第44話 大地に勝機あり

 こんなはずじゃなかったのになぁ……。


 俺はただ、ネネちゃんの動画を撮りたかっただけだ。


 大バズリなんかとは無縁の、地道にコツコツと動画投稿を続けていくだけの毎日。


 けれどちょっとずつその努力が報われ出して、ネネちゃんの魅力に気付いてくれる視聴者が増え出して。


 チャンネル登録者数も、百人、千人、一万人と着実に増えていって、できれば有名所ゆうめいどころを名乗れる一つの目安となる十万人くらいはいきたいな、なんて。


 そんな、きっと撮影者という立場になったら誰もが描いてしまいそうな青写真を、俺も現実のものにできたらいいなって、そう思ってただけなんだ。


 それの何が悪いってんだよ。


 確かにちょっと甘い考えだったかもしれない。


 けどそんな考えを持っていたってだけで、どうしてここまでの報いを受けさせられなきゃならないんだ。


 こんな結末を迎えさせられるほどの悪さを、俺やネネちゃんがしたっていうのかよ!?


「ったくやってらんねーぜ………………………あれ? 俺生きてる!?」


 どうやら暗闇の中で仰向けになっているらしい俺は、反射的に体を起こそうとして、すぐに額が何か硬いものにぶつかったのがわかった。


「っ……。けどこれ、鱗じゃないよな!?」


 動かせる範囲で手を動かし、


「確かに硬いけども、何か弾力めいた硬さだ。分厚い……革? 皮膚?」


 暗闇に慣れたらしい目が、視界の端で何かぼんやりした光を捉えた。


 暗闇を映したスマホの画面だった。


 フラッシュを炊いて、ようやく自分の置かれた状況がわかった。


 地面に仰向けに寝ている俺の周りは、押し並べて瑠璃色の結晶。


 けど俺の見つめる真正面──つまりこの空間の余りに低い天井は、鱗のない皮膚のようなものが広がっていたんだ。


「てことは?」


 何らかの理由で鱗が歯抜けのように失くなっていたことによって?


 地面と巨大な足の裏との間に人一人がなんとか寝そべっていられる空間が生まれていた!?


 俺はそこに奇跡的にはまって、潰されずに済んでいたってのか!?


 でも、足の裏は確かに隙間なく鱗で埋め尽くされていたはずだけど……。


 すると次の瞬間、光のクレバス。


 凄まじい轟音と振動を伴って、俺を取り囲む全てが恐ろしいほど緩慢な動きで離陸していく。


 その時に確かに見た。


 鱗が所々ボロボロと、剥がれ落ちて地面に落下していくさまを。


 それに地面に落ちた鱗は、いくらも経たないうちに表面が酸化でもするかのように土色に、それこそ巨大な足跡状に抉れた地面と見分けのつかない質感へと変貌へんぼうしていった!?


 それなりの大きさの塊も降ってきていたので、俺は腕で身を庇ったり当たらないように避けたりしながら立ち上がった、直後。


「刀我くん!」


 ネネちゃんが駆け寄ってきて、そのまま俺に抱き付いてきた。


 彼女は感極まったように涙をポロポロと流しながら、


「よかった! 生きててくれた! 潰れちゃったかと思ってたんだよ!?」

「う、うお……!!」


 やわらけ!


 けど今はその感触に身を委ねてる場合じゃねえ!


「聞いてくれネネちゃん!」


 俺は彼女の肩に手を当ててやんわりと引き剥がし、事の顛末てんまつを話した。


「──てな訳なんだ。試しに、そうだな……。あの土の塊を剣で斬ってみてよ」


 土のような外見からは不自然なほどにかけ離れた硬質な音が響き渡る。


 断面から瑠璃色の輝きが顔を覗かせ、いくらも経たないうちにその部分も土色に変色していった。


「ほ、ほんとだ! 鱗だ! 気付かない訳だよ……。でも、どうして!?」

「うーん、ダンジョンの固有種って魔法耐性が高いとその反動で物理攻撃には弱い、とか?」

「弱いって訳ではないと思うけど。とにかく土属性の☆5じゃ歯が立たないのに、大地と接触してた足の裏はボロボロになってるってことは、やっぱり魔力由来かそうでないものかで大きく変わってくるってことなのかな」

「だね。俺も何となくそんな気がしてた。そして、鱗が剥がれた地肌のような部分には、スロマジが効くような気もしてるんだ。この手で触って確かめたんだ。もしかしたら普通の武器も効きそうな感じだった。とにかく、鱗に比べたら地肌は確実に『もろい』、と思う」


 ──と、言う訳で。


「『メイ=ミ──────グ』ッ!!!!!!」


 灼熱の花道は巨大な足の裏へ一直線に伸びていった。


 着弾、爆発。


 巨体の動きが、初めて鈍った。


 体組織が飛び散ったり、赤い出血なんかが確認できた。


「いける! この調子で片っ端から撃ち込むんだ!!」

「うん!」


 両足の足裏への集中砲火により、巨竜の歩行はだいぶ覚束ないものになっていた。


 足のダメージも目に見えて確認できるほどだ。


 ヤツの足を止めるまでもう少しの所まで来ていたのは、誰の目にも明らかだった。


 だがそこで、ネネちゃんの動きが止まってしまった。


 すかさず駆け寄る。


「どうしよう刀我くん……。攻撃系のスロマジが、もうないの……ッ!」

「なっ……」

「あるのは回復系と強化系だけ……。攻撃系は今撃った『メイ=ミーグ』で最後だったの!」

「ごめん、俺がもっと早く鱗が剥がれていたことに気付いてれば……」

「ううん、刀我くんのせいじゃない。そんなこと言ったら、わたしだってもっとたくさんスロマジを引いておくべきだった」


 でもね、と、


「一つだけ、現状でも巨竜を倒せそうな策に心当たりがあるの。わたしのエフェクト『人機圧縮マキナエンコード』を使って」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る