第33話 戦闘開始

「戦闘ですか、いいでしょう」


 国家騎士──サーフィス・エアリアルは大剣を両手で構え直した。


「もとより私も、そのつもりでここにいるのですからッ!!」


 直後だった。


 仮に屠竜とりゅうの現場で振るうとしたら、それは竜の脚の指の一本でも斬り落とそうかという一撃。


 地面スレスレを低空飛行するかのような猛チャージで詰めてきたサーフィスは、大剣を大きく振り上げ斬り掛かってきた。


 散らばってしまっていた弓や矢を拾い上げようとしていたハサミに向かって。


 が、俺だってただ傍観してた訳じゃない。


 ハサミが徹底抗戦の意を示してから、状況に置いてかれまいとカメラをフェイスモードにして自撮り棒のシャフトを最大伸長させて、戦闘モードに移行していた。


 すかさず奴の進路上に飛び込む。


 大上段からの屠竜刀の斬り下ろし。


 そこに強引に体を割り込ませ、横渡しにした自撮り棒のシャフトで大剣を受け止める。


 甲高い金属音が響き渡った。


 けど、ちょっと待てよ!?


 見えざる鎧の内側で俺の体の一部という扱いになって、外からの干渉では一切形を変えられないはずの自撮り棒のシャフトが、たわんでるだって!?


 しかもちゃんとそのビジュアル通り、節々を圧迫されるような嫌な重さがシャフトを通して流れてきやがる。


 能力下では外部から何か負荷がかかるといったことは、視認もされなければ感じることすらなかったのに。


 とにかく、防御面だけに限って言えば絶対だと思ってたエフェクト・見えざる鎧。


 その絶対性が揺るがされていた。


 絶対を相対に引きずり込むもう一つの絶対。


 それが竜殺しのプロであり、セブンズだっていうのか!?


「驚きましたよ。私の渾身の一撃を受け止めてしまうとは。それも自撮り棒で!」

「こっちだってなぁ……ッ!」

 

 色々と驚いてんだよ。


 でも、やはり何よりも信じがたいのは──


「お前の執着心みたいなのには驚かされるぜ! 今のといいさっきのといい、徹底してハサミを狙いやがって! それじゃあまるで──」

「ええ。もちろん殺すつもりでいますよ」

「なッ──!?」

「言ったではありませんか。今日は私の当番だと。つまり私一人なのですよ。それに冒険者側の実力も侮れない、とも。となれば、なりふりなんて構っていられないということです。潰せる時に潰さなくてどうするんですか」


 もはや他人の命なんてモノ以下って前提で喋ってやがる。


 こんな胸クソ野郎となんて、これ以上一秒たりとも会話なんてしたくないところだが……。


 面頬の奥の闇に潜んでいるであろう冷徹な眼差し。


 それを俺に縫い止めておくことには意味がある。


 ハサミが装備を拾って体勢を立て直す時間を稼ぐんだ。


「屠竜刀、ってやつか。うらやましいねえッ!!」


 俺は自撮り棒のシャフトで大剣を押し返すと、すかさずグリップを両手で握り直した。


 敵も長大極まる屠竜刀の扱いに長けているだけあってか、たたらを踏んだのも一瞬ですぐに体勢を立て直しつつあった。


 が、ッ!


「俺も、そんな立派な得物に魔力を流して戦ってみたかったぜ!!」


 ネネちゃんのスピード重視型の稽古。


 そこで仕込まれた動きの数々を舐めるなと言わんばかりに、一気に攻勢に転じる。


 右へ左へ自撮り棒を振り抜く滅多打ちのラッシュだ。


 手打ちにならないように、足の踏み込みもしっかりと同調させる。


 これも稽古の賜物。


「何をッ、言っているんですか、このが! そんな、つもりなど、最初からないくせに!」


 長尺にとっては死に体となってしまう近すぎる間合いを嫌うように、屠竜刀で猛攻を凌ぎつつ距離を取ろうと後ずさる国家騎士。


「例のサイトに染まりきって、武器まで本来の冒険者のそれとはかけ離れた物を使ったこと、私が後悔させてあげますよ!」


 強がってるようだが俺の連打を凌ぐのに手一杯といった様子だ。


 後悔するのはそっちなんじゃないのか!?


 今や弓の間合いまで完全に押し戻されてるぜアンタ。


 鎧の分を差し引いたって、まだ一回りも二回りも大きいような体格のやつ相手にここまで出来るんだ。


 やっぱり見えざる鎧は攻撃時も健在──


「なるほど、よくわかりました」

「なっ……、ガハッ!?」


 ドガッ、と一発。


 顔面にぶち込まれてしまっていた。


 やはり能力の上からでも侵食してくるような痛が広がる。


 長尺の間合いを封じられたのなら得物を間合いに見合った使い方をすればいいとばかりに、サーフィスは屠竜刀の柄頭で俺の顔面を殴打したんだ。


 突然のカウンターによろめいてしまったところを、さらに腹部に蹴りを入れられて吹っ飛ばされる。


「グハッ……!!」


 ある程度の距離を取られ、屠竜刀の間合いというまな板の上に乗せられてしまったことに他ならない。


 しかも尻もちをつかされるというバッドステータス付きで、だ。 


「私の突撃を受けきった時はよもやと思いましたが、攻撃に移った途端に防御とは比べ物にならないくらいに手応えが軽薄になる辺り、まだまだ魔力の練り方が甘いようですね。せめてちゃんとした剣などで戦っていれば、まだわからなかったでしょうに」

「くっ……」


 また、それなのかよ。


 防御時の堅牢さが嘘のように、攻撃の時は貧弱になってしまうってのかよ!?


「ハサミ・ミラージュの撮影者、まずはあなたからです。お覚悟を」


 一刀両断するがごとく振りかぶった、まさにその時。


 ッカァ───ンッ!! という甲高い音と共に。


 側頭部を弾かれるような格好でよろめいたサーフィスは、今度こそ完全にその体勢を崩した。


 屠竜刀をあらぬ方向へと投げ出さざるを得なかったというような姿勢で、その方向に引っ張られるように片膝をついてしまっていた。


 一拍おいて、竜の頭部をかたどった兜が真っ二つに割れて地面に落下する。


 理知的な口調のイメージにたがわない、いかにもインテリっぽい感じで眼鏡までかけた整った顔立ちがあらわになった。


 声からして若いと思っていたが、その想像以上に若いようで、もしかしたら二十歳にも満たないように思われた。


 明るい色のサラサラヘアーは襟足らへんを刈り上げられていて、本来ならばきっちりと整えられていたはずだろうが、今は兜をもかち割るほどの衝撃のおかげか乱れてしまっていた。


 そしてこれもやはり衝撃のせいか、側頭部の方から、つーっと血が一筋したたっている。


 重騎士風の装備のイメージに反してかけられた眼鏡の下の涼し気な目元が、徐々に憤怒に染まるように歪んでいき、側頭部を弾いた物体が飛翔してきたであろう方向に顔ごと向けられる。


 その視線の先は二〇メートルほどの地点に、


「わたくしを差し置いてのこれ以上の狼藉ろうぜきは、許しませんわよッ!!」


 矢を放ち終わった格好のハサミがいた。


「刀我も簡単にヤられすぎですわよ! もう少し根性見せてくださいまし!」

「わ、悪い……」

「ハサミ……ミラージュ……ッ!!」


 サーフィスはこの短時間のうちではあったものの、今までに見せたことのないかのような憤怒の表情と怒気を孕んだ声でそう呟くと、ゆっくりと立ち上がった。


「よくも……、陛下よりたまわりし珠玉しゅぎょくの装備に傷を付けてくれましたねッ!!」

「あら? 装備の心配をしているおヒマがございまして? 次は剥き出しの頭を狙わせていただきますわよッ!」


 ハサミも負けじと怒鳴り返し、次の矢をつがえた。


「絶対に許しませんよ、冒険者ッ!!」


 国家騎士は屠竜刀を携えてハサミに向かって駆け出すと同時に声を上げる。


「竜さえほふる私の一撃、受けていただきます!!」

「わたくしの矢が、あなたを貫きますわ!!」


 そう呼応して矢を一つ放ったハサミ。


 サーフィスから距離を取るように自身も駆け出していった。


 その矢を屠竜刀で弾いたサーフィスも怯まず追いかける。


 ここに、アウトレンジ弓術のハサミにサーフィスが屠竜刀で切り込んでいく形の戦闘がなし崩し的に勃発ぼっぱつした。


 が、そこで上空から急降下でハサミに迫る一つの影。


 あれは……、


「ワイバーンだって!?」


 ネットの画像で見た通りの、全長四、五メートルほどの翼竜だった。


 おそらくはサーフィスの使役獣にして移動手段に間違いない。


 屠竜のギルドのこと、竜を調教する術にも長けていて何もおかしくはないのだし、現にその体躯にはくらなどの騎乗のための装備が取り付けられいた。


 そもそもが、何もないような空から人が降ってくる訳がないんだ。


 それ相応の足場があって然るべきはずだった。


 今回の場合はそれがワイバーンということだったが、俺もハサミもそこまで気が回らなかった。


 完全に国家騎士一人に気を取られてしまっていた。


 そしてそのツケが、今ハサミに挟撃きょうげきという形で降り掛かってしまっていたんだ。


「な、なんですってッ!?」


 ワイバーンが大口を開け今にもハサミに喰らいつこうとしている。


 間に合わない──そう思った矢先。


 バシューン!! と。


 俺のパーカーのフードから、金色の一条の閃光がほとばしった。


 それは一直線にワイバーンに向かっていき、着弾する直前、光を散らしていななきと共に金色の馬体を顕現けんげんさせた。


 ゴールドが物理的な体当たりで、ワイバーンをハサミへの直撃コースかららしてくれていた。


「ゴールドさん!」


 ハサミは歓声を上げ疾走を継続。


 ライドモードゴールドはそのままなし崩し的に、廃墟街を壊しながらワイバーンを肉弾戦へと引きずり込んでいく。


 サーフィスも、精霊使いだったとはと言いたげな苦々しい表情で俺のほうを一瞬振り返ったものの、やむを得ずといった風にまたすぐハサミを追うことに専念していった。


 一人残された俺は、すぐさまハサミの助太刀に向かうべく立ち上がった。


 が、唐突に。


 ズシンズシンと、大地を揺るがす足音とともに死角から影が伸びた。


 その方向を向き、青ざめる。


「う、ウソ……だろ!? こんな時に……ッ!」


 手負いの獣ピアサが活路を見出すためにといった風に、今にも俺に襲いかかろうとしていた。

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