第34話 ハサミの父親もこんな風に

 また一つ、廃虚の街角がぜた。


 降り注ぐ瓦礫がれきくぐるようにして、懸命に疾走を続ける。


 逃げ惑う俺と追うピアサ。


 その間隔は、まだ数メートルくらいは保てているだろうか。


 飛ばれていたら一瞬で追いつかれていただろうが、幸いなことにピアサの巨大な両翼はハサミがだいぶ射抜いてくれていたおかげで、既にその機能を失っていると見えて追撃は四足歩行のそれに留まった。


 そのため俺は廃墟街をデコイのようにして逃げることで、なんとか追いつかれずに済んでいた。


 けど、遅かれ早かれというやつだ。


 体力の限界が近づいていた俺の足取りは次第に鈍り、この背中にピアサのわしのそれのような前脚の一撃が襲いかかった。


「──ッ、ぐああああッ!!!?」


機神視点デウスフォーカス』をかけていなかったら、背中が大きくえぐれるか背骨が砕けるかして致命傷を負っていたかもしれない。


 外見的には特に目立った外傷はないように見えるが、それでも能力が食い破られて痛覚が刺激される。


 衝撃で地面に投げ出される。


「く、クソっ──ウグゥッ!?」


 仰向けで地面に転がされた状態からなんとか起き上がろうとしていた所に、またしてもピアサの前脚が。


 胸のあたりから下以降を踏んづけられてしまっていたんだ。


 もう能力によるダメージキャンセルなど効いていないかのような激痛が全身を駆け巡る。


 それでも体が潰れずに形だけでも留めているあたり、なんとか能力は効いているってことだよな。


 辛うじて下敷きにならずに済んでいる両腕を動かし、能力により最低限武器として扱うことが出来ている自撮り棒のグリップエンドで、ガシガシとピアサの前脚の爪の辺りを打ち付ける。


 が、効いている様子が全く無い。


 国家騎士の時と同じだ。


 もっと深く言及すれば、ネネちゃんとの組み手の時や、回復術士との立ち会いの切り結びの時とも同じ。


 防御はそれなりになされるが、攻撃が全く通用しない。


 だがピアサとて、ハサミからのダメージが蓄積されていたのは紛れもない事実ってやつか。


 前脚の踏みつけが僅かに緩んだ。


 なんとか脱出することに成功し、再び逃走を開始する。


 その後も迫りくるピアサの前脚の猛攻を自撮り棒で受け止めたり、いなしたりして逃げ続け、廃墟を利用してピアサを撒いて稼いだ僅かな時間で、携帯していたポーションなどで傷や体力の回復にも努めた。


 けれど、年貢の納め時はやってきた。


 運悪く廃墟の袋小路になっている箇所に入り込んでしまったんだ。


 ぶっちゃけパニックってる。


 突き当たりの壁に背中をへばりつかせ、後ずさりのまねごとみたいなことしかできてない。


 ピアサの巨大な顔面が迫る。


「や、やめ……。く、来るな……ッ!!」


 挙げ句、スマホに誤入力をしてしまい、カメラをフェイスからメインに切り替えてしまった。


 つまり、『機神視点デウスフォーカス』を外してしまっていたんだ。


 目の前の現実にもスマホの画面にも、いっぱいに広がる獰猛どうもうなピアサの顔面。


 ああ。


 きっと。


 ハサミのお父さんもこんな風にして食われてしまったのだろうか。




 ◇◇◇


 わたくしとしたことが、矢を使い切ってしまいましたわ!


「ずいぶんと、手こずらせてくれましたね」

「くっ……、」


 眼前には屠竜刀を掲げながらにじり寄ってくる国家騎士。


 背後は廃墟街の行き止まりのような一面の壁。


 万事休す、ですわ!


 もうっ、こんな時にいったい刀我は何してますのよ!!


 ……いえ。


 まさか。


 取り逃がしていたピアサに──


 その時でした。


 突然、轟音と共にすぐ側にあった廃虚が、内側から喰い破られるように爆ぜましたわ。


 そしてわたくしの嫌な予感は的中したとばかりに、中から現れたのは異形の人面竜。


 ここに来てピアサですって!?


 咆哮ほうこうとどろきます。


 ですが、気づきましたわ。


 それとは別ながしたことに。


 それも、わたくしのすぐ側で。




「ハサミ! こっちだ!」

「と、刀我!?」


 驚いているハサミの腕をとって、無理やり俺の後ろへと下がらせる。


 人面竜の咆哮に埋もれないように声を張る。


「ピアサッ!! その鎧の男だ! そいつと好きなだけじゃれ合え!」


 直後ピアサは俺の言葉通りに、ハサミ同様驚いていたサーフィス目がけ大口を開けて襲いかかった。


 屠竜刀を横渡しのつっかえ棒のような形にしてピアサに食われるのを防いだ国家騎士だったが、異形の大竜の圧倒的重量と勢いに完全に押されていた。


 同じ光景が俺の手にしているスマホの画面内でも繰り広げられているが、そこにいるピアサの輪郭は、少なくとも俺の網膜には虹色に縁取られて見えていた。


「こ、これは一体どういうことなんですの!? まるであなたがピアサをテイムしたかのように、国家騎士に向かわせたみたいじゃありませんの!?」

「話は後だ! 今はとにかくここから離れるぞ!」


 未だ状況が呑み込めずにあたふたしているハサミの手を引きつつ、もう一方の手で縮めた自撮り棒に装着されたスマホでピアサのほうを撮影しながら、後ずさるようにその場を離れていく。


 渦中から充分距離がある廃虚街の一画まで辿り着いたところで、俺達は足を止めた。


 それでも依然としてピアサのほうへとレンズを向け続けている俺に、当然のことながらハサミは質問を飛ばして来た。


「何でピアサのことをずっと撮影してるんですのよ!? それに、ここまで来る間もずっと向こうを撮ったままで、建物に遮られるのすら嫌うように一直線に見渡せるようなルートでしたわ! もしかしてピアサをテイムしてるかのような事と何か関係があるんですの!?」

「えっと、これはだなあ……」


 まあハサミのご指摘通り、ズバリ『機神視点デウスフォーカス』によるものなんだけど……。


 今はどう考えたって、エフェクトのことをカミングアウトしてる場合じゃない。


 てことで、


「ほら、俺って自撮り棒に魔力を流して戦ってるだろ? それの延長線上みたいな感じで、こうやってピアサを撮ってる間に魔力を流して操ってるんだよ」

「嘘おっしゃい! それで何でピアサをテイム出来るんですのよ! そんな魔法、ある訳ないじゃありませんの!!」

「あるったらあるんだよ! あ、そうだ。せっかくだからこの魔法の組成式教えてやるよ。確かPV=nRT……」

「ひいいぃぃい!? け、結構ですわ! そういう魔法もあるんですのね! わかりましたわ! ですからもうこの話題はおわーり! 終わりですわ!!」


 ふう、セーフ……。


 にしても自分でもびっくりだぜ。


 まさか『機神視点デウスフォーカス』がモンスターにもかかって、その場合はモンスターに言うこと聞かせられるっつーか、会話みたいなことが出来るっつーか……。


 とにかくこっちの言ってる人語を理解してもらえるように出来るなんてな。


 まず。


機神視点デウスフォーカス』は人間にしか掛からないって前提からして間違っていたんだ。


 ていうか俺は最初から人間にしかかからないと思い込んでいたから、人間のサンプルとして俺自身とネネちゃんでしか試してなかった。


 それ以外に試したのと言ったらゴールドだけで、精霊であるゴールドには効果がなかったから、その時点でもう『人間だけ』って決めつけてしまってたんだよな。


 もっと他に、街の通行人とかでさりげなく試してみれば良かったんだ。


 そしたら多分、通行人の輪郭は誰一人として虹色になんか縁取られなかったはずだから、その時に気づけたと思う。


機神視点デウスフォーカス』の発動条件には、たぶん親密度みたいなもんが関係しているってことに。


 そう。


 人間か、モンスターか、精霊か、とかじゃないんだ。


 能力が効くか効かないかは、親密度がある程度あるかどうかなんだ。


 現に今、スマホの中ではピアサと国家騎士が小競り合ってるが、位置が入れ替わってヤツがピアサよりも俺のほうに近くなった時が何度もあったけど、その時にヤツの輪郭が虹色に縁取られることなんて一切なかった。


 つまり撮ってる映像の中で一番近くの被写体にかかるってのは、ある程度の親密度があるって前提の上でしか成り立たない分岐条件だったってことだ。


 じゃあなんで親密度だってわかるのかってことになるんだが、それは消去法で親密度なんじゃないかなぁっていう、まだ漠然とした推測の域を出ていない。


 でも暫定的な確証の一番の決め手になったのは、やっぱりさっきの逃走劇。


 ピアサに追い詰められて、パニクってスマホのカメラをメインモードに切り替えてしまった時だ。


 その時に、ピアサの輪郭がはっきりと虹色に縁取られていることに気付いたんだが、そこで俺はふとこんなことを思い出していた。


 ヒグマなんかが人を襲うのは、一説によればヒグマ側はただ人間とじゃれ合ってるつもりでいるだけ、という話。


 つまり逃走劇での俺のへっぽこ攻撃は、ピアサにとってはただのじゃれ合い程度のぬるいもので、ピアサは俺を遊びかなんかのつもりで追い駆けていただけなんじゃないかって仮説が見えてきた。


 そこで、もしかしたら能力の発動条件には親密度みたいなもんが関係してて、追い駆けっこで親しくなっちゃったから、こうしてピアサの輪郭が虹色に縁取られてるんじゃないかって当たりをつけた訳だ。


 だから俺は、ピアサが俺のことを遊び相手かなんかだと思ってるのなら、ワンチャン意思疎通ができるんじゃね? って思って恐る恐る話しかけてみた。


『俺なんか食べても、美味しくないぞ……』


 そしたらピアサは心なしか悲しそうな顔をした。


 いや、心なし、なんかじゃない。


 なんせピアサは人面竜。


『俺よりも美味しいかも知れないやつ、知ってるぞ……?』


 はっきりと、ニタァってしたのが見て取れた。


 とにかくそんな風にして、見えざる鎧を着せてる間は、こっちの言ってることを何となくって感じだが理解してもらえることに気づけた俺。


 早速その能力を使って、ハサミの助太刀をするために急ぎやって来たって訳だった。


 見た所ハサミの矢筒はすっからかんだから、間一髪間に合って何より、ってところだな。


 まあピアサとの連戦な上、相手はあのセブンズだもんな。


 矢が潤沢じゅんたくだったら、まだわからなかったんだろうけど。


「そうだハサミ。あっちの採掘場跡に繋がる通りに武器屋っぽい建物があった。もしかしたらまだ使えそうな矢がワンチャン眠ってるかもしれない。万が一に備えて、探ってみる価値は充分あると思うぞ」

「まあ、そうなんですのね。……って、万が一って何の万が一なんですのよ!? あなた一体、これから何をしようって言うんですの!?」

「えーと、PV=nRTのnってのは魔導物質量のことで……」

「ひっ!?」

「ほらほら、早く行かないとどんどんおさらいしちゃうぞー! Rってのは魔導気体定数とかなんかだったっけ。確か値は8.314……」

「わ、わかりましたわよ! 行きますわよ!!」


 なんなんですのよ、もー! と半ベソかきながら逃げるように走り去っていくハサミの背中を見送りつつ、俺は内心ホッとしていた。


 なんせ俺が、『これから二ヶ月間ピアサを(実質)テイムし続ける』なんて言ったら、ハサミは反対したり、そこまでするくらいなら動画なんて撮らなくていいと言い出したりしかねないからな。


 そう。


 この急遽手札に舞い込んだピアサのテイムってカードのおかげで、描ける終局図アガれる役はガラリと変わった。


 だから俺はこれからそれを交渉材料に使って、国家騎士に話をつけに行く。


 俺が二ヶ月間、何とかピアサをテイムし続けて被害が出ないようにしながら、最高の角の輝きっていう向こうの希望条件も満たす。


 そうやって引き延ばしたタイミングでの討伐なら、誰だって口出しは出来ないはずだ。


 そんな落とし所を目指して、この場をなんとか丸く収めようって魂胆だ。


 お題目や絵空事だってことは重々承知してる。


 俺の体力とかスマホのバッテリーとか、その他あらゆる面でハードルがうず高くそびえ立っているのもわかってる。


 だが向こうにも一流のテイマーがいるはずだ。


 そいつらの協力を取り付けることができれば、きっと不可能じゃなくなってくるはずだ。


 最悪、俺はどうなってもいい覚悟でエフェクトの秘密を売り払ってでも、ハサミだけはなんとか見逃してもらえるような流れに持っていきたい。


 だからハサミにはひとまず蚊帳かやの外に行ってもらった。


 そして俺は国家騎士の元へと駆け寄った。


 けど。


 そんな俺の見ている目の前で、ピアサの首がはね飛んだ。

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