第22話 エルフの母娘

「まあ、いらっしゃい。あなたがハサミちゃんの言ってた人ね。はじめまして、わたしはミルフィーユ・ラグランジュ。ハサミちゃんの母です」


 ハサミに連れられて辿り着いた広大なリビングで、嫣然えんぜんと佇みながら俺を出迎えてくれたのは、ハサミのお姉さん──にしか見えない母親エルフだった。


 腰の辺りまで下ろした長い金髪が、ロング丈のゆったりしたサンドレスの緑に映えている。


 瓜二つってのはこういうことを言うんだな。


 そして若い、若すぎる!


 二十歳そこそこにしか見えない!


 (この異世界の)エルフは人間とそれほど変わらない寿命でありながら、身体的青年期の異様な長さから全然歳をとらないように見えるので当然といえば当然なんだけど。


 でもたとえエルフじゃなかったとしても、娘のお姉さんにしか見えないパターンの、時を操るタイプのお母さんだよこれ!


 まるでおっとりした雰囲気のお姉さんとツンツンした妹だよこれ!


「娘ともどもよろしくね。ええと、ヒューマンの……」

「に、仁後刀我です……。よろしくお願いします……」


 内心の興奮とは裏腹に、俺の声のトーンは低かった。


 ミルフィーユさんが好意的な分、演技をして騙してることへの罪悪感を否応なく感じてしまう。


 仮に母娘で髪型と服装を同じにした時に、見分けるきっかけとして唯一機能しそうなワインレッドのタレ目を直視できない。


「緊張してるの? もっとリラックスしてくれていいのよ。それよりごめんなさいねトウガくん。お茶の準備も出来てなくて。さっき急に言われたものだから」


 事実、ハサミが母親に俺を会わせるとスマホで連絡したのは、屋敷へ続く前庭を歩きながらのことだった。


 母親との対面の時も「くだんの人を連れて来ましたわ」とぶっきらぼうに言っただけで、俺の背中を押して無理矢理母親の前へ。


 娘エルフに負けず劣らずの美貌を前にして緊張で名前も言えなかった俺に、母親のほうから積極的に話し掛けたという次第で今に至るわけだった。


「お、お気遣いなく……」

「ところで、ハサミちゃんとはどこで知り合ったの? 冒険者ギルド?」

「「──ッ!?」」


 ああ、どうやらハサミも気づいたらしい。


 俺ら二人、恋人のフリをして母エルフを出し抜こうとしているクセに、口裏合わせらしいことを何一つやっていない。


 森のお散歩タイムは俺のタメ口講座に全部使ってしまっていた。


「そもそもトウガくんは冒険者さん? どこに住んでるの? ブレイクの街? 出身もそこ? それとも『ヤこく』?」

「あ、あの……ッ! え、えーっと、その……ッ!」


 ダメだ、なんて答えていいかわからない!


 俺は振り返ってすがるような視線をハサミに向けた。


 なにやってますのよこのおバカ! と顔に出ていたハサミだったが、すぐに平静を装って俺とミルフィーユさんの間に颯爽さっそうと割って入る。


「お母様。いきなりそんな一度に質問攻めにしては、この人だって困ってしまいますわ」

「そ、そうよね。ごめんなさいね、お母さん嬉しくって、つい……」

「それよりも、これでわたくしにはお付き合いしている人がいるとわかっていただけたはずですわ。ですから、あの縁談はなかったことに」

「そうだったわ! それじゃあお母さん、後で先方に連絡しておくわね」


 母親のその言葉を聞くと、ハサミは安堵のため息をしてすぐに俺に向き直った。


 そして、たった今母親にしてみせたうやうやしさが嘘のようなぞんざいさで、


「とゆーわけで、あなたもう帰っていーですわよ」

「えっ! もう!?」

「念押ししときますけど、今回のことを誰かに言ったりネットで言いふらしたりするのは厳禁ですわよ! あと今後一切、わたくしたち親子に付きまとうようなこともしないでくださいましね!」

「いや、それはそのつもりだけども……ッ!」


 お役御免と同時に俺がここにいる理由はなくなるし、その後に何かやり取りする必要もなくなる。


 そんなのはわかっていた。


 わかっていたけど。


 いざその時になると、俺をリビングの出口までおっつけるようにしてくるハサミの動きについ抵抗してしまう自分がいる。


 せっかく知り合った超有名冒険者とコネの一つでも作らせて欲しいと思うのは、一撮影者としてそんなに間違ってはいないはずだ。


「ちょっ、そんな! 待って!」

「ほら、わかったらさっさと帰りなさいよ! ほら早く!」

「わ、わかった! わかったから──ってそうだ! 俺のスマホ!」

「おっと、そうでしたわね」


 ハサミもすっかり忘れていたようで、俺を押しのける手を休めて自身の腰のポーチからそれを取り出す。


「はい、じゃあこれ返して差し上げますから、すぐ帰るんですのよ」


 そう言いつつ手渡してくるハサミからスマホを受け取った、その時だった。


「あ、スマホ。っていうことは、やっぱりトウガくんは冒険者さんなのね?」


 別にこのご時世、冒険者でなくてもスマホは通信手段として万人が手にしている。


 けれども俺はこの時、そういった深いことまではあまり考えずに、ただ単純にギルドに冒険者登録をしているからくらいの理由で、ミルフィーユさんに対して「あっ、はい」と何の気なしに答えた。


 それが、事態を思わぬ方向へ転がしてしまうとも知らずに。


「やっぱりー! じゃあせっかくだから、今度の動画はトウガくんに撮ってもらいましょう♪」

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