第16話 デビューして一ヶ月

 俺のような裏方に求められるのはたった一つ。


 撮影スキルだ。


 編集スキルはぶっちゃけいらない。


 あっても困ることはないが、現状使う機会はほとんどないと言っていい。


 『例の動画投稿サイト』には、超高精度な映像解析用の魔導AIを用いた自動動画編集機能が備わっているからだ。


 時短文化のあおりを受けて縦型のショート動画が主流になった結果、投稿される動画のシーン構成が自然と決まり切った感じになっていったのも、AIで編集をまかなえるようになった一因と言われてる。


 俺が異世界で初めて見た、ハサミ・ミラージュという今めちゃくちゃ勢いがある冒険者の動画なんか、まさにその形式ズバリそのものだ。


 初撃は数秒ほど割いて一挙手一投足をじっくりと映す。


 二撃目以降は、ダメージが入る瞬間の一秒にも満たないハイライトシーンを切り抜き、それらを次から次へと繋ぎ合わせてく。


 そして最後のトドメの一撃は、初撃と同じように数秒かけてじっくりと。


 そんなシーン構成に編集された十五秒から長くて三十秒ほどのショート動画のフォーマットが、二年くらい前には既に確立されつつあったそうだ。


 その流れを見たサイトの運営は思ったそうな。


『どうせみんな同じような形式で動画上げるんだったら、もうその形式に自動で編集してくれるような機能実装しちゃえば喜んでもらえるんじゃね?』


 ってことでリリースされました自動編集機能。


 アプリのユーザーページにある編集用の投稿フォームに元の素材になる動画をぶっ込めば、あとはクラウド経由で魔導AIがモンスターにダメージを与えてるシーンを判別。


 それらのハイライトシーンを時系列順に繋ぎ合わせて、件のフォーマットのショート動画に自動で編集してくれるという神機能だ。


 勿論AIのシーン選択が気に入らない場合はマニュアル操作で編集も出来るが、それがほぼほぼ必要ないくらいに現在ではAIの練度も上がっている。


 さらに素材になる動画は無理に一発撮り一本にする必要はなく、複数の動画に別れてても動画に紐付けされてる日時情報を元に時系列を判別し、それらを統合して一本のショート動画に編集をしてくれるという親切ぶり。


 そんな風にして編集の負担が減るってのは、やっぱ投稿する側にとってはメリットがデカかったんだろうな。


 今から一年と半年前に実装されたこの機能は、その使い勝手の良さやアップデートを重ねるごとに精度を増してったこともあって、一年ほど前には使用率がほぼほぼ一〇〇パーセントになってたとか。


 てな訳で編集面はこの自動編集のお世話になればいいので、俺に課せられた使命はたった一つ。


 ネネちゃんがモンスターにダメージを与えてるシーンを逃さずカメラに収めることだけ。


 だからそれを念頭に精一杯頑張った。


 そうやって一ヶ月間が過ぎた。


 結果は──全くの鳴かず飛ばずだった。


 ただ、大多数の冒険者の最初のころなんてこんなものなんだ。


 ひそみにならって、地道に腐らずやっていくしかない。


 そりゃあ中には一ヶ月でチャンネル登録者一〇万人を達成してしまうような逸材たちもいるが、そんなのは幻想だ。


 現実的にありえっこないから幻想なんだ……けど!


 俺はその幻想の片鱗を、ネネちゃんの中に見ているように思えてならない。


 身内に対する激甘贔屓ひいき査定だって笑ってくれて構わない。


 けどその身内的なポジションという一番近くでネネちゃんを見てきたからこそ、ネネちゃんはバズるまであとほんの二、三歩の所にいるような気がしてならないんだ。


 まず第一に、ネネちゃんは滅茶苦茶強かった。


 俺のエフェクトなんて使わなくても、だ。


 だからネネちゃんの強さに匹敵するくらいの強敵がキャスティングできれば、視聴者の目に留まる機会も大きく増えるはずだ。


 そしてもっと欲を言えば、地味な見た目もなんとかできればって感じだ。


 三つ編みで眼鏡で長袖長ズボンなんて、はっきり言ってイロモノ枠。


 ネネちゃんはもっと正統派系でも勝負できるくらいの素材があるんだから、俺的には口惜しいことこの上ない。


 コンタクトレンズに相応する物がこの異世界にはないから眼鏡は仕方ないにしても、髪型と服装にまだまだ改善の余地あり、なんだけど……。


 俺にはそう言った指摘をする勇気はなかった。


 なんせ今の地味ルックは、花盛りの女の子が自分から進んでやってる格好なんだぜ。


 よっぽど強いこだわりみたいな理由がなけりゃ説明がつかないレベルだ。


 出会って一ヶ月そこらの女の子相手に、そこまで踏み込める訳がなかった。


 ま、そんなタラレバを言ってても仕方ない。


 とにかく今は地道に。


 結果として、カメラワークも編集もある程度叩き上げのていになるのは避けられなかったが、それでもネネちゃんに教えてもらったり、他の動画や教則記事を参考にしたりして、なんとか見るに耐える最低限のレベルにまでは到達できた、と思う。


 また、動画投稿と同時進行で、俺のエフェクト見えざる鎧『機神視点デウスフォーカス』についての検証も進めていた。


 まず第一に、機神視点がかかっている画面内の人物が、俺にだけ輪郭が虹色に縁取られて見えるということが判明した。


 撮影された動画を再生してみても虹色の縁取りは見られなかった。


 リアルタイムに撮影されてる画面を見た時の、俺の網膜に虹色の縁取りが補正される感じだろうか。


 次に機神視点のスロマジに対する効能。


 もともとのスロマジが機神視点をかけるとどのスロマジに変化するのか、ということを調べていった。


 ちなみにスロマジはガチャで引くだけあって、レアリティが設定されている。


 ネネちゃんが見せてくれた基本中の基本のヤツが第一階位でレアリティがノーマル。


 それよりちょっと派手なのが第二階位でレアリティがアンコモン。


 そんな感じで第三階位がレアで第四階位がSR。


 で、最高ランクが第五階位のSSRだ。


 また、第何階位とかの数字をレアリティになぞらえて、☆1〜☆5のスロマジ、なんて呼ぶ呼び方もあるとか。


 とにかくそんなスロマジを、日常生活に支障が出ない範囲で引けるだけ引いて、片っ端から機神視点をかけてみて、どういう結果になるかを逐一ちくいち検証したんだ。


 その結果、引けた範囲のN、UC、R、SRの全てが何かしらのSSRに被り有りでなることがわかった。


 残念ながらSSRは一つも引けなかったのでどうなるかは不明。


 ちなみに、俺がスロマジを放つ用にネネちゃんのスマホを借りて、自分のスマホで自撮りしながらスロマジを放ってみたが、SSRになることはなかった。


 そういう仕様らしい。


 その他に、機神視点の検証の延長線上で、俺自身に機神視点をかけてのバトルスタイルの構築というものにも挑戦してみた。


 回復術士の一件のようなことが、また起きないとは限らない。


 裏方ではある俺だが、万が一の時に備えて戦えるようにはしておきたいと思ったんだ。


 当初は自撮りをしながら武器を振るう路線で行ったんだが、これが案外難しい。


 武器だけでも扱いに難儀する初心者の俺には、戦いながら自撮りを外さないようにするのが一苦労だった。


 自撮りを外さないように気を付けると戦いに集中できず、戦いに集中すると今度は自撮りがおろそかになる。


 そんな感じで全然うまくいかない。


 けれど俺は閃いた。


 それならいっそ、自撮りと戦いをひとまとめにすれば良いんじゃないかと。


 そして幸いにも、それを可能にするアイテムがこの異世界にも存在したんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る