第25話 魅惑のハイレグレオタード

「出てきませんわねー、魔物」


 迷いの森の少し開けた場所、鬱蒼と生い茂る木々を見渡しながらハサミは退屈そうに呟いた。


 独り言とも、隣にいる俺へ向かってとも思える。


 昼食後、少し休憩したら狩りに出て動画撮影の練習をしてみてはどうかとはミルフィーユさんのアドバイス。


 大好物のハンバーグでハサミの機嫌も少し良くなったようで、こうして提案通りに二人でやって来たという訳だ。


 実際、四方に立ち並ぶ木々は、いつモンスターが飛び出してきてもおかしくはないような暗がりを幾つも小脇に抱えながらざわめいている。


 だが今この時に限って、せっかくハサミや俺がいつエンカウントしてもいいように臨戦態勢でいるというのに、何故か待てど暮らせど一向に何も出て来ないのだった。


「どうする? もう少し先まで行くか?」

「いえ、ここでもうしばらく待ちますわ。ですから刀我、モンスターを待っている間、何かわたくしを楽しませるお話の一つでもしてくださいませんこと?」

「……はい?」


 なに俺試されてるの!?


 わたくしの撮影係には社交スキルも必要ですわよ的な!?


 冗談……で言ってるわけじゃなさそうだしな。


 もう装備をおさめて完全に聞き入る体勢だし。


「ほら、早くなにかしゃべってくださいまし!」

「えっ、いやっ……、そんないきなり……」


 とにかく俺も一旦装備をしまい、散々あたふたするが、良い話題が浮かばない!


 けど、そこで思い出したぜ。


 それは(モテたくて)色々ネットで調べてた時に見つけたとある記事。


 女性は身につけているものを褒められると喜ぶといったふうな内容だ。


「そうだハサミ。似合ってると思うぞ、その──」

「その?」

「ハイレグ」

「は、ハイぃいいいッ!?」

「あっ、スマン! なんでもない!」


 実際のところ、なんでもないわけない。


 だってハイレグだぜハイレグ!


 とにかくスルーなんて出来なかったと弁明させて欲しい。


 グローブやブーツを胸当てなんかと同じく防具としてカウントすれば、ハサミがマント以外に唯一身につけていると言ってもいい、緑を基調としたハイネック風のレオタード。


 それの股間部分を絶妙に隠すように、腰の少し下あたりで左右からクロスのたすき掛け状態にあったの二本の太めのベルトが、歩いている最中でずり上がってしまったんだと思う。


 ヘソの辺りでクロスしてしまっていて、本来隠れているはずの部分が丸見えになってしまっていた。


 まあレオタードだから別に見えても大丈夫なはずなんだろうけど、わざわざ隠していたってことはやっぱそういうことだよな?


 ハサミは言われて落とした視線の先で股間の惨状を目の当たりにすると、ずり上がっていたベルトを咄嗟とっさに掴んで一瞬で定位置に戻した。


 その勢いで前かがみになりながら、真っ赤に染まった恨みがましい表情で俺を見上げている。


 どう考えてもこれは地雷踏んじゃったよなあ。


 せめてブーツとかにグローブとかにしとけよナニ逆三角形の誘惑に負けてんだよ少し前の俺ェ!


 が、意外なことにハサミはこれと言って怒ることもせず、たたずまいを直して腕を組むとちょっと強がった感じで、


「ふ、ふゥゥ〜っん!」


 と果てしなく上ずりながらも、まんざらでもないと言った仕草を見せた。


「あなた、なかなか見る目あるじゃありませんの!」

「えぇええッ!?」


 正解!?


 まさかのハイレグ正解!?


「これは、エルフの伝統的な狩装束かりしょうぞくなんですのよ」

「あっ、そーゆー……」

「どう? 似合ってますでしょ?」


 ハサミは少し気恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうにくるりと一周まわって見せた。


 柑橘系の甘酸っぱいような香りがふわりと広がる。


「で、他にはないんですの?」

「うーん……」


 なかなかの手応えがあったエルフの狩装束。


 その線を辿っていくと見えてくるものがある。


 露出度が高い服装→空気中のマナとの接触面積を稼ぐうんぬん→つまり魔法が使えてどうのこうの。


「そうか! エルフの狩装束みたいな軽装を着るってことは、ハサミは魔法が使えるってことか! なになに? どんな魔法つかえんの?」

「──ッ!?」


 別に煽ったり馬鹿にしたりする感じでは言っていない。


 なんか魔法を使えるっぽいハサミすげーって感じの、純粋な好奇心で聞いたんだ。


 けど、


「いやあああああああああ!! 魔法いやああああああああああああああああああ!!」

「えぇッ!? い、いや、ちょっ……ハサミッ!?」


 頭を抱えて絶叫しだしてしまった。


 そのまましゃがみ込むと、小さな子どもが雷なんかを怖がるように、自分の頭を押さえ込んでブルブルと小刻みに震えてるようだった。


「お、おい!? いきなりどうしたんだよ!? 大丈夫か!?」

「だ、大丈夫じゃありませんわよ!!」


 俺の方へ顔だけ上げたハサミは涙目になりながら、


「どんな魔法が使えるかですって!? 滅多なこと聞くんじゃありませんわよ!! わたくしには魔法なんて不要ですのよ!!」

「わ、わかった。わかったから落ち着けって……」

「落ち着いてなんかいられるもんですか!! あなたのせいで思い出しちゃったんですのよ! まだ小さかった時に魔力があるって判明したのが嬉しくて、子供用の魔法の入門書を手にとって最初のページをめくった途端、そこに書いてある構文を見て頭痛がして、次のページを見て寒気と吐き気を催し、その更に次のページで泡を吹いて倒れて、後はそのまま三日三晩寝込んで悪夢にうなされてぇ──ッ!!」

「え、えぇ……」


 お嬢様?


 それはもしかしてお嬢様のお脳みそがおポンコツなおパターンでは?


 そんな俺の心の声が聞こえたとでもいうのか。 


「──はッ!」


 と息をのんだハサミは勢いよく立ち上がった。


「な、なぁーんてことにはなってませんからね!」

「……、」

「ちょッ!? なに目そらしてるんですのよ!? そんなことにはなってないって言ってんでしょうがッ!! ほらこっち見なさいよ!! こっち見てちゃんと目ェ合わせろッつッてんですわよッ!!」

「グエッ……!! わ、わかった! ちゃんと見るから胸ぐら掴まないでっ!?」


 そして見てしまった。


 たぶんこの一連のスクワット運動でまたズレちゃったんだろうな。


 俺は左手で目元を隠しながら、そのこんにちはしちゃってる逆三角形のクロッチ部分を右手で指差して教えてあげた。


「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」


 いやもうキャーって言っちゃったよ今度こそ!


 またシュババッと元に戻して。


「ちょっと刀我! あなたって人は一度ならず二度までもこのわたくしをはずかしめるだなんて〜ッ! このヘンタイッ!!」

「はっ!? いやちょっと待て! なんで俺が変態呼ばわりされなきゃいけないんだよ! 大体二回ともそっちから見せてきたんだろこの痴女が!」

「ち、ち、ち、痴女ですってぇーッ!? あなた今、痴女って言いましたわね!? この高貴なるわたくしに向かってぇーッ!!」

「いや痴女呼ばわりされたくないなら、おまえがもっとちゃんとしたガードが固い服着たらいいだけだろ! だいたいなんだよベルトって!? その時点でおかしいよ! ベルトは本来隠すための道具じゃねえよ! そんなんで隠そうとしてるからこんなことになってんだよ気づけよいい加減に!」

「そ、そんなことあなたに言われなくても気付いてますわよ! でもこうするしかなかった事情があるんですのよ!!」

「えっ、なにそれは」

「ふんっ! なんでそんなこといちいちあなたに言わなきゃいけないんですのよ! いいですこと刀我! わたくしは最初に動画投稿を始めようとした時に衣装の参考にした画像が、たまたま上半身しか写ってなかったから下に何も付けずに投稿を始めちゃった、!!」

「あっ」

「そして動画を十本くらい上げた後にお母様から、本場のエルフでもこのレオタードの上にスカートやホットパンツを身につけるものだなんてことをやんわりと、!」

「通りで最初の十本の再生数」

「その後いきなりスカートやホットパンツを身に着けたら負けを認めたことになりますから、最初は腰のあたりにベルトをつけて、それから動画投稿のたびにちょっとずつ下げていってようやく今の位置まで持ってきた、!!」

「もういい! もういいんだもうやめてくれ! 俺が悪かった! 謝る、スマン! このとおりだ! だからもう何もしゃべるな! お前はもう、何もしゃべらなくていいんだよぉっ!」

「ふんっ! まったく、どうせ謝るんだったら最初から素直に謝っとけってんですわ! ……って、あら? わたくしはなんであなたから謝られてるんですの?」

「あー、えーと、ほら、なんだ、その……、あれだ! なにか退屈しのぎに面白い話でもしろっておまえに言われたけど、これといって面白い話できなかったから、ってところだ。うん」

「あぁ、そうでしたわ!」


 ハサミは一転、辟易へきえきしたようにため息を付いて、


「あなたこんな簡単な話題にも気づけないなんて社交力なさすぎですわよ。いいですこと? ですわよ!」


 自分のマントのフードを指差した。


 直後、俺はゴールドのことだと合点がいったと同時に、得も言われぬ疲労感がどっと押し寄せるのを感じた。


 とにかく気を取り直して、


「おら、ハサミ様のご指名だぞ」


 そう言ってフードの中からゴールドを取り出した。


 が、なにか様子が変だ。


 なんというか、目がイッている。


 そして鼻水の分泌量がハンパないが、それと同じくらいに普段は垂れてないはずのよだれもだだ漏れだった。


 これはあれだ。


 一番最初に出会った時、俺やネネちゃんの顔面をいきなりペロペロしてきた時と同じパターンだ。


 いや、もしかしたらその時より酷いことになるかも。


 が、


「ちょっと刀我! なにボケッとしてるんですのよ! このわたくしが精霊さんと遊んで差し上げると言ってるんですのよ! さっさとよこしなさいよ!」


 まあ当人がそう言うのなら止めはしない。


 ていうかもう疲れて色々どうでもよくなっちゃったから好きにしてくれ。


「ほらよ」


 ハサミへとゴールドを手渡した。


「わぁあっ! かわ──」

「ウマ?」

「いくはありませんわね別に」

「ウ、ウママァッ!?」

「ところで刀我。精霊さんってこんなヌメヌメしてるもんなんですの?」

「さあ? 俺もよくわからん」

「なんですのよそれ!? あなた契約主でございましょう!? ちゃんと勉強しときなさ──きゃっ!? ってちょ、何ペロペロしてますの! おや、おやめなさ……ってどこに手を入れてますのよ! ちょっと刀我! この子おかしいですわよ! なんか目つきがヤバ……ってきゃああああああああ!! そこはダメですわよそこはッ! って、いやっ!! いやああああああああああああああああ!!!!」


 挙げ句、ゴールドはライドモードへと変化。


 圧倒的体格差でもってハサミをうつ伏せにして組み敷いてしまった。


「ひぎいいいいいいいい!!!? なにかお尻のほうに固いものがッ!? ちょっと刀我! 早く助けてくださいましッ! でないとわたくしっ……! ら、らめええええええええええええええ!!!!!!」

「ほら見ろいわんこっちゃねえええええええ!!」


 俺は自撮り棒でのガチの臨戦体勢で渦中かちゅうに突入。


 最終的にゴールドをハサミから引き剥がすのに、実に13分46秒もの時間を要した。

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