美少女騎士(中身はおっさん)と幼馴染み



「おーい、ウーィル! むかえに来たぞぉ」


 そうだ。ジェイボスがいた。


 確かにジェイボスはアホで未熟者でうっとうしい野郎だが、それでもいちおうはオレと同じ公国騎士だ。魔物退治の専門家であるエリート魔導騎士小隊の一員だ。こーゆー異常事態には強いはずだ。




 オレは我を取り戻す。勢いよくドアを開け放つ。その向こうにいる、オレを迎えに来た若造に問い掛ける。


「ジェイボス、ジェイボス、ちょっと来い。おまえに聞きたいことが……」


 しかし、オレの声はメルの悲鳴に遮られた


「キャー、ジェイボスさん。どうしたのそのケガ」


 ケガ?


 ドアをあけた向こう。確かに同僚の若造騎士ジェイボスがいた。オレの騎士団の後輩であり、二階の空き部屋を貸して下宿させてやっている居候だ。


 いつもどおり、きっちりと騎士団の制服を着こなした青年。一般人よりも明らかにでかい背丈。毛深い顔。犬の耳。オオカミ族特有の銀色の体毛。俺以上の筋肉の塊。


 ジェイボス・ロイドは獣人だ。普通の人間やエルフ族よりもはるかにでっかくて頑丈で力強い肉体を誇るオオカミ族だ。ちなみに我が公国においてオオカミ族は、あくまで法律上の建前ではあるのだが、人間やエルフ同様に国民としてのすべての権利が認められている種族だ。……現実はともかくとして。


 しかし、今日のジェイボスは、いつものジェイボスではなかった。……といっても、オレのように少女の身体になってしまったわけじゃぁない。


 ジェイボスは、全身包帯を巻いていた。腕を固定され、その他何カ所か骨折もしているようだ。見るからに痛々しい。






「うわーーー。じぇじぇじぇじぇいぼす。おまえ、どうしたんだ? 大丈夫なのか?」


 そんなジェイボスの姿を見て、メルにつづいてオレも悲鳴をあげてしまった。ちょっとかん高い、メルと同じくらい可愛らしい声で。


「あ? ああ。昨晩、公都に襲来した小型ドラゴンの群を迎撃しているとき、逆襲されてしまったんだが、かすり傷だから心配ないよ、……って、ウーィルおまえいっしょに作戦参加しただろ」


 そ、そうか。そうだったのか。確かに昨晩のドラゴン掃討戦は、オレはジェイボスとパートナーを組んだのだった。


 しかし、それはオレがウィルソンだった時のはなしだ。オレがこんな少女の姿になってしまっても、『ジェイボスとオレが共にドラゴンと戦った』と言う事実だけは、かわっていないのか? なぜオレにはその後の記憶が無いんだ?


「で、で、で、ジェイボスよ。オレ、昨晩、どうなったんだっけ?」


 ジェイボスがオレを見つめる。身長が違いすぎて見下ろされているのが気に食わないが、珍しく真面目な表情だ。いつもヘラヘラしたアホな若造なくせに、こーゆー顔をするといい男じゃないか。犬ころだけどな。


「昨晩はありがとう、ウーィル」


 は? なにが? 


 礼を言われる心当たりがない。ていうか、記憶そのものがない。しかしそんなオレにかまわず、ジェイボスがオレの頭に手をのせやがった。相変わらずでっかい手だ。いや、今の俺の頭が小さすぎるのか。頭から体温が伝わってくる。あたたかい。


「大聖堂でドラゴンの群に囲まれて、ブレスを喰らって動けなくなったオレを助けてくれただろう。俺がいまなんとか生きているのは、ウーィルが必死にオレを庇ってくれたおかげだ」


 えっ? そうだったの?


「オレは気を失ってしまったが、ウーィルのおかげで騎士団の仲間が駆けつるまで時間が稼げた。……メル、おまえのウーィル姉ちゃんはすげえ騎士だぞ」


 そ、そうだったのか。さすがだな、オレ。


 ジェイボスの暖かい視線とメルの尊敬の眼差しが眩しい。ジェイボスはともかく、娘からのこんな視線、久しぶりに浴びたような気がするぞ。


「な、な、なにはともあれ、おまえが無事で良かったよ」


 オレの正直な気持ちだ。ジェイボスは未熟者で鬱陶しい犬ころだが、いちおう同僚で後輩で居候で息子みたいなもんだしな。おまえが死ぬとたぶんメルが悲しむし。







「で、……どうしたんだ、ウーィル。聞きたい事って?」


 そ、そうだ。用件は別だった。オレのこの身に起こった怪異現象に比べれば、このワンコのケガなど些細なことだ。基本的に獣人は頑丈だからな。


「じぇ、ジェイボス。……オレの姿、どう思う?」


 少女に変わってしまった自分の姿がよくみえるよう、ジェイボスの前で両腕をあげる。華奢な身体をくるり一回転。寝間着かわりのシャツの裾が翻り、白い太ももが付け根まであらわになる。


「どう思うって、……いつも通りの寝間着姿じゃないか。あいかわらず成長しねぇな、ウーィルは」


 あ、あれ?


 ジェイボスはいつも通りのマヌケ顔だ。オレのこの姿をみて、まったく表情がかわらない。


「そうじゃなくて! なぁ、オレのこの状況を見て、ほかにはないのか?」


「ほか?」


「オレのこの身体について、いろいろあるだろう? 」


 オレはシャツの裾、太ももあたりをヒラヒラしてみる。


「……ウーィルの身体?」


 ジェイボスは、上から下までオレの身体を眺める。そのなめ回すよう視線に、なぜかわからないがオレの背筋に悪寒がはしった。反射的に腕を組んで胸を隠し、本能的に一歩下がってしまった。自分でも、どうしてそんなことをしたのかわからない。


 同時にジェイボスもオレから目をそらす。ちょっとだけ顔が赤くなっている?


「も、もう少し、肉をつけた方がいいかもな。特に胸と腰は。それじゃ妹のメルちゃんよりも幼く見えるぞ。 ……い、いや、あくまで世間一般であって、俺はウーィルははそのままでも十分だと思うがな」


 な、なにをいっているんだ、この犬ころ野郎は! こんなオレの姿を見て、なにも感じないのか?






「ちょ、ちょっとまて。まってくれ、ジェイボス。真剣に答えてくれ。……オレは、誰だ?」


「誰だって、……ウーィル、おまえいまさら何言ってんだ?」


 こたえてくれ。頼む!


「ええと。君は、ウーィル・オレオ。十六歳……」


 十六歳? この外見はどうみても十二歳くらいにしか見えないぞ。い、いや、メルの姉だとすると、たしかに十六歳じゃないと辻褄が合わんが。


「それ以外には? オレは、お前にとって何なんだ?」


「ウーィルは、親に捨てられ天涯孤独だったオレを拾ってくれた命の恩人、騎士ウイルソン・オレオの長女で、メルの姉で、ついでに公国騎士団魔導騎士小隊のオレの後輩で、オレの、……えーと、今のところ、……幼馴染みだ」





 オレは、天をあおぐ。


 オレがこんな姿になったのに、メルだけではなくジェイボスも違和感を感じていないとは。


 まるでオレが昨日から、それ以前から、ずっと小さな女の子だったような。そしてメルの姉だったような。


 なぜだ! この世界はいったいどうなってしまったんだ?



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