第52話 インフィニティーの魔の手

 俺もネネちゃんも、周りで騒ぎ立てていた野次馬たちの誰も彼も。


 みな一様に肩をビクつかせ、言葉を失い、音のしたほうを恐る恐る見やる。


 それは入り口。


 いや、正確には、というべきか。


 なんせ正面の扉どころかそれが備え付けられていた壁一面ごと、建物の内側から木っ端微塵に吹き飛ばされたかして、外の景色がぽっかりと丸見えになってしまっていたんだから。


 幸い建物の内側にも外側にも、怪我人らしき人はいないようだった。


 けれど元凶と思われる連中なら確かにいた。


 ぽっかりと空いた大穴の手前に五、六人くらいの一団がいたんだ。


 そしてあろうことかそいつらは全員、セブンズはインフィニティーの漆黒の鎧に身を包んでいやがった。


 たぶん女性も何人か混じってる。


 一周りから二周りくらい小さい背丈で、鎧のデザインもどこか丸みを帯びたのが二、三人ほどいた。


 そのうちの一人。


 集団のちょうど真ん中で、こちら側に完全に背を向けて、屠竜刀を袈裟懸けに振り抜いたと思われる残心の姿勢を取り、少し肩で息をしているような人物がいた。


 彼女が魔力か何かを使って屠竜刀の軌道上に衝撃波じみたものを発生させ、建物の壁ほぼ一面を内側からぶち抜いたといったような凶行きょうこうに及んだことは、もはや誰の目にも明らかだった。


 周りの鎧たちさえもが若干引き気味になっているくらいだ。


 だがそれだけで同じ鎧たちは誰も口出ししようとはしていないあたり、おそらく件の彼女は隊長格か何かだろう。


 その人物は息を整え終わったと見えて構えを解いて振り返ると、そのまま俺たちのほうへと二、三歩歩み出る。


 そして声を張り上げた。


「良いか、私は悪くないぞ! 悪いのは貴様ら愚民どもだからなッ!!」


 妙齢の女性の声で、苛烈だった。


 その後も大仰な身振り手振りを加えつつ、


「そもそもこちらは再三に渡って命令したからな『静まれ』と! にもかかわらず、貴様らときたらいつまでも騒ぎ立ておって! まったく、自分たちのほうへ向けて放たれなかっただけでもありがたいと思え!!」


 荒くれ者ども揃いの冒険者たちの神経を逆撫でして余りあるはずの言動。


 けれど誰一人として反発ない辺り、やはり皆セブンズと認識してて、その実力もわかっているからか(つーかがっつり現物見せられてるしな)。


 ひょっとして何人かは威厳みたいなもんをセブンズに感じてたりするんだろうか。


 実際はそんな褒められた連中じゃないってのにっ!


「さて、ようやく静まったところで本題といこう。見ての通り、私達は国家ギルド・セブンズが一つ、屠竜のインフィニティーだ。今日ここに来た理由は他でもない。ブレイクのギルド所属の冒険者、マキナネネの身柄の拘束だ」

「「──ッ!?」」


 身柄の、拘束だと!?


 俺もネネちゃんも鼻白んで顔を見合わせる。


「動画で見たところ彼女の髪と目は竜の血で真っ赤に染まったはずだが、ここからでは確認できぬな。人混みに埋まってしまっていると見た。よって新たな命令を下す! マキナネネ以外の者は即刻せよ! さもなくば──」


 隊長格の彼女はその場でおもむろに屠竜刀を構え出した。


 その刀身に、魔力由来と思われる青白い燐光りんこうほとばしっていく。


「今しがた私がぶち抜いたギルドの壁のように、木っ端微塵に吹き飛ぶことになるが、な?」


 直後、地面が動いたんじゃないかっていうくらいの衝撃が走った。


 隊長格の彼女は構えただけで何もしていない。


 野次馬たちが蜘蛛の子を散らすようにその場から一斉に逃げ出した、その反動だった。


 ネネちゃん以外の誰も彼もが一様に恐れおののきながら、(インフィニティーがいる入り口側に逃げるわけにもいかないので)奥のフードコートやカウンターのほうに一目散に逃げていったんだ。


 テーブルや椅子を倒してバリケードのようにしてその裏にひしめき合って身を隠し、 それでもあぶれてしまった者はとにかく何かの物陰に転がり込む。


 カウンターや厨房にさえも、阿鼻叫喚あびきょうかんで逃げ惑う人達が殺到した。


 そんな風にして皆おしなべて逃げ隠れた。


 ただ一人、俺だけを除いて。


 たまらず、といった感じで後ろの方から声が飛んできた。


「オイにーちゃん! 何やってる!?」

「大人しくセブンズ様の言うことを聞けーッ!!」

「冗談抜きでブッ殺されるぞ!!」


 それでも俺は動かない。


 動かずにインフィニティーの連中、とりわけ隊長格をにらみつける。


「ほう、失せろと言ったはずだが!?」

「……、」


 ドスの効いた声にも俺は精一杯虚勢を張って、その場に踏み留まった。


 それどころか、連中からネネちゃんをかばうように一歩前に踏み出しさえもした。


「まさか、人語が分からない猿でもあるまい。貴様、一体何のつもりだッ!?」

「そっちこそなんなんだよ! さっきから黙って聞いていれば、自分たちの都合のいいように好き勝手に話を進めやがって! ネネちゃんを拘束するだなんて、まるで彼女が犯罪者みたいじゃあないか! いいか、彼女はあの巨大なドラゴンを倒しはしたが、ダンジョンから目覚めさせた訳じゃない。俺たちはアイツが地上に出てきたところにたまたま居合わせただけだ!」

「なるほど、マキナネネの関係者……といったところか。なに、案ずるな。何も彼女を犯罪者扱いしている訳ではない。彼女はこれから私達と共に王都に行ってもらう。そして軽い身体チェックの後、正式に我らインフィニティーの一員となるのだ」

「は?」

「それって……?」

「ん? 知らんのか? セブンズに入るためには冒険者ランクがAA3ダブルエースリーに到達することが条件だが、我々インフニティーは特例として冒険者ランクに関係なくSランク以上のドラゴンを倒した者には無条件で門戸もんこを開いている、ということを。今回はその措置が適応されてマキナネネのインフィニティー入りが許可された訳だ」

「い、いや待ってくれ! その話は俺も知ってるけど、問題はそこじゃないだろ! Sランク以上のドラゴンを倒した場合、インフニティーに入ってもいいってだけのはずだ! なんで強制的に入らなきゃいけないみたいになってんだよ!」

「そ、そうです! わたしはインフィニティーには入りません、ごめんなさい! だってセブンズは動画投稿禁止で──」

「はあ……」


 という、ネネちゃんの言葉をも遮るほどのわざとらしい溜息があった。


「失望したぞマキナネネよ。貴様それでも竜を屠りし者か!? 屠竜をなし得るほどの力を持ちながら、それを陛下のために使わず持て余すなど許される訳がないだろう! もっと自覚を持て! 我々インフィニティーの一員となって陛下のために尽力することこそが、竜をほふりし者の責務であり、この上ないほまれであるという自覚を!」

「そ、そんな……わたしっ……」

「なっ──」


 何なんだ!?


 インフィニティーって、セブンズって皆こうなのかよ!?


 陛下陛下って心酔し切って、一般人の意思や権利なんてまるで気にしちゃいない!


「とにかく、貴様のインフィニティー入りは昨日の時点で既にギルド内会議にて了承された決定事項だ! 拒否権はない! さあ我々の元へ来い、マキナネネよ!」

「……、」

「おいマキナネネの関係者よ! さっさと彼女を我々の元へ連れてこんか!」

「……いやだ」

「なッ──!?」

「刀我くん!?」

「お前らなんかに、ネネちゃんを渡してたまるか!!」


 自撮り棒にスマホをくくり付け、それを剣のように構える。


「貴様ァ……、命令に背くばかりかそのような玩具を得物にして我々を愚弄ぐろうするか……。余程死にたいようだな!!」


 隊長格は合図を出すかのように片手を振り上げた。


 案の定、後ろに控えていた全身甲冑達は抜刀。


 長大な屠竜刀の切っ先を寸分違わず俺へと向けて構えをとった。


 隊長格の腕が振り下ろされれば、奴らは俺に殺到するだろう。


 だが、それでいい。


 俺に注意を引きつけてる間にネネちゃんを逃がす。


 なんせ今のネネちゃんには得物がない。


 さっきチラッと見ただけだが。


 きっと悪ふざけした野次馬が、ネネちゃんの剣を鞘ごと拝借しちまったとかだろう。


 更に頼みの綱のスロマジもない。


 昨日の一件で攻撃系と強化系はすっからかんだ。


 朝来て引く暇も、この騒ぎだからなかったに違いない。


 だから、俺がおとりになるのがネネちゃんをインフィニティーの魔の手から遠ざける一番高い目だ。 


「マキナネネ以外の生死は問われていない! つまり、関係者を殺してでもマキナネネを捕らえる! 総員、かかれーッ!!」


 隊長格の腕が勢い良く振り下ろされた。


 直後、漆黒の鎧たちが突撃を開始。


 俺はフードのゴールドに手を伸ばした。


「ゴールド! ネネちゃんを連れて逃げ──」


 言い終わる前に、ゴールドを取り出す前に、しかし事態が一変してしまった。


 何か甲高い音と共に、こっちに猛チャージを掛けていたインフィニティーどもが一人、また一人と、バタバタと倒れていった。


 地に伏す連中は漏れなく兜を割られていて、かたわらの床には……矢!?


 頭を撃ち抜かれた!?


 いや、血は出ていないから、脳震盪のうしんとうを起こされて昏倒こんとうさせられたんだ!


「なんだ!? 一体何が起こっているというのだ!? まさかッ──」


 唯一無事だった隊長格も、おそらく戦場に身を置く者としての勘や嗅覚なんかで、自分も矢で狙われていることに気付いたらしい。


 咄嗟に矢が飛んできたと思われる真後ろへ振り向き、屠竜刀を構えようとした。


 が、遅かった。


 既に放たれていた矢が隊長格の手元にヒットし、屠竜刀が手からこぼれ落ちた。


 やむなく両腕を交差させてなんとか防御態勢を取ろうとする隊長格に、文字通り矢継ぎ早に射手の猛攻が襲い掛かる。


「うあっ、うっ、うあああああああああああああああああああああ!?」


 各所の装甲を穿うがたれ、剥ぎ取られ。


 そうして出来た隙間も、容赦なく矢で射られる。


 多分だけど、それでも意図的かつ絶妙に急所は外されているようだった。


 徹底して対象の無力化に振った不殺の絶技。


 それを喰らった隊長格がやがてその場にくずおれたのも、さもありなんってやつだった。


 そして隊長格が倒れて覗けるようになった景色には新たな人影が一つ。


 大穴が空いて丸見えになっている外の通りに、弓を持って矢を放ち終えた格好の緑色の外套がいとうを着た人物が立っていた。


 その人物は弓をしまい、唖然あぜんとしているギルド内の空気を引き裂きながら俺たちの元へと駆け寄ってきた。


 俺と、そしてネネちゃんのことも気に掛けるようにして言う。


「二人とも、こちらですわ!」

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