第39話 誰だこの見るからにスパダリっぽいおっさんは!?

 ガチャリと扉が開けられ、リビングに誰か入ってきた。


 俺は当然こう思う。


 誰だこのおっさんは!?


 ただし普通のおっさんじゃない。


 身長が実に二メートル以上はありそうな偉丈夫いじょうふだ。


 短く刈り上げられて逆だった金髪に同じ色の無精髭ぶしょうひげ、そしてサングラスと威圧感には事欠かない。


 更には狩人風の装備に包まれたその体躯たいく


 既に常人が着るそれの倍はあろうかというサイズのファートリムジャケットが、筋肉でパンパンに膨れ上がっている。


 ああ、訂正させてくれ。


 誰だこのまるで天然ターミ●ーターみたいな、めちゃくちゃデカくて強そうなおっさんはーッ!!!?


「お父様!!」

「ええぇえっ⁉︎」


 ハサミは嬉しそうに声を上げると、その人物に駆け寄って胸に飛び込むようにして、当然胸まで届かないので腰の辺りに抱きついた。


 男性は少し驚いた風にしながらもハサミを受け入れた。


「おかえりなさいませ、お父様!」

「ただいまハサミ。ところで今日はやけに手厚い出迎えだね。少しびっくりしてしまったよ」

「ごめんなさいお父様……でもわたくし、お父様に会いたかったんですもの! それに、見て下さいましたか? わたくしの動画!」

「ああ、もちろん見たとも。すごいじゃないか。私でもピアサを倒したのは二十代になってからなのに、その歳でもう倒すだなんて。よく頑張ったね」

「ありがとうございます! これもすべて、お父様の弓術の御指導があってこそですわ!」


 ハサミは男性の身体に嬉しそうに顔をうずめる。


 満ち足りた表情の男性はその頭を優しく撫でる。


 そんな二人の様子を微笑ましげに眺めながら、ミルフィーユさんも彼らのそばへよる。


「あなた、おかえりなさい」

「ただいまミルフィ、留守をありがとう」


 どっからどう見ても、紛う方なき仲睦まじい親子三人、だよな……!?


 けど、仮にその男性をハサミの実の父でありミルフィーユさんの夫であると認める前に、とある既視感が俺の脳裏によぎった。


 そのハンター風の装備にサングラスは、異世界に来て間もない俺でも知る、とある超有名冒険者のトレードマーク。


 ワイルドさの中に隠しきれない知性がにじみ出るダンディズムの体現者は、『例の動画投稿サイト』の黎明期れいめいきより活躍する元祖スパダリ系。


 チャンネル登録者数一〇〇万人のハサミにダブルスコアかそれ以上の大差をつけている最上位五人、通称『在野冒険者四天王(誤称にあらず)』が一人。


 次世代の神弓とうたわれるハサミと区別して、元祖神弓の異名を持つ彼の名は──。


「『謎のロングボウ使い』ッ!! さん!?」


 どうしてここに!? と聞かずにはいられない様子の俺に気付いた彼──謎のロングボウ使いは嬉しそうにこっちを向いた。


「やあ、君が刀我くんか。いかにも、私が謎のロングボウ使いだ。お聞き及んでもらえているようで光栄だよ。だが今は──」


 サングラスを外して胸ポケットにしまい、


「クロム・サテライト・ラグランジュという一人の父親として挨拶をさせてほしい。妻から話は聞いているよ。今回の娘の動画の撮影をしてくれて、そして娘のことを守ってくれて、どうもありがとう。本当に感謝しているよ」


 優しく温かな表情であるのに、まるでその視線に射抜かれたような衝撃が走る。


 そのコバルトブルーの双眸を俺は知っていたからだ。


 あの家族写真で見た、若かりし日のハサミの父親──クロム・サテライト・ラグランジュと同じだった。


 風貌こそ当時と今とではだいぶ違うが、どう見たって同一人物だ。


 そして何よりも写真を見せられた時にも思ったことだが、気高さを象徴するかのような少しツリ気味の目尻といい、蒼穹を閉じ込めたかのような澄んだその色といい、男女の骨格の違いはあれど、その目元はやはりハサミとそっくりだった。


 ああ、間違いない。


 この人とハサミは正真正銘、血の繋がった父娘だ。


 けど。


 それじゃあ。


 死んだはずの人間が生きていることになる!


 なんで!?


 どうして!?


 そんな疑問の渦のただ中にいる俺のもとへ、謎のロングボウ使いは歩み寄ってきた。


 しがみつくハサミを引きずりながら。


 大きな右手を差し出して握手を求めてくる。


「はじめまして。私がハサミの父でミルフィーユの夫のクロム・サテライト・ラグランジュだ。よろしく、仁後刀我くん。私は君のことを誇りに思うよ」

「ど、どうも、仁後刀我です……」


 精神的にも物理的にも気圧されながら握手に応じる。


 そんな俺の萎縮した感じが、手を伝って流れたとでも言うんだろうか。


「おや、どうかしたのかい? 刀我くん」


 するとしがみついたままのハサミが顔を上げた。


「聞いて下さいましお父様!」


 ビシッと俺を指さし、


「この人ったらひどいんですのよ! お父様のこと、ずっとお亡くなりになっていたと思い込んでたみたいなんですの!!」

「ええっ!? それはまた……、一体どうして?」


 握手から解放された俺は、限りなくあたふたしながら弁明を始めた。


「お、俺はその、ハサミ……さんのお母さんから、お父さんは亡くなったって聞かされたんです。そう、ピアサの討伐戦で帰らぬ人になったって……。ですよね!? ミルフィーユさん!!」


 ミルフィーユさんは俺達の元まで歩み寄って、


「この人ったらピアサを討伐して以降、ほとんどのよ。公務で他所よそに行く以外は毎日家に帰ってきてたクロムさんが、ね?」

「は?」


 彼女は昔を懐かしむような視線でクロムさんに微笑みかけた。


 見上げられた彼は一瞬ポカンとするも、すぐに──


「あっははははははッ!!」


 豪快な笑い声を上げた。


「そりゃ確かに帰らぬ人だ! あっははははははははッ」


 自らの額をポンと軽く打って、一本とられたといったふうに大笑いをするクロムさん。


 そして一頻ひとしきり笑い終えると、未だに状況が飲み込めていない俺のほうを向いて照れ臭そうに頭をかく。


「いやあ、私がピアサの討伐に出た頃、ちょうど『例の動画投稿サイト』が出かけだったろう? それで、試しに私が討伐する様子を部下に撮らせてサイトにアップしてみたんだ。そしたら動画を上げていくらも経たないうちに、物凄い再生回数になって感想のコメントもたくさん貰ってね」


 まるで小さい子供のように、心から愉快そうな笑顔で、


「それからというもの、動画を上げるとすぐにコメント欄にレスポンスが返ってくるあの感じが病みつきになってしまってね。暇さえあればクエスト動画ばかりを撮りに出るようになって、なかなか家に帰らなくなってしまったんだよ。今もちょうど、南の方に遠征クエストに行って帰って来たところだったんだ。あっはははははっ!!」


 再び豪快に笑ったクロムさんはミルフィーユさんのほうを向き直った。


「けどミルフィ。帰らぬ人っていうのは、やっぱり死んでしまった人のことを言うんだよ。これじゃあ刀我くんも私が死んだと思うのも無理はない。今度からは、使い方に気をつけないとね」

「まあッ、そんなッ!!」


 口を両手で抑えて息をのむミルフィーユさん。


 長耳の先までみるみる赤く染まっていくと、ばつが悪そうにぺこぺこし出す。


「ごめんなさいね刀我くん! 私ったらそんな意味があっただなんてよく知らないのに、ちょっとお洒落な言い回しをしてみたくて帰らぬ人になっただなんて言って、誤解を招くようなことをしちゃって! ほんとにごめんなさいっ!」


 そして一通り頭を下げまくったミルフィーユさんは、真っ赤な顔のまま俯いて、未だクロムさんにしがみついているハサミの後ろに、恥ずかしそうに隠れてしまった。


「人間の言葉って、エルフの言葉と違って難しい……。ねえ、ハサミちゃんもそう思うでしょう?」

「ええ、わかりますわお母様」

「……、」


 もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?


 やだあああああああああああああああああああああああああ!?


 何なのこのお母さん!?


 なんでそういうことするの!?


 いや、悪気があったわけじゃないのはわかるけど……、けど……。


 もおおおおおおおおおおおおおおお!?


 牛になっちゃうよ僕ううううう!?


「あ、あのォ……。一応念のためにお聞きしますが、クロムさんはピアサの討伐に成功したとのことですが、その後どうして領地を追われるようなことになったんですか……?」

「ん? あぁ、それなんだが──」


 クロムはまたもばつが悪そうに頭をかく。


「動画を撮ってばかりいて公務をおろそかにしてしまっていたら、陛下の不興を買ってしまってね。それで爵位と領地を取り上げられてしまって、仕方なくこの地へやって来たという訳なんだ。いや参った、あっははははははははッ!」

「……、」


 このお父さんもやだああああああああああああああああ!?


 おかしいでしょッ!?


 何でそういうことするのッ!?


 ちゃんと公務して!!


 何なのこの二人は夫婦揃って!?


 もおおおおおおおおおおやだあああああああああ!?


「ほら刀我!! この通り、わたくしのお父様はご健在なんですのよ! それをなんですの、勘違いとは言えお父様がお亡くなりになっただなんて……。だいたい、お父様がピアサごときに負けるはずがないことくらい、少し考えればわかりますでしょうに!」

「ハサミちゃん、あんまり刀我くんのこと悪く言わないであげてね。悪いのはお母さんだから」

「いやいや、元はと言えば私が……」

「そうでしょうかお父様? わたくしはお父様のご英断を尊重いたしますわ。形だけの公務より、実際に現地に赴いて魔物を討伐することのほうが、遥かに民にとって有益な行いだと思いますもの!」

「私もハサミちゃんの言う通りだと思うわ。それに、クロムさんは堅苦しい公務をしている時よりも、今みたいに冒険者をやっている方がよっぽど生き生きしてて素敵よ♪」

「ハサミ、ミルフィ、ありがとう。そう言ってもらえると私もだいぶ気が楽になるよ。やっぱり、ラグランジュ家の爵位を途絶えさせてしまったのは、少し後ろめたくってね……」


 でも、と。


「こうして親子三人、幸せに暮らせてるんだからまあいいか! あっはははははははははははははははははっ!!」

「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!!」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ♪」

「……、」


 そうやって親子三人で仲良く笑い合う姿は、ケリの着いたはずの俺のホームシックをぶり返させたどころか、余計悪化させていた。


 たぶん清濁併せいだくあわめなかったんだろうな、とこの時の自分自身を振り返ってみて思う。


 クロムさんが生きてくれてたのは僥倖ぎょうこうだが、俺の中のガキな部分はそれを認めたがらないでいた。


 俺はハサミと、片方か両方かの違いはあれど、親ともう二度と会えないという共通項で結ばれていたかったんだ。


 でも、現実はそうじゃないってわからされた。


 だからもう、ここは俺のいる場所じゃないと、思ってしまった。


「俺、用事があるんで帰ります」

「「「えっ!?」」」


 何か感情めいたものは、顔には出ていなかったと思う。


 もぬけの殻は、フラフラとリビングの扉まで向かっていった。


「ま、待ち給え刀我くん! 遠慮なんてする必要はないんだよ。君の思う存分、ここでくつろいでいってもらって構わないんだ。君にはその権利がある!」

「そうよ刀我くん! すぐ晩ごはんの用意するから、みんなで食べましょ。だから待って! ね?」

「……、」

「いえ、結構です。それでは……」


 クロムさんとミルフィーユさんが引き止めてきたが、構わずにリビングをあとにした。


 閉ざされた扉の向こうから、俺の背中に追い打ちをかけるようにこんな怒声が聞こえてきた。


『知りませんわあんな人ッ!!』




 夢を見た。


 脳が映像を認識した瞬間、何故かはわからないがなんとなく、刀我はそれが夢だと確信した。


 すぐ目の前にはハサミが立っていた。


『刀我、あなたにわたくしの初めてを差し上げますわ』


 彼女はそっと目を閉じ、少し顎を上げた。


 刀我は彼女の両の肩を抱き寄せるようにして、唇と唇を重ねようとした。


 その刹那せつな──


『やあ刀我くん。そこでなにをしているのかな?』


 左肩を物凄い握力で掴まれて、刀我は振り返った。


 ハサミの父、クロム・サテライト・ラグランジュが彼を見下ろしていた。


『私の娘に、なにか用かな?』




「──ッ!?」


 気がつけば、俺は弾かれるようにして自室のベッドから身を起こしていた。


「朝、か……」


 何かよくない夢を見たような気がしないでもない。


 全身にびっしょりと汗をかき、呼吸が乱れていた。


 ふと枕元のスマホにメッセージが届いているのに気がつく。


 ネネちゃんからだった。


『傷も治って休養も取れたし、そろそろ今日からまたクエストに出たいんだけど、どうかな?』

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