第四章 世界を縮めたその先で

リスタート

 今も昔も、その街は冒険者にとってのスタートラインとしてそこにある。


 はじまりの街『ブレイク』。


 大陸東部を占める広大な山岳地帯。


 そこに虫食いのようにまだらに点在する盆地の一つに、ポツンと位置する小さな円形の城郭都市じょうかくとしだ。


 周辺の魔物は初級が多い割に守りは堅め。


 そんな冒険者のキャリアをはじめるにふさわしい地こそ、この『ブレイク』の街という訳だった。


 スタートラインに再び立つ。


 すなわち、リスタートを切ったばかりの冒険者と撮影者のペアがここにいた。


 新米だけど実力は充分、あとは世界に発見されるのを待つだけの地味っ子(本当は美少女)剣士『マキナネネ』ことネネちゃんと、その撮影者である俺こと仁後刀我にごとうがだ。


 あの一悶着から一夜明け、俺たちは再び動画を撮るためにギルドでクエストを受注し、街からだいぶ離れた平原の一角で討伐を完了させたばかりだった。


 例に漏れず対象の魔物は弱く、ネネちゃんの実力が勝ちすぎて勝負は一瞬にして決した。


 そのため、相変わらず彼女本来のパフォーマンスが発揮しきれない映像しか撮れなかった、午前中の早い段階だった。


「ねえ、刀我くん」


 昨日の一件については、ちゃんと説明しなきゃとは思っていた。


 でも向こうから聞いてくる様子はなかったので、ついつい先延ばしにしてしまっていたが、それもどうやらここまでらしい。


「昨日の人、『ハサミ・ミラージュ』さん? 泣いてたね……」

「──ッ!? ……やっぱり、ネネちゃんも気付いてた? フードが取れたのは一瞬だけで、誰も気付いてなかったと思ったんだけど……」

「あんな近くで見てたら気づくよ。最初はまさかその人だなんて信じられなかったけど」

「黙っててゴメン! ネネちゃんに休んでもらっている間、実は俺はハサミと知り合って、その撮影をして、それで……ッ!!」


 放っておけばそのままどこまでも平身低頭していきそうな勢いで謝る俺を、ネネちゃんは止めた。


「ううん。謝らないでいいよ。刀我くんの自由な時間に何をしようと、刀我くんの勝手なんだから」

「……、」


 そういう言い方がもろ怒ってるようで一番怖いんだよなぁ……。


 なんだか今のネネちゃんの穏やかな表情が、別な意味に思えてきて仕方がない。


「昨日のハサミの発言については、俺が代わって謝る! ほんとにごめん! 何なら俺から言って、アイツにもちゃんと謝らせるから!」

「ちょっ、だからそんなことしなくていいってば! それに……、わたしが見てもらう努力もしていないのは事実だから……」

「そんな……ッ、ハサミの言葉を額面通りに受け取っちゃダメだって! ネネちゃんはこの一ヶ月間、たくさんの人に見てもらうためにハイペースで頑張ってきたじゃん!」

「でも、たくさんの人って言えば、それは嘘になるよ……」


 自らの地味な衣服──それこそ男の冒険者が着るような長袖長ズボンに革製の軽装備を要所に括り付けた感じの格好に視線を落としたネネちゃんは、そのまま上着の裾の辺りを軽く引っ張った。


「この装備がまさにそう。わたしはより沢山の人に見てもらおうって努力を、意図せずとも結果的に放棄したことになる。本当はもっと目立つような格好をしなきゃダメなのに。でもわたしは、この装備だからこそ気付いてくれるに違いない、とある人にさえ見てもらえればいいって、そう思って冒険者をやっていた」


 そして装備の胸当てのところにそっと手を当てた。


「この装備はね、わたしの剣のお師匠様で自身も冒険者として動画投稿している人の、そっくりそのまま真似した格好なの。髪型もそう」

「その三編みお下げも!? ってことは、その人も女の人なの!?」

「そうだよ。シオンさんっていうの。わたしはシオンおねえちゃんってずっと呼んでた。でも眼鏡だけは違うけどね。おねえちゃんは別に目は悪くないし。わたしは小さい頃に絵ばかり描いて、それで目を悪くしちゃったから」

「そうだったんだ……」

「うん。それで、わたしはおねえちゃんみたいになりたい一心で、全く同じ格好をしてたって訳なの」


 そうやってネネちゃんが自身の装備に視線を落としたり触れたりしている姿は、まるで、装備の中に染み込んだその人物との思い出の残滓ざんしを、必死に読み取ろうとしているかのようだった。


「でも、それはわたしだけの都合。一人でも多くの人たちに見てもらうような努力をしてる他の冒険者からしてみれば、そんなわたしの態度は顰蹙ひんしゅくを買う対象になっても文句は言えない。それこそハサミちゃんのような、人の何倍も努力をして上位まで上り詰めた冒険者からしてみれば、なおさらそう。だからハサミちゃんの言ったことは、完全に的を射てると思う」


 確かに、そういう見方もできるなとは思った。


「『例の動画投稿サイト』はわたしだけのものじゃない。より多くの視聴者に見てもらうように切磋琢磨してる、大多数の冒険者の人たちのもの。わたしのやっていたことは、その人達に対して失礼に値してた」


 だからね、と俺のほうへ改まって向き直ったネネちゃんは、そこで何故か急にモジモジし始めた。


 両方の人指し指をツンツンさせて恥ずかしそうに、


「こ、これを機に、イメージチェンジ……っていうのかな。装備を変えてみようと思うんだけど……、どうかな? ヘンじゃないかな……?」

「──ッ!?」


 その申し出を断る理由など、今の俺のどこにもあるはずはない。


 なんせネネちゃんの地味なヴィジュアルを改善できないかとは、俺がずっと思っていたことなんだから。


「ううん! 全然ヘンじゃないって! いいと思うよイメチェン!!」

「ほ、ほんと!? よかった。じゃあ早速、街に戻ったら衣装選びに付き合ってほしいんだけど──」


 と、その時だった。



「おぉぉおい! た、助けてくれぇ──────ッ!!」



 切羽詰まったような叫び声が、向こうのほうから飛んできた。


 声のしたほうを見れば、冒険者と思われる男が二人、這々ほうほうていで走って来ていた。

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