美少女騎士(中身はおっさん)とひとり娘
お・ね・え・ちゃ・ん、だと?
朝っぱらから、いったい何度目の茫然自失なのか?
「おねえちゃん?」
メルが、オレの娘が、父親であるオレに向かってふたたび問い掛ける。不思議そうな顔で。
「そんなにあわててどうしたしたの? ウーィルおねえちゃん」
オレがおまえの『おねえちゃん』? オレは、おまえの父親だったはずだぞ。
「めずらしいね、おねえちゃん。着換えないまま起きてくるなんて。……昨日も遅かったの? あまり無理しないでね」
朝からオレの心配をしてくれるのか。なんて優しい子だ。さすがオレの娘だ。……じゃ、なくて。
「ウ、ウ、ウ、ウ、ウーィルおねえちゃんって、オレのこと、か?」
「……なに言ってるの? おねえちゃん」
オレを見るメルの視線が、あきらかに険しくなる。
「な、なぁ、メルよ。オレが、おまえの『ウーィルおねえちゃん』だとして、おまえの父は、……ウィルソンは、どうしたんだっけ?」
おそるおそる娘に問い掛けた後になって、オレは後悔した。世の中には確かめない方がよいことも沢山あるのだ。オレは、こんなおっさんになるまでの人生の中、それを痛いほど学んできたはずなのに。
「寝ぼけてるの、おねえちゃん? お父さんは三年前ドラゴンに襲われて亡くなっちゃったでしょ?」
……やっぱり、聞かなきゃ良かった。
「お姉ちゃんはそれから私を養うために学校をやめて、騎士団にはいったんじゃない。……もう、ほらほら、はやく目を覚まして!!」
そ、そうだったのか! こんな少女みたいな姿なのに、なんて立派な姉だ、ウーィルおねえちゃん。……って、オレのことか。
ていうか、ウィルソンは娘ふたり残して死んじゃったのか。なんて酷い男だ、騎士のくせに。……って、これもオレのことか。
あああ、オレは今おおいに混乱している。
メルが幼い頃に妻が亡くなって、それから今日まで男手ひとつでおまえを育ててきたのはオレだったはずだ。そして、メルにウーィルなんて姉はいない。オレにウーィルなんて娘はいない。いないはずだ。メルはオレの、ウィルソンの、たったひとりの娘のはずだ。
いったいこの世界はどうなってしまったんだ? これじゃあまるで、世界の過去の歴史が書き変わってしまったみたいじゃないか。
頭がくらくらしてきたオレに関係なく、メルがいつもの朝と同じようにラジオのスイッチを入れる。いつもどおり雑音混じりの国営放送のニュース。たんたんとしゃべるアナウンサーの声。
ここ数ヶ月、ニュースと言えば大恐慌のショックからいまだに抜け出せない世界不況に関わる辛気くさい話題か、そうでなければ大陸の列強国同士の小競り合いがいつ二度目の世界大戦に発展するかもしれないというキナ臭い話題ばかりだったはずだ。
しかし、今日はドラゴンの話題一色だ。どうやら昨夜の小型ドラゴンの群による公都襲撃は、オレの夢ではなく現実におこった事件だったようだ。一般市民に死傷者がでなかったのはなによりだが、やはり公都の被害は甚大らしい。こりゃ騎士団への風当たりも強くなるかもしれないなぁ……って、やっぱり世界で変わってしまったのはオレの姿だけなのか?
「おねえちゃん、まだボーッとしてる! もう、今日は私が朝ご飯作るから、はやく顔洗ってきて」
あ、ああ。
いつまでも唖然としているオレに呆れて、メルがテキパキと朝飯の準備を始める。
朝に弱いメルらしくない。おまえがガキの頃から朝飯の準備はオレがしていたはずなのに。たった数日でずいぶん成長したな、メル。父は嬉しいぞ。……っと、感動している場合ではない。
どうする、オレ。どうすればいいんだ、オレ。この姿のまま、朝飯をくって、騎士として出勤するべきなのか?
「おーい、ウーィル! むかえに来たぞぉ」
ノックの音とともに、ドアの向こうから野太い声がひびいた。
「あ、ジェイボスさんだ。今日は早いわね」
声に応じて、メルがドアに向かう。
そうだ! ジェイボスがいたか!
ドアの向こうにいるはずの男。ジェイボス・ロイド。
こいつは騎士団のオレの後輩、若手騎士だ。オレと娘だけで暮らすには無駄にでかくて部屋があまっている先祖伝来のこの家を有効活用するため、下宿として二階の部屋を貸している身寄りのない若造だ。
オレは必要以上にメルと仲が良いこの若造は大嫌いなんだが、なぜかこいつはオレに懐いている。職場、プライベートにかかわらず、剣や魔導を鍛えて欲しいとしつこくオレに付きまとう。朝の通勤も一緒にいこうとわざわざ迎えに来やがる。とにかく鬱陶しい若造だ。
だが、確かにジェイボスはアホで未熟者でうっとうしい脳みそ筋肉野郎だが、それでもいちおうはオレと同じ公国騎士だ。魔物退治の専門家であるエリート魔導騎士小隊の一員だ。こーゆー異常事態には強いはずだ。
少女になってしまったオレのこの身体の件について、相談してみる価値はある。
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