第54話 エピローグ:レック ザ ファンタジー

『ダメです隊長! 向こうの方にもいません!』

『そうか、となると後はこの辺だけ──いや、っ!! それよりも一体どうなってるんだ!? もう一人仲間がいただなんて聞いていないぞ!』

『申し訳ございません隊長! 私が現場に駆けつけた時には、マキナネネとその撮影者と思われる人物の二人だけで、あとは馬型の精霊が一頭いたくらいだったので、てっきり!』

『ええい、言い訳はいい! とにかく今はなんとしてもマキナネネを捕まえるんだ! セブンズ間の権力争いが激化している今、一人でも多く強力な人材を引き入れて他のセブンズを出し抜くために!』

『『『はッッッ!!!!!!』』』


 この分だともう森を抜けたか、我々も急いで森を抜けるぞー!! みたいな検討外れな掛け声とともに、奴らがっていると思われる地竜の足音は徐々に遠ざかっていった。


 それをカモフラージュのつたの壁越しに聞いて脅威が去っていくのを確認した俺とハサミは、ホッと安堵のため息を付いてそれぞれ構えていた得物えものをしまう。


「インフィニティーの連中、なんとかけたみたいだな」

「当然ですわ。エルフが誇るカモフラージュの魔法、あの脳筋どもに見破られるはずがありませんもの」

「え、一体どの口が他人の脳筋呼ばわりを?」

「ああん!? なんですってぇええ!?」

「あ、あの……」


 俺とハサミの後ろでかばわれるような位置にいたネネちゃんが、恐る恐る会話に割って入ってきた。


 ラグランジュ邸の庭先は空気が緩み始めていたものの、いきなり見ず知らずの場所に連れてこられたネネちゃんを中心に、やはりまだ少しぎこちなさが漂っていたのだった。


「ハサミ・ミラージュちゃん……だよね? 助けてくれたの?」

「マキナネネ、さん……」


 ハサミは俺との軽口モードを切り替えるかのように、オホンと咳払いを一つ。


「ネネさん、わたくし実は一つお願いしたいことがあるんですの」

「お、お願い?」

「ええ、お願いですわ。そのお願いというのは──」


 というのは──!?


「ネネさん! わたくしのことをぶっ叩いて下さいまし!!」

「え、ええぇぇえええっ!?」

「ちょっ、おまっ! いきなり何言い出すんだ!?」

「さあ早く! どうかその御手で鉄拳制裁をーッ!!」


 ハサミはいよいよ、困惑するネネちゃんの手を掴んで、それを自分の頬にガシガシぶつけ始めるという奇行にまで及んでしまう始末。


「おっほぶふっ! おほほほぼぼぼぶぶっ!」

「ちょっ、やめてハサミちゃん! 放して!」

「なにしとんねんお前は!? やめれまったく!!」


 やむなく俺がハサミを後ろから羽交はがめにして、なんとかネネちゃんから引き剥がす羽目となった。


 が、なおも俺の腕の中で暴れるハサミ。


「ちょっと刀我! 邪魔しないで下さいまし!!」

「いやだから、何でお前はそういう突拍子もないことをいきなりやりだすんだよッ!?」

「何でって、そんなの決まってますでしょう!? わたくしはネネさんに間接的だとしても『見てもらう努力もしていないような人』って言ってしまいましたわ! でもそれは間違いだった。あんな巨竜の体内を貫く覚悟がある人に、わたくしは失言してしまったんですのよ!!」

「なるほど……。けれどもそれだったら普通に謝ればいいだろ!」

「それじゃあわたくしの気が済まないんですのよ!」

「はあ!?」


 なんでそういうとこにこだわるんだよ!?


 持ち前のプライドの高さが逆に災いしたって感じか!?


 今にして思えば、俺に対して敬語を使うなってのもそういうことだったのか。


 それに風呂場でホクロを見せてきた時もだ。


 くそっ、動画で見せる自信満々のままでいればいいのに、変なとこで形にこだわって……って、あれ?


 両親に先立ってしまった云々うんぬんっていう形にこだわって、ハサミ親子の元を去った俺が言えたことか!?


「と、とにかくっ! ネネちゃんを助けてくれたのはそのためって訳か!」

「ち、ちちち、違いますわ! だからそれはたまたま……」

「ハサミちゃんっ!!」

「「──ッ!?」」


 声があった。


 俺とハサミが揉み合う数メートル先。


 そこで確かにネネちゃんは、場の空気を一変させるような声を上げていた。


 ただし決して怒っている感じじゃない。


 訴えかけるような、痛切な叫び。


 俺はもちろん、ハサミも息を凝らしてネネちゃんのほうを見やった。


「ハサミちゃん、自分のスマホを頬に当ててみて」

「「?」」


 突然のことに、俺もハサミもポカンとしながら顔を見合わせた。


 けれどいつまでもそうしててもしょうがないので、ハサミの羽交い締めを解く。


 言われた通りにするハサミ。


「こ、こうでいいんですの?」

「うん、じゃあちょっとそのままでいてね」


 今度はネネちゃんが自分のスマホを取り出して何か操作をした。


 すると。


 ぶるん、と。


 ハサミのスマホが短く一回振動した。


「な、なんですの……あっ」


 ハサミが戸惑いながらもスマホを頬から離して覗き込んだ画面が、俺にも見えた。


『マキナネネさんがあなたのコメントにいいねをしました。』


 そんなポップアップメッセージが表示されていた。


「わたしは、わたしの動画にコメントをくれるような人のことなんて叩けない。どうしてもっていうなら、今のバイブで叩いたことにして、ね?」

「あ、あう……ネネさ……」


 考えてみりゃ、ネネちゃんだって形にこだわることに関しては、俺たちに負けず劣らずの筋金入りだ。


 憧れの冒険者の格好をそっくりそのまま真似て動画投稿してたくらいなんだから。


 こんな風に気の利いた返しの一つもして当然だ。


 で、そんな気遣いが刺さったのか、


「う、う、う……、うわぁああ〜ん! ネネさぁああ〜ん!」


 ハサミが泣き出したのも、さもありなんって感じだった。


「ごめんなさいネネさぁああ〜んっっっ!!!!!!」

「ちょっ、もう謝らなくても大丈夫だから! ほら泣かないで、ね?」


 ネネちゃんはハサミの元まで駆け付けフォローしようとした。


 そこに抱きついちゃうハサミ。


 やっぱそこまでがワンセットの、さもありなんなのかな。


「ちょっ、ハサミちゃん!?」

「うわぁああああんっ!! あ、あそこで、ひっく……、インフィニティーにネネさんを連れてかれたら、ひっく……、もう二度とネネさんに会って謝ることが出来ないような気がして、ひっく……、それで……ッ!」

「うん、ありがとうハサミちゃん。わたしたちのことを助けてくれて、わたしを冒険者のままでいさせてくれて。それだけでわたしはもう身に余るほど返してもらったんだよ。だからもう謝らないで、ね?」

「なんて慈悲深いんですのネネさあああぁぁああああんっ!!」


 ギュッと相手側の胸に顔をうずめるように抱き着くハサミと、それを優しく抱き返してあげるネネちゃん。


 なんとか丸く収まったみたいで俺としても一安心だった。


 てかもしかしてこれ、尊いを意味するあの『てぇてぇ』ってやつか?


 ああ、てぇてぇなぁ。


 そんな風にしてきっと顔が緩みまくってた俺の肩に、いつの間にかちびキャラモードに戻っていたゴールドがよじ登って来た。


 投げかけられるウマ語とジェスチャー。


「なになに? 俺のスマホで? ネネちゃんとハサミのことを? 動画で撮ってみろって?」


 言われた通りにして、


「こ、これは……ッ!?」


 俺はこの目を疑った。


 画面の中のネネちゃんとハサミの輪郭が、二人同時に虹色に縁取られていたんだ。


 それは本来ならありえない。


 一度に一人しか掛からないはずの『機神視点デウスフォーカス』が、二人同時に掛かっていることを意味していたんだから。


 最初はきつく抱き合ってるからだと思った。


 けど、


『……と、ごめんあそばせネネさん。お見苦しい所をお見せしてしまって』

『ううん気にしないで。もう大丈夫?』

『ええ、大丈夫ですわ』


 抱擁を解いて離れ離れになっても、まだ二人同時に輪郭が虹色に縁取られているだって!?


 なんだこれ!?


 一体どうなってんだ!?


 すると、


「──ッ!!」

「?」

「やっべ!」


 グシグシと目元を擦り終わったタイミングのハサミとバッチリと目が合ってしまった。


 その顔には『なに撮ってるんですのよ!』ってモロに書いてある。


 俺は咄嗟とっさにスマホをしまった。


「いや違うんだ、これはゴールドに言われて……っていねえ! くっそゴールドのやつ、そそのかすだけそそのかしてフードの中に引っ込みやがった!?」


 けれども意外なことに、矛先は俺ではなくネネちゃんに向いた。


 てか矛先って感じでもないな。


 なんせハサミは手にしていた自分のスマホをしまって空いた両手で、ネネちゃんのスマホを持ってないほうの手を握りだしたんだから。


「ネネさん、お願いがありますわ!」

「こ、今度は何?」

「え、えっと、その……、わ、わたくしと、お、おお……、ッ!?」

「えっ」


 なっ!?


「と、いいますのも──」


 離した片手でズビシッと俺を指差し、


「この人ったら今さっきわたくし達のことを盗撮してましたわ! 盗撮ですわよ盗撮!」

「ちょっと待て! 人聞きの悪いこと言うな!」


 が、俺の訴えに耳も貸さないハサミはネネちゃんに向き直る。


「こんな時は女同士で団結して対抗するのが一番だと思いますわ!」


 そういうことか。


 てかこういう女子いるよなー女子間で徒党ととうを組んで男子を目の敵にするようなヤツ。


「ですから、ね? わたくしと是非お友達になってくださいまし!」

「おとも……だち……」


 突然のことですぐには反応できなかったのかもしれない。


 けれども真っ白なキャンバスに色が塗られていくように、ネネちゃんの顔色は次第に歓喜に染まっていった。


 最後には嬉々として首肯しゅこうする。


「うん、友達! なろう、友達! これからよろしくねハサミちゃん!」

「わーい、ネネさーんっ!!」


 今にも小躍りし出しそうなほどにはしゃぎ始める美少女冒険者二人。


 まあ考えてみりゃ当然か。


 かたや絵に没頭しすぎて、方やエルフの血により迫害めいたことをされ、友達という友達もできなかったんだ。


 同じような境遇の者同士、引かれ合って然るべきかもな。


 てかもうほんとてぇてぇ!


 けどお二人さんや、俺が盗撮犯ってことになってるまま話が進んでいやしませんのん?


「あの〜、俺は盗撮なんてしてませんよ〜……」

「あれ? でも刀我くん、わたしと初めて会った時はわたしの裸を撮ってたよね?」

「ちょッ!? 今それ言う!?」

「ななな、なんですってえぇぇえええ────ッ!?」

「ほら言わんこっちゃないよーネネちゃん! ハサミがまた手を着けられない状態になっちゃったぐぶわばべぼがはっ──!? や、やめろ揺するな! 胸ぐら放せこの脳筋エルフ!」

「刀我ぁぁああッ!! あなたって人はぁぁあああ!! わたくしだけじゃなくネネさんにまではずかしめをしてただなんてぇぇぇぇえええッ!!」

「えっ、ハサミちゃんも何か恥ずかしいことを!?」

「あーもーほらメンドクサイことになっちゃったじゃーんうわあああああんッ!!」

「あはははっ。そうだハサミちゃん、これから盗撮してる暇なんてなくなるくらいに、わたし達がクエストしてるとこ、刀我くんに撮ってもらおうよ! ね、刀我くんもいいでしょ?」

「さっすがネネさんナイスアイディアですわ! ほらそういうことですわよ刀我! わたくし達のこと、ちゃんと撮らなかったら承知しませんわよ!」


 ハサミに胸ぐらを掴まれたまま、俺は嘆息した。


 けれどその顔は自分で言うのもなんだけど、たぶん満更まんざらでもなかった感じだったと思う。


「ああ、わかった」


 まだまだ、この異世界を録画できそうだ。

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レック ザ ファンタジー:🔴REC the Fantasy 糸野 吹 @itono_buki

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