第32話 突然の乱入者

 冗談なんかじゃ到底済まされない蛮行ばんこうに頭に血が上りそうになるが、それでも向こうの真意を探るまでにことを荒げては収まる事態も収まらないと判断した俺。


 怒りを抑えて冷静に誰何すいかしようと口を開きかけたが、


「何なんですのよあなたッ!! これは一体なんのマネなんですのよッ!? これほどの狼藉を働いて、まさかただで済むとでも思ってるんじゃありませんわよねッ!?」


 ハサミは立ち上がって怒声を飛ばし、突然の邪魔者に敵愾心てきがいしんをあらわにした。


 俺も立ち上がり、気持ちハサミを制するような仕草をしたがすぐに突っぱねられた。


 その間にも、ピアサは逃げ延びてしまっている。


「ハサミ・ミラージュと、その撮影者ですか」


 漆黒の鎧は淡々として口調で、


わたしは国家ギルド『セブンズ』が一つ、屠竜とりゅうのギルド『インフィニティー』に所属するサーフィス・エアリアルという者です。あなたたちのピアサ討伐を阻止させて頂きに参りました」


 意外にもすんなりと、そして丁寧にそう答えた、が。


「せ、セブンズだって!? まさか……あのセブンズだっていうのか!?」

「あのセブンズだったら何だって言うんですのよ! わたくしだって冒険者ランキングのトップ10でしてよ!」

「いや、そうは言うけどなあ……ッ!!」


 国家ギルド『セブンズ』、いわばにして王国軍としての機能も担っている国家騎士から構成される騎士団だ。


 または単に『セブンズ』でその個々人を指すこともある。


 その名の通り全部で七つのギルドからなり、その内のドラゴン種の討伐に長けた一団たる『インフィニティー』というギルドからヤツはやって来たということなんだが、それぞれのセブンズの特徴なんてのは今はどうだって良い。


 問題はセブンズそのものが、こうして俺達の前に立ちはだかっているってことだ。


 大陸の広範囲を手中に収めるこの超大国の国家騎士が、立場上は一介の冒険者に過ぎないハサミの撮影の邪魔をして、一体何になるっていうんだ!?


「セブンズが何だ、とは見くびられたものですね。が、あながちそうも言っていられない。『例の動画投稿サイト』の隆盛りゅうせいのおかげで、本来セブンズに上がるような人材が、セブンズに課せられた動画投稿禁止の規則を嫌って在野でい続ける傾向は顕著けんちょになってきている。冒険者側の相対的な実力がセブンズに肉薄しているのは認めざるを得ません」

「まさかそんな今更なことを言うために邪魔をしたわけでもないでしょうに!! 何故なんですの!? どうしてわたくしたちの邪魔をするんですのよ!?」

「勿体ぶっていても仕方がないので教えてあげますよ。実は昨今、セブンズ間で少々権力争いが激化していまして。我々インフィニティーも他のセブンズに遅れをとる訳にはいきませんから。それで、セブンズを束ねる国王陛下からのより一層の寵愛ちょうあいを、我らの元へとお招き申し上げるためのアピールという訳です! ギルドを上げて陛下への献上品を調達していた最中なのですが、まさにあのピアサの真紅に輝く角もその候補のうちの一つに上げられているのですよ!!」


 何やら無駄に芝居がかった大仰おおぎょうな手振りと自分に酔いしれているような物言いに、俺もハサミも若干置いてけぼりを喰らっていた。


「は、はい? それならわたくしが倒した後にいくらでも採取していただいて結構ですわよ。大体わたくしはそういった素材類になど興味はありませんわ」

「そうはいきません」

「な……ッ!?」

「なぜだッ!? どうして!?」

「いいですか? ドラコ・ピアサラスの角というのは息絶えた時の輝きが半永久的に封じ込まれるうえに、一年の内で最も強く光り輝く時期というのが決まっています。そして今年はその時期までまだ二ヶ月ほど早い。つまり最高の輝きを陛下の元へと捧げさせて頂くため、今はあなたに狩らせる訳にはいかないのですよ」

「そ、そんな……ッ!」

「ちょっと待てよ国家騎士!!」


 絶句してしまったハサミと入れ替わるように、今度は俺が声を荒げていた。


「やれやれ、次は撮影係が口ごたえですか。なんでしょう」

「なんでしょうじゃねえよ! ふもとの集落の住人たちはどうなるんだ!? 家畜を食べられたり、農地を荒らされたり、人的被害も出てるって話なんだぞッ!?」


 だが。


 国家騎士はサラッと。


「「!?」」

「そもそも領主なり領民の誰かなりがギルドに正式に討伐依頼を出せばいいだけの話ですよ。法で定められた正当なルートでギルドに依頼されたクエストなら、部外者は一切手出しは出来ませんから。いさぎよく引いて、別の品を調達するだけです」


 その後も他人事のように続ける。


「しかしここら一帯は貧しいですからね。領民はおろか領主でさえ報酬を用意できず、ギルドに討伐依頼を出せないであろうことは分かっていました。だからこそのリストアップなのですが。とは言え裏クエストのブローカーたちが嗅ぎつけて冒険者を送り込んでくる懸念は残されていましたからね」


 何でしたっけ? と、


「確か業者に斡旋あっせんされた観光地に旅行に行ったら、たまたま強い野良モンスターと鉢合わせてしまった、ってのがあなたたちの言い分でしたよね? それならば我々部外者側にだって、不運な観光客をモンスターから遠ざけてあげるという名目で、いくらでも介入できる権利が生まれてくるというもの。よってギルド構成員で分担して監視業務に当たっていたという訳なんですが──」


 ふう、と一つ安堵あんどのような吐息。


「今日の当番が私で良かった。よりにもよって送り込まれたのがハサミ・ミラージュだったとは。危うく陛下への献上品を台無しにされるところでしたよ。他の構成員では、ハサミ・ミラージュの相手をするには少々心許こころもとないですからね」


 黙って聞いてりゃ、とやり場のない怒りに身悶える。


 俺でさえこうなんだ。


 ましてや──


──────ッ!!!?」


 民を守るための戦いで父親を亡くしたハサミは、悲痛な叫びを上げていて当然だった。


 撮影を邪魔された、という子供じみた理由でなんてもう誰も怒っていない。


 民を同じ人類とも思っていないような態度に。


 民を守るために消えていった命を踏みにじったことに。


 ただ人として純然に怒っていたんだ。


 俺も、そしてきっとハサミも。


 目の端に涙を浮かべて唇を噛み、怒りたいのを懸命にこらえるようにして拳を握り込んで立ち尽くしている一人の少女。


 俺はそんなハサミの姿など、痛々しくてもうこれ以上見ていられない。


 あらゆる不条理を煮詰めたかのような過酷。


 それをたった一人の少女に課すようなこの無慈悲な世界を、今すぐ呪い尽くしてやりたいくらいだった。


 ハサミの大音声におどけるように肩をすくめていた全身甲冑は、


「あなたは何か勘違いをしている。我々セブンズは陛下に忠誠を誓った身。陛下のために身命をすことはあれど、民のために進んで何かをするというのは有り得ません。一方で陛下直々の命令が下れば、我々も喜んでこのドラコ・ピアサラスを狩りにせ参じることでしょう。しかし陛下は何の命も下しておられない。セブンズを動かすまでもないという、実にご賢明なお考えであらせられる。民など一度いい思いをさせてしまっては最後、それが当たり前だと思いこんでどんどん付け上がってきますからね」

「「……、」」

「いいですかハサミ・ミラージュ、国家あっての民なのですよ! この国では何よりもあのお方こそが優先される! それを努々ゆめゆめお忘れなきよう!」

「……もう、我慢なりませんわ……」

「──ッ!?」

「ハサミっ!?」


 声があった。


 震えてるのは、もう涙のせいじゃない。


 怒りの炎が灯った、静かな声だった。


 それが一転、爆ぜる。


「あなたのようなわからず屋、わたくしが直々にブチのめしてさしあげますわッッッ!!!!!!」

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