第50話 勝者たちの帰還

「やっぱ例の動画投稿サイトの自動編集機能って神だわ。あのごちゃごちゃした巨竜の討伐劇がちゃんとショート形式になって出来上がっちゃったよ」


 まずは巨大な瑠璃色の全貌ぜんぼうが下から上へ、そして上から下へと流れていき、その足元ではネネちゃんの小さな後ろ姿が対峙する。


 お次は英霊方の召喚シーン。


 その魔法を放たせれば右に出る者はいないとまで言われているような歴史上の偉人や神話の登場人物の立体的なビジョン


 それらが入れ替わり立ち替わり、次々にネネちゃんのそばに現れ立っていく。


 足の裏の鱗が剥がれた経緯はばっさりカットで、各スロマジから撮れ高の高い着弾した瞬間のシーンが幾つか選出され、それらが目まぐるしく切り替わる。


 そしていよいよネネちゃん視点。


 黒い空がち、赤い闇の中をひた進み、光が差す。


 視点は俺に戻る。


 頭頂部の全貌、眼下に広がる絶景、瑠璃色の装甲に入る亀裂。


 そして、一面の赤。


 からの通称『赤ネネちゃん』(そう呼んでるのは俺だけだが)の恥ずかしそうに女の子座りする様子と顔への寄り。


 旗を突き立てるようなトドメの一撃。


 で、最後。


 頭部を失って全身も黄土色に変わり果てて地面に突っ伏した巨竜の亡骸なきがらをバックに、大地に立つ赤ネネちゃんの後ろ姿を捉えてフィニッシュだ。


 これでだいたい二十五秒前後。


 動画の本筋に対する関連性のもとにシーンをしっかり取捨選択し、俺のとは別の他人のスマホから貰ったデータでも、ちゃんと時系列にそって一つのショート形式にして三十秒以内に収まった。


 そんな例の動画投稿サイトからAI編集されて返って来たサンプルを確認し、俺は自室で一人、その編集の完成度の高さにうなっていたって訳だ。


 そう、自室。


 つまり俺とネネちゃんはあの後、ちゃんと家に帰ってきていた。


 まず巨竜にトドメを刺してその頭部が崩壊していったんだが、調度そのタイミングでちびキャラモードゴールドが巨竜の胴体をよじ登って俺たちの元にまで駆け付けてくれた。


 で、ライドモードにすかさずタンデム。


 前のめりにそのまま倒れていく巨体の背中から脚へと一気に駆け下り、無事地上へ帰還した。


 俺もネネちゃんも目先の問題で手一杯で、安全確実に頭頂部から降りる算段にまで頭が回らなかったのはご愛嬌だ。


 その後、全身がすっかり黄土色に変色した巨竜の亡骸なきがらをバックにネネちゃんの姿を撮っていたんだが、そこで思わぬ事態が発生した。


 街のほうから冒険者たちが何人か駆けつけてくれていたんだが、その中に、あのセブンズのインフィニティーと思われるやつが一人混じっていたんだ。


 竜の特徴を模した意匠が細部に施された禍々まがまがしい全身甲冑かっちゅうに、その背中で物々しさを主張する長大な屠竜刀。


 まだ記憶に新しい、あの陛下大好きクソ野郎のサーフィスと同じタイプの鎧を着たヤツが、冒険者たちに混ざって一緒に走り寄ってきていたんだ。


 多分、今回の騒ぎを聞きつけたかたまたま居合わせたかした人物で、サーフィス当人ではなかったと思う。


 殺気のようなものはなかったし、俺に気付いてすらいないようだったから別人だ。


 それでもだ。


 危うきに近寄らないに越したことはない。


 だからもうほとんど反射的だった。


 俺はゴールドの背に飛び乗り、ネネちゃんのことも急ぎ後ろに乗らせた。


『どうしたの刀我くん!? あの鎧の人、多分インフィニティーの人だよ? 竜討伐のスペシャリストだよ? この巨竜の後始末とかこれからについて色々教えてもらったほうが良いんじゃない?』

『いや駄目なんだ! 訳なら後で話すから、とにかく今は逃げよう!』


 そんな感じで急発進。


 件の一団をいて、更に街の反対側の門まで行ってから、俺たちは逃げるように家まで帰ってきた訳だ。


 当然、巨竜の残骸についてなんて一切ほったらかし。


 街のすぐ近くに、ちょっとした細長い丘くらいはあるんじゃないかっていう現物をガッツリ放置だ。


 流石に後ろめたいので、一応明日の朝一で二人でギルドに諸々の報告に行こうってことにはしたが。


 ちなみにネネちゃんはもちろんのこと、俺も返り血的に血を浴びて全身真っ赤に汚れていた。


 二人揃って当事者なのがバレバレだったが、人々の関心なら巨竜の残骸のほうに向いていたってこともあり、誰に見咎みとがめられることなく家まで帰って来れた。


 で、


『わたし絶対お風呂長くなっちゃうと思うから先に入って!』


 ササッとひとっ風呂浴びて諸々の作業を済ませ、自動編集されたサンプルが返ってきて今に至る、って訳だった。


 時刻はもう午後六時を過ぎた頃。


 上がったよって言ってこないから、入り続けてるとしたらかれこれネネちゃんは三時間以上は風呂に入っていることになる。


「流石に長過ぎじゃね!?」


 のぼせてないか心配だし、サンプルの確認もかねてメッセージを送る。


 ───まだお風呂? のぼせてない? 大丈夫? あとサンプルも添付しといたから確認してね。


 ちょっとして、


 ───サンプル見たよ。すごくいいと思う。

 ───じゃあこれであげていい?

 ───うん、よろしく。あとまだお風呂に入ってるんだけど……、何回シャンプーしても髪の毛の赤いのがとれない、どうしよう😭


 マジかよずっとシャンプーしてたのかよ……。


 ───赤い髪でイケるって! 大丈夫、似合ってるよ!

 ───そう? じゃあもう赤い髪でいくとして、絶対伸ばしてまた三つ編みにするから!

 ───わかった、なんでもいいからもう早くあがりなよ!


 何はともあれ、アップロードポチー。


「ふう……、とにかくこれでひと息つけたな」


 俺はベッドにゴロンと横になった。


 達成感と共に心地よい疲労感が押し寄せてくる。


 あと当然、期待感もだ。


 なんせ今回のは超ド級の大物狩り。 


 これは期待せずにはいられない。


 にしても、


「ああ、ねみい……」


 どうしようもない睡魔が全てをみ込む。


 一区切りついて緊張の糸が途切れた、だけじゃない。


 ここ数日のハード過ぎるシチュエーション、とりわけボロボロになってその後で強制的に回復ってのを、立て続けに二回もってのが効いてると思う。


 物理的な怪我は確かに全快させてもらったけど、その代償として精神力とかそんな次元のリソースがゴッソリと持ってかれてんだろうな。


 そのツケを払う形で、今こうして睡魔に襲われてるに違いなかった。


「あー駄目……、もう無理……」


 ちょっとだけ。


 ほんのちょっとだけ。


 ネネちゃんがお風呂から上がって晩御飯の準備をして、それが完了するまでまだしばらくかかると思うから。


 それまで……、ほんのちょっと、だけ……、眠って……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る