生還

 刀我とうがの言った通りでしたわ!


 かつて武器屋だったと思われる建物には、まだ手つかずの矢がそれなりの数残されていました。


「この店を経営されていた方、この子たちの矢としての使命は、わたくしが責任を持って果たさせていただきますわ。ですから、どうか今は盗みを働いてしまうことを許してくださいましね」


 矢筒を満たし、その場を後にします。


 急ぎ元の場所まで戻ってきましたわ。


 ですが──


「な、なんですのよこれはッ!?」


 ピアサが首を両断されて、死んでいるですって!?


 これではわたくしの動画は……。


 いえ、そんなことより。


 刀我はどうなってしまったんですの!?


 嫌な予感が一気にこみ上げてきた、その時でしたわ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……、と。


「じ、地震ですって!? いえ、これは……ッ!?」


 向こうのほうに見える一際高い塔──あれは、鐘楼しょうろうでしょうか──が、今まさに街並みの中に沈んでいくように、倒壊していってるじゃありませんの!


 きっと、刀我とあの男に違いありませんわ!


 そちらへ向け駆け出します。


 現場に到着したわたくしは、見渡す限り一面の瓦礫がれきの山に血の気が引いてしまいました。


 ですが、すぐに居ても立ってもいられず、


「刀我っ! 刀我ああァーッ!!」


 その名前を叫びながら、瓦礫の山を手当たり次第に掘り起こしていました。


 どれだけの間そうやって、瓦礫をどかし続けたことでしょうか。


 突然、目の前の瓦礫の中から素肌の右手がズボッと飛び出して来ましたわ。


 甲冑かっちゅうになど覆われていません。


 そう、これは間違いなく──


「刀我ッ!! 頑張ってくださいまし刀我! 今助け出して差し上げますから!!」

「ハ……ハサ……ミ、か……? ……よかっ……」


 すぐさま手を貸して掘り起こすと、ボロボロでぐったりとしてはいますが、ちゃんと五体満足の刀我を引き上げることができましたわ。


「な、なんとか……出て……こ、れ……」

「刀我っ! よかった!!」

「う……、うおっ!?」


 その体を、わたくしは一心に抱きしめていましたわ。


 家族以外の人にこんな風にして素直になれたのは、一体いつぶりでしょうか。


 いいえ。


 もしかして、人生で初めてなんじゃありませんこと!?




 柑橘かんきつ系のさわやかな香りが鼻孔をくすぐった。


 女の子の体って、もう全身が柔らかいんだなってことがひしひしと伝わってくる。


 けど、これって。


 俺は今、ハサミに抱きしめられてるってことだよな!?


 うっわすっげ!


 メッチャやわらけ!


 やわらけえ、けど──


「い、いででででででででッ!!!???」

「──ッ!?」


 自撮りは外していない。


 だがもう色んなもんが許容量を超えてんだろうな。


 ハサミのやわらか抱擁でさえも、俺の全身は悲鳴を上げそうになっていた。


「ちょッ!? なんですのよ人がせっかく抱きしめて差し上げてますのに! まるでわたくしが力の加減を知らない馬鹿力みたいに見えるようなリアクションをして!!」

「ち、違う! お前はそんなんじゃないってわかってる! わかってるけど……、俺の体は今やばい!! ちょっとの刺激でも痛覚がアレなことになっちゃう! だからまずは何か回復を入れてくれ! 頼む!!」

「そ、そうなんですのね! わかりましたわ!」


 そんな訳で、安静にできるような場所まで連れてってもらって横になる。


 そして治療をしてもらう。


 エルフのコミュニティでしか手に入らないような、超高級かつそれに見合った抜群な効き目の塗り薬やポーションなどを惜しげもなく使って治療してくれたハサミ。


 応急セットの包帯だけでは足りないと分かると、自分のマントを何のためらいもなく引き裂いて代用させたりなんてことまでしてくれた。


 それによく見たらハサミ自身だってあちこち擦り傷だらけだった。


 たぶん瓦礫をどかしてくれて、その時につけたんだろうが、自分のことなんてそっちぬけで俺の治療に専念してくれていたようだった。


 そんな献身的な治療の甲斐かいあってか、俺は自撮りを外してもなんとか大丈夫なほどにまで回復していた。


 ミルフィーユさんが言っていた、ハサミは優しくて思いやりがあるってのは本当だなと思った俺。


 上体を起こし、


「おまえ、意外と優しいんだな」

「なっ、なんですのよいきなりっ!?」


 顔を真っ赤にして照れくさそうにしたハサミ。


 が、


「んんんっ!? 意外ってどういうことなんですのよ! それじゃあまるで普段のわたくしは優しくないみたいじゃありませんの! いいですこと!? わたくしほど優しさに満ちた人間なんてなかなかいませんのよ!? わたくしの半分は優しさでできてると言っても過言ではないんですからね!!」

「わかった、わかったって!」


 その時だった。


 瓦礫の山の一角がガラガラと音を立てて崩れ始めた。


 あろうことか、そこから国家騎士がい出て来やがった。


 超一級品の鎧は見る影もなくグシャグシャで、二メートル近い刀身を誇っていた屠竜刀とりゅうとうは中程からポッキリと折れてしまっている。


 もちろん中身も相当痛手を被っていると見えて、血だらけでふらふらになりながらも、短くなった屠竜刀をてい良く杖代わりにしてどうにか立ち上がっているという状態で、瓦礫の山を下りようとしていた。


「よ……く、も……」

「なんですってッ!?」

「クソッ!! まだ立ち上がってくるっていうのかよ!?」


 話が通じないとわかった時点で、ある程度覚悟は決めていた。


 だから実行に移した。


 だというのに。


 そんな風にして背負ったはずの俺の十字架に、なおも唾を吐きかけんと言わんが如く、このに及んでまだ立ちはだかろうとする国家騎士には戦慄せんりつせざるを得なかった。


 ぶっちゃけ人を殺さずに済んでよかったって思うところもある。


 けどそれ以上に、万策尽きたかのような絶望感のほうが大きかった。


 急ぎ立ち上がり、スペアの自撮り棒を装着して臨戦態勢の構えをとる。


 同じくハサミも弓と矢を手にした。


 けれどその時、上空から音がした。


 ヒュゥゥーンッ、という錐揉きりもみ状に何かが落下するような音だ。


 見上げると、本当に上空から巨大な物体が落下してきていた。


 それは瓦礫の山の脇のスペースに着弾。


 土埃が晴れた先には、傷だらけの一匹のワイバーンがのたうち回っていた。


 いや、ワイバーンの他にもう一匹だ。


 全長五メートルはあるその翼竜の鼻先に、コバンザメのように食らいついている二〇センチにも満たない金色のそれは──


「ゴールド!」

「ゴールドさん!」


 ちびキャラモードのゴールド──おそらくはライドモードを維持するための魔力すら失うほど消耗していたのだろう──が、満身創痍になりながらも翼竜の鼻先に必死にかじり付いていたんだ。


 どうやら向こうも死闘だったみたいだ。


 ワイバーンが首を振ってゴールドを振り払った。


 ゴールドは放物線を描いて、俺たちの目の前の地面に短い二本の脚で着地した。


「ウママァアッー!!」


 その体勢のまま、重心を低くして敵を威嚇いかくする。


 背後の俺とハサミも、それぞれに武器を構えてにらみをきかせた。


 その先にいるのは傷だらけのワイバーンと、それの着弾の衝撃で瓦礫の山から転げ落ちて、いよいよ地面に倒れ込んでしまっている国家騎士。


 戦況なら火を見るより明らかだ。


 どうやら人ならざるワイバーンでも理解できるほどに。


 すなわち翼竜はそれなりの知性があるのか、逃げるのが最善と判断したようで、そばうめきながらまだ起き上がろうとしている主の胴体をくわえると、そのまま空の彼方へと飛び去っていった。


 今度の今度こそ、状況の終了だ。


 俺たちは武器を下ろし、安堵あんどとも辟易へきえきともいえる嘆息を深々とした。


 場の空気が一気に弛緩しかんする。


「ハサミ、すまない。おまえの動画を撮れなくて……」

「いえ、あなたが気に病むことはありませんわ。こればかりは仕方がありませんもの」


 そして帰りのエルフバード──エルフのコミュニティが運営する、怪鳥かいちょうを使った高速移動サービス──をチャーターするためだろう。


 ハサミが自身のスマホを取り出して伝話でんわをかけようとした、その時だった。


 俺たちの上空に、一つの影が去来きょらいし、旋回し始めた。


 最初はもうエルフバードが来てくれたのかと思った。


 だが影は別の形をしていた。


 もちろんワイバーンでもない。


 それよりもずっと大きな、全長一〇メートル以上はあろうかというの影、すなわちドラコ・ピアサラスだった。


「なっ、ピアサ!? どうして……」

「──ッ! そういうことだったんですのね!!」

「そういうこと?」

「今回の裏クエスト、相場のピアサの額の二倍だったんですのよ! それでも元がタダ同然みたいな額でしたから、何かの誤差だと思って特に気には留めてなかったのですが……」

「そうか、討伐対象のピアサは最初から二体だったってことか!」

「ええ。おそらくは双子だったか、つがいを作っていたかしたんですわ!」


 俺は再びカメラアプリを起動する。


 当然、で。


「まだ闘えるよな、ハサミ!!」

「ええ、もちろんですわ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る