レック ザ ローファンタジー
けたたましいサイレンの音が響き渡った。
朝日に照らし出されるコンクリートジャングルの風景を、赤色灯の閃光で切り付けながら救急車やパトカーが慌ただしく到着する。
通勤や通学でごった返しはすれど、所詮そこまでの喧騒に包まれているだけだったはずのとある街の一角は、一時騒然としていた。
横断歩道を青信号で渡っていた歩行者一人に、赤信号を無視したトラックが突っ込んだのだ。
無惨に道路に仰向けに投げ出され、特に体の左側の損傷が激しいその被害者の元へ、三人の救急隊員が駆け寄る。
しかしその内の一人は新人で、不運なことにこの日が初めての現場だった。
新人救命士は思わず尻込みしてしまう。
先輩救命士の一人が
ワタが見えているくらいでビビるな、こんなのはまだ綺麗なほうだ、と。
だが彼ら救命士たちは知っていた。
半端に綺麗な状態が、場合によっては当人にとって一番の苦痛を伴うことがあるのを。
それでも人命を救助するという使命を全うするべく、彼らは行動に移っていく。
同じく道路に投げ出されている、被害者の物と思われる手帳のようなものがあった。
おそらく事故の衝撃で当人のポケットから飛び出したのだろう。
近所の都立高校の生徒手帳で、ちょうど学生証が収められているページが開いた状態だった。
氏名の欄にはこうあった。
──『仁後刀我』、と。
そう、これはあの日の朝。
刀我という人間に降り掛かった一つの災難。
異世界に転生する直前の、元いた世界での今わの
実は彼はトラックに
事故の衝撃により欠落ないし閉塞させられていたその時の記憶が、これまた何かの原因で呼び起こされていたのだ。
すなわちこれは、あの日の朝に実際に身を持って経験した実体験。
それの追憶に他ならなかった。
あるいは擬似的な幽体離脱か。
現に今現在、自分は死の
混在する視点の中で、当時の記憶がはっきりと像を結び始めていく。
確か死に際に、何か強烈に思い残していたような気がする。
それは一体何だったのか。
両親、友人、同じクラスの気になるあの娘、宿題、進路、将来の目標……。
それらは確かに思い残すには値しているが、どれもいまいち違うような気がしてならない。
──そうだ。
思い出した。
と、同時に笑いがこみ上げてきた。
当時の自分が思い残していたことが、あまりにも的外れだったからだ。
今にも死にそうだと言うのに、制服のスボンの右ポケットに入れてあるスマホが無事かどうかを心配していたのだ。
これが笑わずにいられようか。
機種変したばかりとは言え、よりにもよってこの非常時にスマホとは。
能天気すぎるにもほどがあるだろ、と。
──さて。
ひとしきり笑ったことだし、もう終わりにしよう。
そう思って最後の力を振り絞るようにしてポケットに手を伸ばしてみた。
──?
ないように思った。
ポケットにあるはずのスマホは、十数メートル先の地点に転がっていた。
同時に、アスファルトだったはずの辺り一面が、見る見るうちに透き通るような瑠璃色に染め上げられていく。
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