第51話 インフルエンス ザ ファンタジー

「やっべ! やっちまった!」


 丸々一晩寝ちゃってた!


 無情にも朝八時を表示するスマホには、当然ネネちゃんからの不在着信やメッセージがぎっしり。


 最初は晩御飯の準備が整ったことを知らせるものから、次第に俺の心配をするものに変わっていく。


 けれども結局は、


『ゴールドちゃんもいるから万が一のことにはなってないと思うから、そっとしておくね』


 と、スゲー疲れてとんでもない爆睡、って解釈で一致してくれたようだ。


 さらに締めくくりは、


『明日はわたし一人でギルドに行くから、刀我くんはゆっくり休んでね』


 いやいや流石にそこまで気づかわれるほどのことじゃあございやせんぜ!


 てことで俺もギルドへ向かうために急いで支度したくをしようとした、その時。


「あっ、そうだ! 動画!」


 一番大事なことを忘れてちゃあいかんでしょ。


 スマホを取り出す。


「なんせ一晩寝かせたんだ! きっと軽く一万、いや十万再生は堅い──」


 再生数、十二。


「……………………………………………………………、」


 いや。


 そうだ。


 そうなんだ。


 いつも通りの再生数。


 いつも通りの朝の一幕。


 今日という日は、俺とネネちゃんの地道で長い動画投稿生活の、ほんの一日に過ぎない。


 それなのに俺は何を勝手に浮かれ上がって、早とちりして、勘違いしていたんだ。


 一日一日と一歩ずつ着実に進んでいく。


 それでいいと思っていたじゃないか。


 人気冒険者っていう肩書きが眠る宝島へは、辿り着ける保証のない海路を何年もかけて航海していくのが常識で、セオリーで、現実なんだ。


 宝の在処ありかへひとっ飛びなんて、ほんの極々限られたごく一部の人間にしか出来ない夢物語。


 あわよくば、なんて夢想してる暇があったら日々の責務をしっかり果たせってんだよな!


「さあっ! 支度したくだ支度!!」


 そうやって準備して家を出て、ギルドの前に着いた頃には、すっかり気分も切り替えることが出来ていた。


 あとは扉を開けるだけ。


 扉を開けて、その先にいるであろうネネちゃんと一緒に、今日というささやかだけどかけがえのない一日を始めるだけだ。


 けれど、


「な──」


 そんな俺の出端でばなくじく光景が、扉の向こうには広がっていた、だと……!?


「なんだこれぇええ!?」


 と、思わず声に出してしまっていた。


 だってそうだろ?


 辺り一面、人、人、人──。


 待合スペースや併設されてるフードコートも含めてちょっとした体育館ほどの広さのあるギルドの、半分以上を埋め尽くす勢いで黒山の人集ひとだかりが出来ていたんだから。


 冒険者で混む時間帯だってこんなに人なんていやしないどころか、街中の冒険者を集めてもここまでの数にはならない。


 てか明らかに見たことないような余所から来たような冒険者や、街の一般の人とかも大勢詰め寄せてるよなこれ!?


 そうこうしている内に、俺の後からも現在進行形で次々に人々がやって来て騒ぎの輪に加わっていく。


 その中心地はどうやら、待合スペースも兼ねているエントランスホールと、奥に併設されているフードコートの境目辺り。


 多分だけど、一人とかほんの少人数の人間を大勢で取り囲んで騒ぎ立てるような、そんなたぐい乱痴気らんちき騒ぎみたいだった。


 いつまで入り口付近で突っ立ってても仕方ないので、カウンターで『今日は仕事にならないよ』みたいな感じで苦笑いしている受け付けのおねえさんに話を聞いてみる。


「すみません、これ何の騒ぎなんですか?」

「あら、あなたご存じないんですか? 昨日の巨大な二足歩行の竜の一件」

「えっ!? い、いや……」


 存ずるも何もその当事者のうちの一人なんですけど、とはすんなり言えずにいた俺に構わず、おねえさんは気さくに話を進める。


「どうやら近くに発生したダンジョンの固有種とのことですね。なんでもいきなり地上に出てきて街目がけて侵攻して来たと思ったら、突如何者かに倒されたみたいで。で、それは一体誰だ、そもそもこのギルドの人なのか、ってなってたところで例の動画投稿サイトに件の動画が、って訳ですよ」

「く、件の動画……?」

「ええ、竜を倒す動画ですよ。サイトにアクセスしたらすぐ見れるんじゃないですかね。なんせ昨夜からずっとトレンドなんで、トップに表示され続けてるって感じですし。と、まあ動画の内容は実際に見てもらうとして、多分お察しかと思いますが、その人物は案の定ウチのギルドに所属してる人で。そんな当人がついさっき朝イチでひょっこりここにいらっしゃったものですから、そりゃあ、こうなりますよねえ」


 なんだ!?


 まさか、この騒ぎの渦中にいるのはネネちゃんだっていうのか!?


 でもそんなはずは……、だってさっき動画を確認したら、いつもと変わらないような再生数だったんだぞ!?


 念のためスマホを取り出して確認すると、


!? だって!?」


 そうこうしている内にもリアルタイムで再生数も登録者も増え続けている。


 今朝のアレは、おそらくアクセス過多によるサーバーエラーかなんかで表示の更新がバグってたから!?


 なんてことに合点がてんがいくよりも先に、俺は勢い良く駆け出していた。


「あ、ちょっと! あまり浮かれすぎないで下さいね! どんな伝説も地道な一歩の積み重ねからですよー!」

「はぁーい! ありがとうございまーす!」


 受け付けのおねえさんへの挨拶もそこそこに、歓喜の輪に飛び込んでいく。


「まさかすぐ隣街の出来事で、もしかしたらご尊顔を拝めるかもって思って来てみたけど、この時間でもうこんなに人だかりができてるとはなー」

「でもせっかく来たんだし、一緒に写真くらいは撮ってもら──キャッ!? ちょっとなんなの!?」

「すみません! でもちょっと通して!」

「いやーエモいよなー竜の血を浴びて髪と瞳が赤に染まるとか。てか爆死ちゃんって実はめっちゃ美人だったんだな! こんなことならもっと早くチャンネル登録しときゃよかったぜ」

「いやー俺はあの芋っぽい三編みメガネスタイルもすきだったんだけどな──ってって!?」

「ごめんなさい! でも俺関係者なんです通してください!」

「てかさー爆死ちゃん、いつの間にあんなに沢山の☆5スロマジ引いてたの? ここのギルドでガチャ回してもずっと爆死だったよね!? もしかして良く出る穴場ギルドがあるとか!? 俺にも教えてよ!」

「ばっかお前そんなスロマジなんてどうでもいいだろ!? カネさえつぎ込めば誰だって引けるんだから! それよりも竜の体をぶち抜いたあの魔法だよ! ねえ爆死ちゃん、あの魔法ってどうやったの!?」

「え、えっと……、それは……」

「ネネちゃん!」

「──ッ!?」


 ようやく見れた。


 首から下はいつも通りの地味な長袖長ズボン。


 けれども首から上は、一八〇度おもむきの異なる紛うことなき美少女のそれ。


 この群衆の中でも埋もれずに見る者の目をく鮮やかな赤い髪と瞳を持つネネちゃんが取り囲まれている地点まで、俺はようやく辿り着けた。


「ネネちゃん! やったねネネちゃん!!」

「刀我くん! 来てくれたんだね!」

「ああん!? なんだこのガキ!?」

「割り込みか!? 順番守れやコラ!」

「ち、違います! 関係者! 俺はちゃんと彼女の関係者なんで──ウゲッ! ぐ、ぐるぢっ……ふーどひっばらないで……」

「そうなんです! この人はわたしの撮影者──」


 ──ッ、ドオオオォォォオオオオオンッッッ!!!!!!


 という凄まじい爆発音がしたのは、まさにその時だった。

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