第42話 瑠璃色の脅威は地中から

 汗だくになりながらも真っ青な顔の二人の冒険者は、俺たちのそばまで転がり込むようにして走って来ると、そのまま息も絶え絶えでへたり込んだ。


「だ、大丈夫ですか!?」


 ネネちゃんは二人の元まで駆け寄ると介抱しだした。


 俺は二人に見覚えがあることに気づく。


 昨日のギルドで、ダンジョンを発見したといった趣旨しゅしのひそひそ話をしていた二人組だった。


 彼らはそのままギルドを後にして、そして入れ替わるようにハサミが入ってきたのだった。


 案の定、一人のほうが呼吸を整えてから言った。


「じ、実は俺、昨日この近くでダンジョンを発見したんだ。それで今朝早くからさっそく、こいつと一緒に潜ってたんだ」


 もう一人のほうも、


「それほど大きくなさそうなダンジョンだったけど、ダンジョン動画自体が珍しいから数字になると思ったんだ。けど、やめときゃよかったんだ。意外に深い最深部に、まさかあんな化け物がいただなんて!」

「あぁ、俺達はそいつを目覚めさせちまった……。そしてやっとの思いでここまで逃げ帰ってきたってわけだ。だから頼む! 俺たちを助けてくれ! いや……、」


 悪いこたぁ言わねえ、とその人物が言った瞬間、どこか遠くの方から地震のような地響きが起こるも、彼は構わず話を続けた。


「お前たちも早く逃げろ! あんな化け物、誰にも倒せっこねえッ!!」


 再び遠くから地響きが起こった。


 今度こそ、彼らはその振動にすくみ上がるようにして立ち上がると、街のほうへと一目散に逃げ出していった。


 小さくなっていく彼らの後ろ姿を、しばらくあっけにとられて見ていた俺とネネちゃん。


「ダンジョンのモンスター……、固有種ってやつだっけ? それってダンジョンの外にも出て来るの?」

「うん。ダンジョンに潜って来た侵入者を追いかけて、外に出て来たって事例は幾つか確認されてるみたいだけど……」

「あ、じゃあさ! これからあの人たちを追っかけて出て来るであろう固有種をさ、ちょちょいっとネネちゃんで倒させてもらおうよ! あの人たちだって完全に討伐を放棄してる訳だしさ」


 そんなことを言っていた矢先、再び地鳴りがした。


 あろうことか、ほぼ真下から。


「「──ッ!!」」


 直後だった。


 下から突き上げるような強烈な衝撃と共に、本当に下から突き上げられた。


 足元の地面が物凄い勢いで隆起し出していたんだ。


「うあっ、うわあああぁぁぁあああああっ!!」


 当然立っていられずバランスを崩した俺は、もはやちょっとした小山くらいはあるんじゃないかってほどの斜面を転がり落ちた。


 平地に投げ出された体勢からなんとか上体だけでも起こす。


「な、なんだッ!? 地盤隆起……ッ!? いや──」


 手だった。


 手が突き出ていたんだ。


 ほんのついさっきまで俺とネネちゃんが立っていた場所を、クレバスのような裂け目に成り果てさせ、右手が顔を出していたんだ。


 全長がの右手が。


「??????」


 地面にへたり込んでる俺の姿が写り込むほど綺麗な表面をした、一つひとつが五〇センチ四方くらいはある濃い瑠璃色るりいろの鱗のようなもので、てのひら側までびっしりくま無く覆われた巨大な右手だ。


 気が動転していながらも状況の再確認に努める。


 手首から指先までだけで既に二〇メートル。


 概算で人間の約一〇〇倍。


 仮に手首から先があったとしたら、全高で二〇〇メートル前後か?


 確かにこの異世界には人がいて、それに敵対する人ならざるものがいる。


 けどそんな人外どもとて、ある程度のスケールを保って人類と対峙している。


 つまり人と人ならざるものは敵対関係にはあれど、この世界なりに『生物的に辛うじて同次元』というくびきで括られ、繋がっているということだ。


 人間の約一〇〇倍、(仮に全身があるとしたら)全高約二〇〇メートルという数字は、そのくびきを初手でぶっ壊すには充分なんじゃないかな。


 そう考えるともう色々底が抜けて、脳死状態でそれを見上げていることしか出来ないでいたんだ。


 頼む、手だけであってくれ、なんて祈ることすら忘れていたほど重症な俺だったが、


「大丈夫!? しっかりして!!」

「──ッ!? ね、ネネちゃん!?」

「早く立って! ひとまず逃げなきゃ!!」

「そ、そうだ! そうだよね!」


 いつの間にかそばに来ていたネネちゃんに発破はっぱをかけられるようにして、ようやく逃走を開始する。


 とりあえず一〇〇メートルほどの距離を確保出来ただろうか。


 いわゆる怖いもの見たさってやつだ。


 俺は我慢できずに、足を止めて振り返ってしまう。


 地面に五指が突き刺さり、そこを起点として残りの部位が緩慢な動きでせり上がってきていた。


 巨人の前腕、肘、上腕、肩、そしてもう一方の腕。


 その全てが、やはり瑠璃色の結晶でコーティングされていた。


 もちろん頭部もだ。


 ただし首から上の形だけは、人型の構造から大きくかけ離れていた。


 それはどことなく竜の頭部をしているように見えた。 


 そしてついに、すさまじい振動と轟音の中、巻き上がる土煙の向こうで巨大な影はつま先まで地表に這い上がらせた。



 ゆっくり、ゆっくりとそのヒトガタは立ち上がる。


 体の比率的に長い首とその先の爬虫類めいた頭部がもたげられる。


 直立不動のままわずかに天を仰ぐような体勢で、大きな口が開かれる。



 直後、この世のものとは思えない雄叫びが響き渡った。


 土煙など一瞬で吹き飛ばされ、その咆哮ほうこうの余波たる風圧だけで俺も吹き飛ばされそうになった。


 頭のてっぺんからつま先まで、一部の隙もなく青の結晶で埋め尽くされた、巨大な人型の竜だった。



 その光景は、今この時をもって、人と人ならざるものを繋ぎ止めていたくびきが粉々に砕かれたことを意味していた。


 対立という名の繋がりが壊された後に残っているもの。


 それは、一方的な蹂躙じゅうりんという名の隔たりだ。


 像は蟻を踏み潰してしまう時、果たして何か感慨のようなものを思い浮かべるだろうか。


 これは、そういう次元の話だと思った。



「なんだ……あれ……」


 一連の光景を棒立ちで見上げているしかない俺。


 その脳裏に、逃げていったさっきの冒険者の言葉が蘇る。


 確かに、あんなのは誰にも倒せっこない。


 異世界に来て、元いた世界の摂理せつりから外れた光景はそれなりに見てきたつもりだ。


 だが今回ばかりはスケールが違いすぎて、足の震えすら起きていないって有様だった。


 それでもようやく実感が湧く。


 急ぎ逃げようと、きびすを返そうとしたその時、


「刀我くん!」


 ネネちゃんに腕を掴まれた。


「ちょっ、何ッ!?」

「お願い、わたしを撮って!」

「えぇっ!?」


 正気かよ!?


 アレと戦うってのか!?


 いやでも、ネネちゃんはこんなとこで冗談を言うような子じゃないし、現に俺を見つめてくる表情は真剣そのものだ。


 確かにあんなデカいのを倒せたとしたらバズるに決まってる。


 現に『例の動画投稿サイト』には、あれほどの大きさのモンスターを倒す動画なんて一個も上がっていない。


 全部の動画を確認してなくても、デカけりゃ自ずと目に付くように上がってくるからわかる。


 ……けどッ!!


「待ってくれネネちゃん!」


 彼女の手を振りほどき、


「あんなのと戦うなんて無茶だ! そりゃあ俺だって、強いモンスターをキャスティング出来ればなんて言ってたけどもさあ!! あれはもうそんな次元じゃない!!」

「そうじゃないよ! わたしだって、あんなの相手に思ってない!!」

「えっ!?」

「何人いると思うの!? はじまりの街、初心者冒険者の街『ブレイク』に! 第五階位以上の魔法を自分の魔力で撃てる実力者が!!」

「あっ」

「ダンジョンの固有種は、最初に目についた侵入者を執拗につけ狙う習性がある。そしてさっきの二人組は街の方へ逃げてった。そうやって標的にされた街の、全部の冒険者が仮に今からガチャを引いたとして、排出率0.3%の攻撃系☆5スロマジを一体何発揃えられると思うの!?」

「そうだ……、そうだよッ!!」

「だからお願い! わたしに守らせてよ! わたしの育った街を、わたしたちの住んでる街を!!」


 彼女のスマホの中にある有象無象のスロマジ。


 それを英霊の乾坤一擲けんこんいってきに変えることができるのは俺だけ──俺のエフェクト、見えざる鎧『機神視点デウスフォーカス』だけなんだ。


 そんな俺が、怖じ気付いててどうすんだ!


「わかった、やろう!」


 ポケットの中のスマホに手を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る