第30話 【急募】おっぱいを見ても落ち着いていられる方法

「まじめにおやりなさい! こっちだって真剣なんですのよ!!」


 後ろ歩きでハサミのもとまで行こう作戦、失敗。


 つーかハサミもしっかりこっちのこと見てるってことかよ!?


 くそッ!


 もうどうなっても知らねーぞッ!!


 ええいままよと振り向いた。


 バッチリと目があった。


 なぜか立ち上がっていて湯船につかっているのは足元だけで、上と下は長くしなやかな両の腕で辛うじて隠しているだけのハサミと。


 が、すぐに彼女は目をギュッとつむって、真っ赤に染まった顔ごとそむけた。


「は、はやくこっちに来なさいって言ってるじゃありませんのッ!!」


 男の身にもなってみろ! と言いたいのをぐっとこらえて、俺はなんとか湯船の中に立っているハサミのもとまでやって来た。


 唇を噛み締めて羞恥に耐えてるハサミさんよ。


 そうまでして裸を晒して一体なんのつもりだ!?


 こちとら理性がもうちそうにないっていうのに……ッ!


 とにかくなんとかして落ち着け……そうだ!


 素数だ!


 素数を数えて落ち着けばいいんだッ!


 よしッ!


 2、3、89!


 ハサミのバストは89!


 ってちがーうッ!!


 本当は逆サバ読んで90のところ、さらに1センチ育って今は91だッ!


 ってそーいうこでもねーよッ!!


 ちっくしょう全然落ち着かねえじゃあねえかああ素数うううッ!?


「──! ちょっと刀我とうがってば! 聞いてますの!? 刀我ッ!?」

「──はッ! 俺は一体……!?」

「ですからッ、その……わたくしの、ひ、左胸にある星型のホクロを見てくださいましって言ってるじゃありませんの!」

「は? ホクロ?」


 目を凝らした先、ただでさえ大きいのが当人の腕に締め上げられて余計盛り上がってしまっているその左側。


 白皙はくせきの大地にちょこんとつつましく、黒いホクロが確かに一つ存在した。


 さらに凝視すれば、それは言葉通りに星型のように見えなくもなかったのだが……。


「うおぉおおお!? でももうちょっと近づかないと星型かどうか……ってぐわっ!?」

「はい見ましたわね! じゃあもう見るのおしまいですわ!」


 言いつつすでにハサミは俺の目元を鷲掴みにして視界を奪いながら、


「さっさと片膝を付いて、こうべを垂れてくださいまし! ほらはやく!」


 言葉よりもされるが早いか、俺はハサミに力でねじ伏せられるようにしてその体勢にさせられていた。


 騎士とかが君主の前でかしずくようなあのポーズだった。


 下のほうを湯船で隠せて、


「いいですこと! 絶対に顔を挙げないでくださいましね! 見たらただじゃおきませんわよ!」

「わ、わかった。言う通りにするって」


 目のやり場も確保できる。


 現状この上なく合理的な体勢だった。


 けどこの体勢にするなら、わざわざほくろなんて見せなくてもいいのでは?


「先祖代々、ラグランジュの血筋には左胸に星型のほくろがついて産まれてくるという奇妙な身体的特徴がありますわ。そのせいで、ラグランジュ家には家臣を任命する式典などの前に、あらかじめ個別にその人物に対して星型のほくろを見せるという、よくわからない風習が大昔にはあったそうなんですのよ」


 まさか本当にあの叙勲式じょくんしきみたいなことをしようとでもいうのか?


 そもそもそういうのって、王室だけがやるもんじゃないのか?


 いや、ここは異世界で、元いた世界とは色々様式が違うのかもしれないけど。


「てか大昔? じゃあなにもおまえが今やらなくても……。そもそも家臣の任命って……」

「ふんっ! あなたの覚悟が存外に決まっていましたから、わたくしとしてもそれ相応の何か形式にのっとったやり方で応えないと気がすまないってだけですわ! あなたばっかりいい格好してることへの対抗心ですわよ! いちいち言わせるんじゃありませんわよ!」

「わかった、悪かったって!」

「そもそも格好も格好ですし!? ここまで来たならほくろについて教えちめーましょーかなーっていう、いわゆるすてっぱちというヤツですわ! まったく、このわたくしの平穏へいおんをここまで乱すだなんて! 仁後刀我、なんて憎たらしい!」

「いやこの風呂に関してはだな、俺も一応はおまえが入ってこないように、気付いてもらおうとはしてたんだからな!?」

「どーだか! とにかく!」


 ハサミはいったん一呼吸おいて、


「ラグランジュ家の血統者一人ひとりの星型のほくろには、星にちなんだ名前がつけられていて、各々おのおのそれをミドルネームにして名乗っていますわ」


 そして自分自身に言い聞かせるかのように彼女は名乗った。


「わたくしの星は『ミーティア』。わたくしの本当の名は、『ハサミーユ・ミーティア・ラグランジュ』」


 彼女はつむぐ。


 場の空気を上書きしてしまうほどに、真に力のある言霊ことだまを。


 まるで歌でも歌うかのように軽やかに。


 それでいて、民草の側に寄り添い続ける誠意を込めるかのように、真摯しんしな口ぶりでもってして。


「月の光すら消えてしまうような夜闇よやみにあろうとも、ミーティアの加護があなたにあらんことを」


 たとえ家柄はついえようとも、矜持きょうじは連綿と受け継がれる。


 それを体現した少女が、今ここにはいるということだった。


「はいっ! これでお終いですわ! 状況も状況なんで色々端折りましたし、本来ならば叙任されたあなたも立ち上がって決り文句を言ったりしなければならないのですが、それも省略していいでしょう。なにしろ顔を上げた時には既に、あなたの首から上は両目を潰された状態で胴体からねじ切られて宙を舞っていることでしょうから」

「やなこというなよ……」


 そしてハサミは軽口モードを改めるように、


「いいですこと刀我。わたくしはまだ、あなたを完全に認めたわけではありませんわ。ですが、その覚悟だけは認めさせていただきましたわ。あとはそれが嘘偽りのないものだということを、わたくしの動画を撮ることで証明してみせてくださいましね!」


 こっちも身の引き締まる心地で応える。


「ああ、わかった。約束する!」


 大丈夫。


 ハサミはピアサなんかに絶対負けない。


 二人なら、次のクエストを必ず成功させられる。


 そんな確証が、胸の奥からふつふつと湧き上がる俺だった。


 するとそこで、カチャリ、という音。


 浴場のドアが少しだけ開いていたんだ。


「――ッ!」


 俺は一目散にそこ目がけて駆け出していたのだった。





 夕食はほとんど出来上がっていて、あとはハサミがあがってくるのを待つだけだった。


 ほどなくしてパジャマ姿の彼女が到着。


 が、


「お母様! どうして刀我が入っていると教えてくださらなかったんですのッ!?」

「ごめんねハサミちゃん! お母さん、晩御飯の準備で忙しくてついうっかり☆ 今日の晩御飯はカレーライスだから、これに免じて許して、ね?」


 てへぺろ、って感じの母エルフに、むくぅーっとふくれっ面の娘エルフだったが、やはりハンバーグと並ぶ好物の威力は絶大。


 食事が終わる頃にはすっかり機嫌を取り戻したハサミだった。


 うまくまるめこまれたとも言うが。


「ごちそうさまでしたわ」


 ハサミは席を立って部屋をあとにしようとして、一旦ドアの前で立ち止まってこっちを振り向いた。


「いいですこと刀我。明日の朝七時にまたこの屋敷に来てくださいまし。それから無理矢理にでも野良モンスターを狩って撮影の予行演習をしたら、その後すぐにピアサの討伐に出発しますわよ!」

「わ、わかった。けど、えらい急だな」

「ピアサの被害は待ってくれないんですのよ! それに、わたくしの撮影をする覚悟がおありなんでしょう? だったら気合いで動きを合わせてみなさいな!」

「そ、そうだな! じゃあ明日の朝七時な!」


 それでは先にお休みさせていただきますわ、ごきげんよう、と残してハサミは部屋をあとにしたのだった。


「わぁーい! やったね刀我くん♪ 明日頑張ってね、私も応援してるから!」


 そしてミルフィーユ氏はボソッと、


「エルフってね、もともとそんなに繁殖力が高くないの。それはハーフになっても同じ」

「えっ、なんですか急に!?」

「多分一回目か二回目でハサミちゃんが出来たのなんて、奇跡中の奇跡。それこそ天文学的な確率よ。いざその時になってから作ろうと思っても、まず間違いなくうまくいかないわ」

「あ、あのっ、一体何を……」

「ううん、なーんでもっ☆ それじゃあ明日頑張ってね、刀我くん♪」


 ああ、うすうすは勘付いていたけど、今回のお風呂騒動の一件。


 やっぱこの母エルフの仕業だったか……。


 食器を片付け始めた母エルフに、獅子の子落とし的恐怖を感じずにはいられない俺だった。

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