キミとセカイ

 巨竜のてっぺんまで登った刀我くんは撮影の準備を終えると、下に待機しているわたしに向かって大きく手を振って合図を送ってくれた。


 わたしも手を振り返して合図をし、剣に専用のアダプターでマウントさせたスマホを操作した。


 刀我くんとの射線と巨竜の歩調に気を配りながら位置取りし、自身に強化系の☆5スロマジを片っ端からかけていく。


 最後のそれが発動し終わった。


 わたしのスマホにはもう、回復系☆5スロマジの元になる、ちょっとした香りを発動させるようなスロマジしか残っていない。


 今度はこちらから大きく手を振る。


 向こうも大きく手を振り返してくれた。


 そして何かを大声で叫んでくれてたようだったけど、この距離だと聞こえなかった。


 それでも、わたしを応援してくれているのがわかった。


「ありがとう刀我くーんッ!! 必ず辿り着いてみせるから、待っててねーッッ!!!!」


 わたしも叫んでみたけど、聞こえたかな。


 一応頷いてはくれたようだったけど。


 とにかくわたしも頷き返し、いよいよ刀我くんの目の届かない所へと歩を進める。


 踏み出されている巨竜の足の裏、その真下へと。


 剣にマウントしたスマホを操作し、録画モードに。


 RECレックアイコンをタップ。


 レンズの向きは剣先と揃ってる。


 両手持ちにした剣を真上に掲げる。


 黒い空が落ちる。


 目を硬くつむり、その人のことを強く強く脳裏に思い浮かべる。




 ネネちゃんが見えなくなって最初の一歩目が地に墜ちてから、一体どれほどの時が経っただろうか。


 テニスコート一面分がすっぽりと収まってまだ余裕がありそうな、頭頂部としてはあまりに広大なこの場所。


 俺はそこで、ただひたすらに瑠璃色の足元にむけてスマホを掲げ続けていた。


 動画に余計な声は乗せられない。


 よって一言もしゃべらずに。


 けれども頭の中では、ネネちゃんの身を案じる叫びでいっぱいだった。


 そしてとうとう、胸の内をこらえきれずに口に出かかってしまった。


「頼む……、ネネちゃ──」


 その時だった。


 膠着こうちゃく状態がついに動いた。


 この世のものとは思えない絶叫が響き渡った。


 巨竜が、しかも明らかにどこかもがき苦しむような悲鳴めいた叫びを上げていた。


 発生源の頭上に乗っている俺の全身を揺さぶるどころか、いっそ吹き飛ばしてしまいそうなほどの轟音。


 そして、この響きはきっとここだけに留まらない。


 全てが始まったあの滝つぼ。


 回復術士がアジトに使っていたダンジョンの跡地。


 ゴールドに括り付けたメモが成就したのか、人々が徐々に避難し始めてるのが見てとれるブレイクの街。


 ラグランジュ邸をかくまう迷いの森と、隣接する山岳地帯。


 もしかしたらその更に先に至るまで。


 眼下に広がる絶景を、俺が歩んで来た道のりを、今の俺にとってのこの異世界の全てを、根底から揺るがすような天変地異にも似た絶叫。


 それを、巨竜は強制的に上げさせられていたんだ。


 たった一人の女の子によって。


「ネネちゃんッ!!」


 この狂騒の調しらべを指揮して、俺の常識せかい容易たやすくひっくり返してくれたその人物の健在を確信せずにはいられない。


 現に巨竜はとうとう足を止め、両手で胴体の辺りむしるような動きを見せ始めた。


 頭頂にいる俺との物理的な距離を圧縮するように進む事によって、足裏から対象の広大な体内を食い破る。


 そんな極限の旅路を行くネネちゃんの現在地を示すかのように、巨竜の自らを掻き毟る手の位置は上へ上へと上がってくる。


 腹、胸、首、顔と、着実に震源地は上昇してきていた。


 そしてついに、巨大な悲鳴を漏らし続ける巨竜は、まるで頭痛を抑え込むかのように頭を抑えだした。


 直後、俺の足元から、カァーンッ!! という甲高い音が響いた。


 ネネちゃんがとうとう俺のすぐ下の地点まで到達したという事に気付くまで、もう二発その音が響くのを要した。


 けど、ちょっと待てよッ!?


 こうやって音がしてるってことは、最後の最後でネネちゃんが巨竜の頭蓋骨なり頭頂部の鱗なりに阻まれてることを意味してやいまいか!?


 そんな悪い予感は的中したとばかりに、その後も甲高い音が何度も聞こえてきたが、一向に音源が瑠璃色を破って外に出てくることはない。


「マズいッ!! ネネちゃんッ! ネネちゃ────────────んッ!!」


 俺はテンパってしまって、今いる地点にひざまずいてとにかく鱗をバンバン叩きながらそう叫んでいた。


 右手にはスマホを持って撮影しているので、空いている左手でひたすらといったふうな感じだ。


 けれどもその時、俺は左方向から気配──というか明らかな風圧を感じだ。


 足元のネネちゃんに気をとられて失念していた。


 巨竜は今、極大の頭痛持ちよろしく錯乱染みた動きで頭を押さえ込んでいることを。


 そして俺は、その渦中かちゅうにいるってことを。


 左側を振り仰いだ時には後の祭りだった。


 目と鼻の先、瑠璃色の巨大な指先が物凄い勢いで迫って来ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る