す。空中に鞘をおいたまま、間髪入れずそのまま身体だけ一歩前に出る。同時に身体を半回転。空中の鞘から右手だけで剣を引き抜くのだ。
一閃!
思い描いたとおりの軌跡で切っ先が走る。空中のハエにむかって。
よし! しかし、まだだ。
今度は剣を逆に引きもどす。いまだ空中にある鞘に向けて。
カチン。
剣が収まる。まるでなに事もなかったかのように、鞘は静止したままだ。
できた!!
へ、へへへ。こんな小さな身体でも、なんとかなるもんだな。
不思議なことに、剣を操っている瞬間、剣も身体もほとんど重さを感じなかった。まるで羽のように動いた。
なぜこの身体でこんなことができるのかはわからないが、ともかく剣はオレを裏切らない! ざまぁみろ!!
オレは、オレをこんな姿にした理不尽極まりない神に向かって、アッカンベーをしてやったのだ。
「あいかわらず凄ぇな、ウーィルの剣は……」
真っ二つになり地面に落ちていくハエの先、ドアを開けたジェイボスが目を丸くしている。
あいかわらず、だと?
おまえ『ウーィル』がどんな剣技を使う騎士なのか知ってるのか? 本人であるオレが知らないのに。……いやその前に、おまえ、ひとんちの寝室のドアを勝手に開けるなっていつも言ってるだろ。
「なあ、ウーィル。いつも思うんだが、その細くて小さな身体でそのクソ長い剣、どうやったらそんな素早く振り回せるんだ? 慣性とかどうなってるんだよ」
……オレが知るか。一番驚いているのはオレなんだよ。
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