第45話 ここで逃げるくらいなら

「一つだけ、現状でも巨竜を倒せそうな策に心当たりがあるの。わたしのエフェクト『人機圧縮マキナエンコード』を使って」

「えぇっ!? マジで!?」


 とにかく巨竜の進路上で立ち話もなんなので一旦脇に退避した俺達。


「いやでも、ネネちゃんのって確か千里眼と、その千里眼で見えた風景を念写するって感じのだよね? それでどうやって……」

「ううん、その二つじゃない。わたしのエフェクトには、もう一つ残されてる」

「……………………………………………………………………………………、え?」

「ちょッ!? なんでそんな眉唾のような、微妙に白けたような顔するの!?」

「い、いやだって、このタイミングで都合よく『実は隠された力がありました』とか『土壇場で覚醒しました』とか言われたら、そりゃ、ねえ?」

「もう! 真面目にやってよ! わたしは真剣なんだよ!」

「わ、わかった。ごめんって」

「だいたい、三つめの能力なら最初にこのエフェクトを説明した時に言おうとしてたよわたしは! でも刀我くんが急にむず痒さを覚えて、背中とか掻き出したから言えず仕舞いになってたんじゃない!」

「あれ? ああ、確かにそうだったかも……。わかった。とにかくその三つめの能力ってのは?」

「うん、『。』」


 また、えらいざっくりした……。


 でもそういう、炎とか氷バーンじゃなくて、どこか概念めいた能力なのがエフェクトっぽいっちゃエフェクトっぽいが。


 ていうか──


「物理的な?」

「そう、物理的な距離を圧縮。つまりわたしそのものが対象者の元まで高速移動する。神話やお伽噺とぎばなしに出てくるテレポートみたいな感じ。でもそれら本場の点から点に直に飛ぶって感じのニュアンスとは違う。わたしのは点と点を線で結んで、その線を圧縮するようにわたし自身が物理的にひたすら高速移動するの」


 つまり、と、


「線上に存在するあらゆる物理的制約はこの身に受けることになる。壁があればぶつかるし、水や泥に入ったら速度は遅くなる。でも、わたしが生きている限りは、能力が必ず対象者の元へとわたしを連れて行ってくれる」


 一つめの千里眼と同じように、と、


「たとえ撮影する動画の画面に被写体が写ってなくても、頭の中で思い浮かべた人の現在地がレンズを向けた方向と一致すれば、わたしはその人の元まで突き進むことになる。その間にどんな障害があろうとも、わたしの命が尽きない限りは絶対に」

「ま、まさか……」

「ただしあの鱗はちょっと例外だと思ったかな。さっき刀我くんが潰されちゃった時、試しに、ていうか居ても立ってもいられず、無我夢中でこの三つめを試させてもらった。剣を突き刺すような体勢でやってみたけど、簡単に弾かれた。何回か繰り返せばだんだん付き崩せそうな気配はあったけど、効率的じゃないと思う。でも今は巨竜の足の裏は鱗がほとんど剥がれ落ちて、損傷は下腿部かたいぶにまで広がっているし」

「ま、待ってくれ……」

「だから足の裏には入口が開いている状態なの。あとは刀我くんに巨竜の頭のてっぺんまで行ってもらえさえれば、わたしは足の裏から入って体の中を貫き通して──」

「待ってくれネネちゃん! どうしてそんな平然とした顔で言っていられるんだよ!! 自分が今、どんな事を言ってるのか分かってるのかッ!?」


 俺は思わずネネちゃんの細い両肩を鷲掴わしづかんでいた。


 そうでもしないと、ネネちゃんが本当にどこかへ行ってしまいそうな気がした。


 彼女は全く動じずに俺を見つめ返してくる。


 巨竜の足音だけが、遠くで響く。


「確かに、心苦しいけど刀我くんにはちょっと危険な目にあってもらうことになるかも。巨竜の頭のてっぺんまでよじ登ってもらうっていう」

「そんなことを言いたいんじゃねえよッ! 俺のことなんてどうでもいいんだよッ!! 自撮り棒口に咥えりゃ握力や脚の力が強化されて、あんな高さでも苦もなく登れるよッ!! 最悪落ちても自撮りさえしてりゃその時点ですぐには死なねえよ!! なんだったらあんなクソ巨竜の頭のてっぺんどころか、氷河の中だろうがマグマの中だろうがどこにだって行ってやるよッ!! けど俺が今言いたいのは、そんなどうとでもなる俺のことなんかじゃない! ネネちゃん、君のことだッ!!」

「……、」

「恐らく今までの口ぶりからすると、三つめの能力は移動はできるが、その間に特に無敵状態なんかになる訳じゃない。どう? 違う!?」

「ううん、刀我くんの言う通り」

「じゃあ尚更だ! 巨竜の体の中なんて、どうなってるか分かったもんじゃない! そんなとこ、たとえ強化されている状態だって身の保証がないんだ!! ましてや生身でそんなとこに飛び込むだなんて、死ににいくようなもんだッ!! そんなこと、絶対にさせる訳がないッ!!」

「大丈夫、強化系のスロマジならまだ大量に残ってる。だからそれを全部かけてくれれば──ッ!!」

「そうだ、スロマジだ」


 俺は鷲掴みにしているネネちゃんの肩を片側だけにして同じ側の腕を掴み直し、そこにより一層の力を込めて彼女を強引に引っ張るようにして街のほうへと歩き出した。


 イタっ、とか言ってるけど構いやしねえ。


「街に戻ってスロマジを引き直す。そうして新しい攻撃系の弾を補充する」

「だから、それが出来ないんだってば!!」


 彼女は俺の手を振りほどき、


「街には巨竜のジャミングで通信障害が起こってるって言ったじゃない! スロマジガチャは運営側のサーバーにアクセスできなきゃ、引いてスマホにダウンロードすることができないんだよッ!?」

「それでも街に戻って住民の避難の手伝いなりをする。とにかくここでもう俺達にできることはない」

「待って! どうしてそう決めつけるの!? やってみなければわからないんだよ!?」

「やってみなければ……!?」


 そうやって、簡単に言うけどなあッ!


「今ネネちゃんがやろうとしてることは、もしやってみてだめだったら次また挑戦すればいいやってもんじゃないんだぞ!? やってだめだったら、ネネちゃんは巨竜の体の中で息絶えることになるんだッ! 俺はそんなことで、ネネちゃんを失いたくはないッ!!」

「刀我くん……」

「ネネちゃんだってさっき経験しただろ!? 俺が踏み潰されてしまったように見えて、その時にどう思った!? その時と同じことを俺に味わえっていうのか!? 結局俺は生きてたから今こうしてられるけど、もし逆の立場でしかもネネちゃんが死んでしまったら、俺はどうしていいかわからなくなってしまう! それこそきっと、立ち直れなくなる!!」

「そっか……、あんな思いを刀我くんにさせてしまうかもしれない……」

「そうだよ。だからわかってくれよネネちゃん。そりゃ、あんなのを倒す動画を撮れたらって気持ちもわかる。でも、チャンスは今だけじゃないはずだ。地道に頑張っていれば、いつかきっと報われる時が来る。俺もずっとネネちゃんの動画を撮るって約束するから、ね? だから今は退こう」

「うん……」


 ようやく。


 ようやく俺は一息つけた気がした。


 が──


「でも、わたしはやっぱり逃げたくない。わたしの剣で倒せるかもしれない可能性が少しでもあるなら、わたしはそれに賭けてみたい!」

「な──ッ!?」


 なんだこのわからず屋はッッッ!!!???


「なんでだよッ!? どうしてそこまで|拘るんだよッ!? そうまでしてやろうとする理由は、一体何なんだよッ!?」

「だって……」


 少し伏し目がちになっていたネネちゃんだったが、すぐに意を決したように顔を上げた。


 そしてこう叫んだ。


「ここで逃げるくらいなら、わたしは最初から、冒険者になろうだなんて思ってないよッッッ!!!!!!」

「──ッ!?」


 時間が、圧縮まきもどされたような気がした。


 彼女のその言葉を、俺は以前にも聞いていたからだ。


 もちろん、今のようにはっきりとした呂律ろれつで語気も力強く、と言うわけじゃない。


 でも言葉の内容はそっくりそのまま同じなはずだ。


 ──……で逃げ……らい、なら、わた……最しょ……、ぼう、険しゃ……ろうだ、な……おも、って……よ──


 最初も最初。


 オークの攻撃から俺をかばって、頭に重症を負ってしまった時だ。


 意識も混濁して体さえ満足に動かせなくなってしまったネネちゃん。


 そんな極限状態の、ほぼ無意識下で同じ言葉を発していた。


 まるで、理屈も理性も削ぎ落とされた先にある本能の領域に、その言葉が刻みつけてあると言わんばかりに。


 つまり、ネネちゃんの覚悟は決まっていたということだ。


 冒険者としての矜持きょうじを捨てることなく、こんな無謀とも思えるような状況でも勝負に出る覚悟なんて。


 とっくの。


 昔に。


「ああ、」


 敵わない。


 昨日今日の思いつきで止められるはずもない。


 彼女の覚悟に、泥は塗れない。


 だから、信じてみようと思った。


「わかった。やろう、ネネちゃん!」

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