第17話 武器は自撮り棒?

 甲高い金属音が響き渡った。


 二つの得物が激しくぶつかり合っている。


 その内の一つはネネちゃんの持つ銀色の細剣。


 けれどもう一方のほう、つまり俺の手にしているそれは、得物と呼ぶにはあまりに的外れなものだった。


 だ。


 この異世界の魔道具──通称『レガシー』による高度な製造技術により、六〇センチほどの最大延長状態にある伸縮性の軽金属製シャフトは、軽くて剛性に優れる。


 けれどそれは、あくまでスマホを先端に取り付けた状態で、ベストショットを探る程度に取り回す場合のみでの話。


 とても武器として扱うのを想定した作りなんかじゃない。


 にもかかわらず、今この場でスマホを先端に取り付けた状態にあるこの自撮り棒は、れっきとした武器の一つである細剣の刺突や斬撃をいなしたり受け止めたりしている。


 それどころか、反撃に転じて細剣の軌道を模倣するような刺突や斬撃を繰り出してさえいた。


 スマホを取り付けているホルダーのネック部分が、遠心力に負けて曲がるというようなことはない。


 最大延長状態にあるシャフトが、レイピアにぶつかった衝撃で押し込まれて縮んだり、そもそもが壊れてしまうといったこともない。


 それは、対等な切り結び。


 真に武器足り得る刃レギュラーと真っ向から渡り合える誤った使い方イレギュラー


 いっそギャグにも見えるこの絵面を、現実のものたらしめている力は確かに存在する。


 見えざる鎧『機神視点デウスフォーカス』。


 能力者が動画を撮影する時、一番近くにいる被写体が見えざる力で守られる。


 その効果は能力者自身、つまり俺自身にも適応される。


 そして手にしたり身につけたりしているものも体の一部と見なされて、能力の庇護下ひごかに組み込まれる。


 実地での経験や数々の検証の結果から判明したこの事実を、最大限活用させてもらうことにしたんだ。


 簡単なことだ。


 自撮り棒のヘッドをちょっと深めに自分の方へ倒して、フェイスカメラで自撮りさえしていればいい。


 そうしている限り、自撮り棒の構造上どんなにそれを振り回したって、スマホの画角に俺の体のどこかしら一部か自撮り棒のアームが必ず映り込んでいることになる。


 その瞬間には既に、自撮り棒のアームは俺の体の一部と見なされ続け、強化されて武器であり続けることになる。


 ここに、絶対防御の無限連鎖が出来上がるって寸法だ。


 なんせ自撮り棒は一旦見えざる鎧の内側に入ってしまえば、その形状・形態を外部的干渉では一切変化させられない。


 あずきのバー状のアイスみたいにカッチコチになって、シャフトを縮められたりヘッドの角度を変えられたりされなくなる。


 スマホの物理スイッチや画面内のタップ操作までもが、外からは一切出来なくなる始末だ。


 それらの操作をできるのは、同じ見えざる鎧の内側にいる能力者たる俺だけ。


 つまり俺の意思でそれらのソフト面及びハード面で自撮りを外す行為をしない限り、この堅牢な無限ループの檻は開錠されない仕組みだ。


 あとはレンズが隠れないように気を配って立ち回るだけ。


 ただし見えざる鎧の特性上、能力が効いている間に受けたダメージは解除後に一気にやってくるから、自撮り棒はバトルが終わる度にぐにゃったりべこったりバキッたりして使い物にならなくなる。


 けれどもそれでいいんだ。


 俺のメインはあくまで裏方。


 バトルバトルでそんな頻繁に消耗する訳じゃない。


 自撮り棒は折りたためばある程度コンパクトになるから、スペアをいくつか持ち歩いてもかさ張らないしな。


 とにかく『身体強化』と『体の一部としての認識』を、永久機関のように閉じたけいで持続させ、極力死角をなくして戦う。


 これが現時点でベストの戦法だ。


 そんな独特過ぎる戦い方をしているやつ──『例の動画投稿サイト』の公式グッズである黒のパーカーとズボンとシューズをまとった俺こと仁後刀我にごとうがは、武器として手にした自撮り棒で大きな袈裟斬けさぎりの軌道を描いた。


 その軌道上にいた少女──地味な長袖長ズボンと軽装備の防具に身を包んだ黒髪三編みおさげにメガネの冒険者・マキナネネことネネちゃんは、両手に渡した細剣でそれを受け止めた。


 これは、ネネちゃん宅の庭先で行われている組み手の、もう何合目かもわからない切り結びの一幕だ。


 足手まといになりたくないという俺の申し出を受けて、撮影の合間を縫ってネネちゃんが稽古をつけてくれている訳だ。


 この稽古も動画投稿活動と同時に始めて、一ヶ月という短期間ではあるが、ネネちゃんの懇切丁寧な指導の甲斐あってか、俺はこんな風になんとかネネちゃんに食らいつけるくらいまでにはなっていた。


 自撮り棒を受けて止めていたネネちゃんはそれをはねのけた。


 そのまま大きく飛び退く。


 仕切り直しともいえる距離の先、彼女は涼しい顔をして構えを解く。


「ハア……、ハア……」


 対して俺は肩で息をし、大汗までかいていた。


 つまりネネちゃんが俺の体力の限界を悟って、この組み手に一区切りつけたということだった。


 彼女はレイピアを腰のさやに収めつつ、


「たった一ヶ月でここまで上手くなれるなんて、すごいことだよ、刀我くん!」


 確かに彼女の言う通り、体力の消耗具合に差はあれど、組み手自体の内容は互角のように見えたことだろう。


 けれど俺は知っている。


 一ヶ月でなんとか形になったのは能力の補佐によるところが大きいということを。


 そして、この組手でも相変わらずネネちゃんに大幅に手加減されていたということも。


 この一ヶ月間、彼女の戦闘の一挙手一投足を間近でカメラに収め続け、その強さの本質を見続けていれば嫌でもわかってくることだ。


 体感的にはおそらくネネちゃんは、俺相手にまだ一割も本気を出していない。


 の俺相手に、だ。


 これと良く似た事態ならまだ記憶に新しい。


 かつてゴブリンたちには圧倒的な猛威を奮った機神視点デウスフォーカスでの攻撃が、ゴブリン達を操っていた回復術士相手には鳴りを潜めてしまったかのように効かなかった、あの日の出来事だ。


「やっぱり俺の思ってた通りだ。防御や身体強化は相手に関わらず分け隔てなく発動するのに、攻撃として振るった動きだけが何故か効く場合と効かない場合がある」


 息を整えながら、


「今も、ネネちゃんに言われた通りに、遠慮なんかしないで全力でいったつもりだったんだけど」

「うん、確かに刀我くんの攻撃は弱いものだった。けど一ヶ月前に比べたら、少しずつだけど格段に強く、重くなってるよ。能力に頼り切りにならないように、ちゃんと能力なしでも木刀で稽古してる成果が出てるんだと思う」

「そう……かな」

「そうだよ。だからこれからもこの調子で頑張ろうね!」


 稽古においては絶対にお世辞は言わなかったネネちゃんをして、はじめて言わしめることが出来た好感触な評価だった。


「よ、よかったー、俺ちゃんと成長できてるみたいで」


 安堵感からか完全に構えを解いて、オーバー気味に全身を弛緩させる。


 そんな風におどける俺を見て、ネネちゃんもちょっとクスっとしてくれた。


 が、次の瞬間。


「イタっ!」


 彼女は突然、自らの右手の辺りをおさえだした。


「どうしたの!?」


 苦悶の表情をしているネネちゃんの元へ急いで駆け寄る。


「大丈夫!? ってか、血が出てるじゃん!」

「ちょっと、マメが潰れちゃったみたい」

「ごめん、今の稽古で……」

「違うの! マメ自体ならもっと前からできてたの。わたしのケア不足。そもそもまだマメができるってこと自体、わたしの鍛錬が足りてなかったってことの証拠だから。……だから、刀我くんのせいじゃないよ。気にしないで!」


 気丈に振る舞うその姿にかえりみさせられる。


 思えばネネちゃんがデビューしてからのこの一ヶ月間、二日に一本という異常とも言えるハイペースで動画を投稿していたんだ。


 魔物と実際に戦うという、商品のレビューなどとは訳が違うこの異世界の動画だ。


 一週間に二本で速いペースと言われている。


 きっと意気投合したテンションの熱に浮かされていたのだろう。


 はたから見れば二人とも気がはやっているような状態になっていたのに、双方ともそれに気づかずに、明らかなオーバーワークに知らず知らずにおちいっていたんだ。


 さらにネネちゃんは、そのタイトなスケジュールの合間を縫って稽古まで付けてくれていたし、日常生活の家事や食事の支度などの雑務までも普通にこなしてくれていた。


 疲労が蓄積していて当然だった。


 こんなほころびが出てくるのは、遅かれ早かれ必然だったんじゃないのか。


 この異常なオーバーワークに、どちらかが気付いて歯止めをかけなければいけなかったんじゃないのか。


 いや、俺の方から気づかなきゃいけなかったまである。


 そうだ、こういうマネジメント的な事こそ裏方の仕事だ。


 完全な俺の落ち度だった。


 もっとネネちゃんのことを気にかけるべきだったと猛省する。


 ぶっちゃけ手のマメがつぶれたくらい、回復薬や回復スロマジですぐ治る。


 この世界の回復技術は凄まじいからな。


 けれどもそういう問題じゃないと思うんだ。


 精神面でゆっくり休養をとる必要がある気がする。


 だから思い切って提案してみる。


「ネネちゃん……。明日から少し、動画投稿はお休みにしない? ちょっと、リフレッシュ休暇というか」


 彼女は一瞬悲しそうな表情になるも、どうやら俺の意図を察してくれたらしい。


「そうだね。ちょっと休もうかな……。明日から暇になっちゃうね……」


 そこで俺は、前々から思っていたとあることを、意を決して言ってみることにした。


「あのさ、俺、この機会にって言ったら失礼かもしれないんだけどさ、戦闘面での成長の成果を、自分だけで試してみたいと思ってるんだ」

「そ、それって……」

「俺、ソロでクエストを受けようと思う」

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