森の奥の隠れ家

「お、おいハサミ、いつまで歩くんだ? 本当にこの先におまえんなんてあるのか?」


 この上なくぎこちないが、俺としての精一杯の図々しくて厚かましい態度で、隣を歩くハサミさん……いや、ハサミに話しかけてみた。


 森の奥にあるというハサミの家に向かう道すがら行われた、ハサミ直々の喋り方の個別指導による成果だとは思う。


 つまり俺は、なし崩し的に恋人のフリをすることにした訳だった。


 ハサミは声のトーンを落とし、


「いざ形になるとこれはこれでイラついてきますわね……」

「えぇっ!?」


 こういうふうに喋ろって言ったのはそっちじゃん!


「いえ、これでいいんですのよ、これで」


 とにかくこれがハサミ嬢のお気に召す恋人の会話、ということなのだろうか。


 果てしなく違う気もするが、俺としては外套を汚してしまったことの弁償としてやっていることでもあるので、彼女の言う通りにするしかないわけだったが。


「道はこれであっていますわ。と言いますか、もう着きましたわよ」

「えぇっ!? もう!? てか、ここ!?」


 彼女が立ち止まった場所は、相変わらず見渡す限りに鬱蒼うっそうと生い茂る木々一辺倒の真っ只中。


 入り口付近に比べて明らかに木々の高さは高くなっていて密集具合も増し、まだ昼前のはずの日光もろく差し込まないほどのThe樹海だ。


 そんな場所に家なんてあるのか?


 目に見えておろおろする俺の隣で、何やら周りの様子を気にするようにキョロキョロするハサミ。


「誰もいませんわね、それでは──」


 そう言うと、腰のあたりからエメラルドのクリスタルのようなモノを取り出して正面にかざす。


 それが心なしか淡く輝いたように見えた次の瞬間、俺はこの目を疑った。


 突然、景色が歪み始めたからだ。


「なっ!?」


 ハサミがクリスタルをかざした正面三、四メートル四方の一面がざわつくように歪み、変化へんげした。


 ツルやツタが無数に絡み合って出来た壁のような物体に。


 生い茂る木々のんだ。


 その壁を構成するツルやツタが、ひとりでにスルスルとほどかれるようにして脇に退いていく。


 ぽっかりと入口が開いた。


 まるで俺たち、いや正確には帰還した主とそのツレを迎え入れるかのように。


「さ、ここがわたくしの家ですわ」


 入り口を潜ったハサミに促されて中に入る。


 そこはまるで樹海の只中にぽっかりと開いた異空間。


 直径四、五〇メートルほどはあろうかというドーム状の広大な空間だった。


 今しがた外で見たツタやツルの壁面と同じような材質で内側も構成されていた。


 だが次第に上のほうに行くにつれ、青空そのものがプラネタリウム状に映し出されるかのように


 外とは比べ物にならないくらいの圧倒的光量が照らし出すのは、空間の中央に鎮座した豪奢ごうしゃな造りの西洋風の屋敷だった。


 その屋敷だけが浮いてしまわないようにといった感じで、周りはまるで西洋庭園のようにしっかりと整えられている。


 あたかも一軒の大きな屋敷がその周辺はおろか空などの背景もそっくりそのまま引っさげて、樹海の中に忽然こつぜんと転移してきたといわんばかりの光景だった。


「本来はエルフの里を丸々一つ覆うほどのシェルター魔法。それの縮小版といったところですわね。だいぶ前にエルフのように森に住もうみたいなブームがありましたでしょう? それの残骸ざんがいを利用させていただいたというわけですわ。わたくしもリフォームのお手伝いをしましたが、あれは一仕事でしたわね」


 すると後ろでシュルシュルという音。


 ツタやツルが生い茂るように絡み合っていき入り口が閉じていた。


「このエルフ特有の術式が編み込まれた植物ドームは、外からは認識阻害効果でばっちり迷彩され、内からは光や空気や雨までも取り込めるスグレモノでしてよ」


 俺はエルフの魔法の神秘さとか、トップ冒険者のプライベート面におけるスケールのでかさとか、諸々もろもろに圧倒されすぎて、一周回ってこんな陳腐ちんぷな感嘆しか出せない。


「す、すげえ……」

「そうでしょうとも。オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!!」


 一通り気高笑いして気が済んだハサミ。


「さっ、行きますわよ。あなたにはわたくしの恋人のをして、お母様に挨拶していただかなければならなんですからね」


 その言葉に一気に背筋が正される。


 フリといえど相手方の親御さんに挨拶するのだ。


「お、おおおおお、お邪魔します!」


 思わずかしこましまった。


「ちょっと!」

「あ、やっべ。えっと……じゃ、邪魔するぞ!」

「あら、邪魔するんだったら帰ってくださいましー」

「そ、そう言うなって……」


 かくして俺はハサミのあとについて、お屋敷に続く庭園の道を恐れ入りながら歩いていった。

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