はじめての……!?

「お母様っ! わたくしやりましたわー!」

「動画見たわよハサミちゃん! えらいわ、よく頑張ったわね!」


 ラグランジュ邸のリビングで、母娘おやこエルフは感極まるようにして抱き合った。


 やっぱ『例の動画投稿サイト』の自動編集機能って超便利だな。


 その日の夕方にはもうこうして、『二匹目』の動画はショート形式になってミルフィーユさんの目の届くところとなっていた。


 ミルフィーユさんだけじゃない。


 いま俺のスマホで確認してみても、投稿後一、二時間くらいしかたってないのにもう一万再生を突破している。


 これが、チャンネル登録者数一〇〇万人の冒険者『ハサミ・ミラージュ』なんだ。


 ちなみに今回の騒動については、ハサミが帰りのエルフバードの背中の上で伝話で全部ミルフィーユさんに話していたんだけど、なんとミルフィーユさんがインフニティーに話をつけてくれるとのこと。


 なんでもミルフィーユさんは、かのセブンズの一つであるエルフの国家ギルド『ワールド・ワイド・フォレスト』にツテがあるとかで、それ経由でってことらしい。


 正直びっくりだけど、その件に関してハサミはそれ以上何も語らなかった。


 だから俺もその場ではもう詮索せんさくはしなかった。


 この母娘って元はガッツリ貴族だったから、王国の中枢と何らかの関わりがあっても不思議じゃないっちゃ不思議じゃないんだが。


 とにかくハサミはお父さんの無念を晴らせたし、俺も未練断ちできた。


 そしてミルフィーユさんの期待にも応えられた、と思う。


 俺はこの異世界で、初めて何か一つの事を成し遂げられたと言ってもいいんだ。


 今はただ、エルフの母娘と喜びを分かち合おうじゃあないか。


 で、母娘エルフのほうを見ると、既に抱擁ほうようをといて何か会話をしていた。


 それもただの会話じゃない。


 なんか微妙に言い合っている。


 大声でじゃないが、コソコソ揉めてる感じだ。


「あのォ……」

「あ、刀我くん」


 ミルフィーユさんが俺に気づき、ハサミとの何やかんやを切り上げるようにこっちに来た。


 まだ何か言いたげに追い縋るハサミなんてお構いなしだ。


「色々大変だったみたいだけど、それでもちゃんと動画を撮ってくれて、そしてハサミちゃんのことを守ってくれて、本当にありがとうね、刀我くん」


 深々と一礼した。


「いえ、いいんですよっ。そんなかしこまらないでください!」

「いいえ刀我くん、あなたは本当に偉大な行いをしてくれたのよ。だから謙遜しないで。私たち親子はあなたに感謝してもしきれないわ」


 そしてハサミのほうを向き、


「ほら、ハサミちゃんもちゃんとお礼を言って! 打ち合わせ通りにね」

「お母様っ! そんな……でも……ッ!!」

「もう、いいから早く!!」


 業を煮やしたように母エルフは娘エルフ所まで行き、その背中を俺のほうへ向かって押した。


 ハサミはつんのめるようにして俺のもとまでという感じだった。


「お、おい、ハサミ?」


 うつむいたままずっともじもじしてしまっているハサミを不審に思いつつも声をかける。


 すると彼女はようやくといった感じで顔を上げた。


 やはりこういう人付き合いには慣れていないのか、彼女の顔は朱に染まって恥ずかしそうな感じだった。


「こ、今回はわたくしの動画を撮ってくれて、わたくしのことを守ってくれて、本当にありがとうございましたわっ!」


 深々と一礼。


 こんなハサミはこっちの調子が狂ってしまうが、彼女も誠意を込めてのことなのだから、俺としてもちゃんと応えることにした。


 ハサミが顔を上げるのを待って、


「どういたしましてハサミ。おまえにそうやってお礼を言ってもらえると、俺も頑張った甲斐があったって思うよ。そして俺のほうこそありがとう。お前の動画を撮らせてくれて。貴重な経験をさせてもらった」

「そ、そうなんですの。よかったですわね。それじゃ、……んっ!」

「ん?」


 突然ハサミは両目をつぶって、顎をしゃくるようにしてきた。


 が、俺としては何を意味しているのかわからない。


 ハサミは再び目を開けて、そんな俺に苛立ったように、


「ちょっと! 何をボケっとしてますのよ! 動画を撮ってくれたお礼に、そ、その……、き、き、キスさせて差し上げると言ってるんですのよ!!」

「はっ、はいいいいいいいいいいい!?」


 思考がフリーズしかけたが、ふと、とある事実が頭をよぎる。


「そ、そうだった。俺たちはあくまで恋人のフリをしてたんだったな……」


 ミルフィーユさんにはもちろん聞こえないように、あくまで自分自身に言い聞かせるような感じで言ったつもりだったのだが、


「お馬鹿っ!」

「えっ!?」

「フリなんかでこんなこと……、は、初めての口づけを捧げるようなこと、するわけないじゃありませんのっ!!」

「は、ははははは、はじ!?」

「あなたになら……、わたくしのことを命がけで守ってくれたあなただから、初めてのキスをしてもいいって本気で思ったからこうしてるんですのよ!! いちいち言わせるんじゃありませんわよっ!!」

「な、なななななな、なんっ……!?????」


 俺は今日、ここで大人の階段を登るのか!?


 登っちゃっていいのか!?


 しかも同じ段を一歩ずつ、あのハサミ・ミラージュと一緒に!?


 俺が!?


「お、俺なんかで、ホントにいいのか!?」

「〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 恨みがましく黙り込んで真っ赤に染まった顔には、皆まで言わせるなとかいてある。


 据え膳食わぬは男の恥ってか!?


 ええい、ままよ!


 ままよ……ママ!?


「うふふふふふふふふ☆」


 いやああああああああああああああああああああああ!?


 ママエルフがこっち見てるうううぅぅぅぅううううう!?


 初々しいものをからかうような、いたずらっぽい笑みを浮かべてミルフィーユさんがこっち見てるううううう!!


 あのハサミ・ミラージュとのお互いの初キスってだけでもハードル激高なのに、相手のお母さんが見てる前でってどんなはずかしめだよ!?


「な、なあ。ほんとに今ここでしなきゃいけないのか? お前のお母さんが見てるここで……」

「もうっ! それがなんだって言うんですのよ! お母様はわたくしが認める前からあなたのことを認めてくださってたんですのよ! 今更遠慮なんかしてどうるんですのよ!」

「いや、そういうもんでもないんだけどな……」

「それにお母様だけじゃありませんわ! お父様だって、きっとわたくしたちの関係を良しとしてくれるに決まってますわ!」

「──ッ!!」


 それが、殺し文句となった。


 既に亡くなってしまった実の父親を引き合いに出してまでハサミは、俺にキスをしてもいいと言ってきているんだ。


 そこまで言われたら、もう観念するしかない。


 今なら頑張った自分へのご褒美として、ハサミとキスをしても罰は当たらないかなと思った。


「わかった──」


 とりあえず当てずっぽうでハサミの両肩にそっと両手を添えてみる。


 ハサミはビクッとして両目をつぶって唇を引き結び、全身を強張らせたが、すぐにその力が抜けていくのが伝わってきた。


 余分な力を抜いた状態で目と唇は閉じ、顎をそっと前に出すハサミ。


 つまりはそういうこと。


 あとはもう、俺がするだけ。


「天国にいるお前のお父さんが、そう言ってくれるなら」


 そうやって、ハサミの唇にそっと自身の唇を重ねようとした、その時だった。



!?」



 バチッと目を見開いたハサミが、その目を皿のようにして驚愕していた。


「ハ、ハサミ!?」


 釣らて俺ものけ反るようにして驚いた。


「あなた、今なんて言いましたの!? わたくしのお父様が天国にいるですって!? それ、どういう意味なんですのよ!?」

「いや、どういう意味も何も、お前のお父さんは既に亡くなって……」

「縁起でもないこと言わないでくださいましっ!」


 バッとハサミは自身の両肩に添えられた俺の手を振り払って、


ッ!!」


 ………………………………………………………………。


「は?」

「『は?』じゃありませんわよ! わたくしのお父様はちゃんと生きてるって言ってますでしょうがッ!!」

「いやでも……あ、そっか。再婚したのか」

「何言ってますの! 正真正銘わたくしと血の繋がった実のお父様ですわよ!」

「えぇえ!?」


 ハサミは訴えかけるように俺を睨みつけた。


 彼女は真剣だ。


 冗談でなんて言っている様子じゃない。


 けど、それじゃあ一体!?


 魔法が当たり前の世界だが、蘇生術のような魔法は確立されてはいないし……。


 俺は縋るようにミルフィーユさんを見た。


 けれど彼女もまた、俺をいぶかしむような困ったような顔をして首をかしげていた。


 一体、どういうことなんだよこれ!?


 混乱を極めかけた、その時。


「ただいま──」


 ガチャリと扉が開けられ、部屋の中に誰か入ってきた。


 その声は、聡明で勇敢だった。

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