第18話 ゆずジュース
こうして見ると、やっぱり中世ヨーロッパ風の街並みだった。
統一感のあるレンガ造りの建物と石畳が織りなす情緒あふれる風景は、夕暮れのオレンジ色に染まり始めている。
各々通りを行き交う人々も皆一様に中世風の庶民的な格好をしていて、異世界特有の牧歌的な情景に花を添えていた。
「でも、スマホもネットもあるんだよなあ」
彼らのポケットの中にもきっと、スマホが入っていることだろう。
あ、つーかもうあの人歩きスマホしちゃってるじゃん。
本来はスロマジなる一回きりの魔法の弾を撃つためのスローイングマジックホルダーだけど、スマートフォンよろしくマルチメディアデバイスとしての側面のほうが大きくなっている。
そんな感じで手元だけやたら最先端に尖りまくっているこの異世界。
その片隅にある小さな田舎町のちょっとした通りに設置されたベンチに座り、街並みを眺めながら感慨に浸っている俺なのだった。
隣には荷物が詰め込まれたリュックサック。
明日の朝イチで受けようと思っている人生初ソロクエストに向けた、物資の調達だ。
回復薬や携行食、万が一に備えてのサバイバルキットや各種備品のスペア
ただしそこに、武器は自撮り棒を使うから必要ないとして、鎧や盾などの防具は一切ない。
もちろん装備もしていない。
パーカーにズボン姿だ。
やはりこれも『
『
強化状態であれば、パーカーも鎧も等しく傷がつかない。
このパーカーは元々防塵繊維で編まれてるらしいが、それは今は問題じゃない。
なんせ下着や、極めつけは地肌でも同じ検証結果が出たのだから。
つまり元の強度に関係なく、身につけたものは体の一部と認識されて等しく外傷から守られるんだ。
ならばいっそ、戦闘は『
そもそも明日受けようと思っているクエストは、一角ウサギなどの初歩中の初歩相手の討伐モノを想定している。
それら雑魚相手に、フルプレートメイルを持ち出すなんてのは慎重すぎてもはや病気レベルというのが一般的な見地なので、まあ心配ないでしょ。
ちなみにこのソロクエストの申し出、ネネちゃんは本当に初歩中の初歩的な討伐クエストに限ってなら大丈夫だろうということで許可を出してくれた。
もしそれ系のクエストが出ないようだったらすぐに帰ってくるようにとも言われていたし、その言いつけは守るつもりでいる。
それでもやはり心配だったらしく、明日の本番はおろかこの買い出しにもついていくと言っていた彼女だったが、俺としては準備段階から一通り自分一人でやってみたかったってのが大きい。
加えてネネちゃんには本当にゆっくりと静養してもらいたかったので、なんとか説得して家で完全待機してもらうことになった。
まあソロクエストに行きたいと言って心配させてる時点で、ネネちゃんに心から静養してもらう気があるのかと言われればそれまでなのだが、前々から腕試しをしてみたいと思っていたのだから仕方がない。
これでも一応、冒険者の端くれではある訳だし。
けれどやっぱり何の防具も身に着けずにリュックを
「でも行商人……っつーかこの異世界の人達って、パーカーなんて着ないんだよなぁ。便利なのに」
赤色の三角形の再生アイコンを模した『例の動画投稿サイト』のロゴマークが、胸元に大きくプリントされたプルオーバー型の黒地のパーカー。
同じくロゴが腰の所に小さく入った黒地のチノパン風の長ズボン。
そしてスニーカーっぽいシューズ。
他にもジャージなんかもラインナップされているみたいだ。
すなわちこれらはかのサイトのオフィシャルグッズって訳なんだけど、ネネちゃん曰く例のサイトの公式グッズはいかにもかぶれているように見られる風潮があるらしく、サイトの隆盛に反して意外とウケが悪いらしい。
冒険者という生き様の根底にある硬派な部分が、変なとこで頭でっかちなプライドみたいになって邪魔してるんだろうな。
でも俺はパーカーにはそんな冷たい視線を受けてまでも着るに足る利便性があることを、実際に元いた世界で着ていた者として知っている。
何より元より別世界の人間なので、そんな風潮とか気にしてもしょうがないし。
「にしてもパーカーとか自撮り棒とか、スマホほどあからさまにとんがってはいないけど、とがりの芽みたいなものはチラホラとそこら辺にあるんだよなこの異世界」
この異世界の用語で、たしか『レガシー』とか言ったっけ。
魔法で動くような道具──つまり魔道具を、全般的にそう呼称してるんだとか。
俺側の人間にとっては誰しもの頭の中に異世界の予備知識としてあるような、あの魔道具のイメージそのものだ。
西洋っぽい古臭い外見とは裏腹に、性能はバリバリ家電モノ。
おかげでガワは中世風でありながら、中身は二十一世紀の地球と遜色ないような生活水準のように思えるのがこの異世界だった。
けれどもホントにスマホだけがぶっ飛んでイレギュラーなデザインをしてて、スマートフォンとばっちり同じな見た目しちゃってるって感じだ。
「とにかく、買い出しも済んだことだし、明日に備えて早く帰って休みますかね……って、ちょっと喉が渇いたな。確かリュックの中に水筒を入れてきたはず」
腰を下ろしているついでに喉を潤してから帰っても遅くはない。
俺はネネちゃんに用意してもらっていた水筒(中身はゆずジュース)をリュックから取り出し、注ぎ口を開けた。
ちなみにこの時、パーカーのフードの中にはちびキャラモードのゴールドがいた。
と言うよりも、俺の被っていないフードの中にすっぽりと収まるというのが
俺としても別にフードは被らなくていいし、ゴールドもそこが気に入ったのか大人しいものだったので何ら支障はなかったのだが、何故かこの時──俺の手元に口の開いた水筒が握られている今この時に限って、ゴールドが突然暴れ出したんだ。
「うおっ! ちょっ、なんだゴールド! いきなり暴れんっ──」
フードの中でドッタンバッタンしている。
その勢いは俺の体が揺らされるほどの凄まじいものだった。
「やめっ! おいゴールド! す、水筒っ! こぼれっ……あぁっ!!」
ビッチャアアアーッッッ!!!!!! と。
あろうことか、ベンチの目の前をちょうど通りかかった人にぶちまけてしまっていた。
その人物の全身を覆っている緑の外套に大きなシミが出来てしまっている。
辺りに漂うゆずジュースの爽やかな香りとは裏腹に、俺は凍りついてしまっていた。
そんなやらかしを察知したのか、ゴールドは急に静かになりやがった。
外套の人物はフードを深く被っていてその表情を詳しくうかがい知ることはできない。
けれども絶対怒っているに違いなかった。
現に、
「なんてことを……、よりにもよってゆずジュースですって……!?」
女性、というか同い年くらいの女の子の声だが限りなく低く押し殺したようにして、怒りが滲み出ているは明らかだった。
「ご、ごめんない! わざとじゃないんです!」
立ち上がって急いでハンカチを差し出したが、
「結構ですわ!」
突っぱねられてしまった。
「あわわ……。こ、これはその、なんといいますか……急に背中が……」
などと言い訳にしかならないだろうがそれでも必死に謝罪を続ける俺に、彼女は外套の下から視線を向けているようだったり、たまに脇のリュックに顔を向けるような仕草をしてみたりしていたが、
「あなた、スマホは持ってまして?」
と一転して、何気ない感じで聞いて来た。
「す、スマホ、ですか? あっ、もしかして! 要は時間も時間なのでこの場は一旦お開きにして、後で改めて弁償なりクリーニングなりについての連絡を取り合うための連絡先を交換するということですね!」
そういうことならばと、急いでポケットからスマホを取り出したんだが、まだロックも解除していないのに──
「えっ」
パシッと、彼女は俺の手からスマホを
「今回の件につきまして、あなたにはおカネとは別の形で
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