第15話 ウッマ ザ ファンタジー
石鹸とお日様の香りが鼻孔をくすぐった。
ネネちゃんが洗濯してくれた仕事着は、今日も一日頑張ろうという気にさせてくれる。
この異世界に来て定着しつつある俺のモーニングルーティーンの一幕だ。
赤い三角形の再生アイコンマーク、すなわち例の動画投稿サイトのロゴ入りの黒いパーカーや黒いチノパンっぽいズボン、そしてスニーカーっぽいシューズを身につけていく。
一見普通のそれらだがしっかり防刃繊維で編まれているあたり、流石は冒険者のための動画投稿サイトの公式グッズだよなあ。
けれどなんで異世界にパーカーとかがあるのかは……まあ、スマホやネットがあるんだから今更パーカーごときで驚いてはいられんわな。
「よし、
すると
ウマっぽさがデフォルメされた二頭身のちびキャラみたいなヤツだ。
そいつは短い手足をフルに使って俺の体をよじ登る。
指とかない手足だけど、どういう理屈でかちゃんとしがみついてくる。
最後に俺のパーカーのフードの中という、
「よっ、ゴールド! 今日もよろしくな」
「ウマッ!」
スマホもネットもパーカーもあるけど、ここはあくまで剣と魔法の異世界。
精霊という不思議な生き物(?)にも、いちいち驚いてはいられんわな。
アホ面で常に鼻水垂らしてて、オッサンが頑張ってかわいい声出してますみたいな声で『ウ』と『マ』しか言えないけど、精霊という枠組の中の一個体としてちゃんとありがたがらないといけないわな。
コイツとの出会いは、まあ単刀直入に言うとガチャで引いた。
あのソフトウェア的な意味でのガチャだ。
まず。
スロマジってのはデータなんだそうな。
空気中に漂う目に見えない魔法の素だとか何だとかを、こねこね練り練りするために必要な、魔術的な命令文だとか構文だとか。
で、それはガチャという形でしか手に入らない。
冒険者ギルドに
とにかく俺は、冒険者初回登録キャンペーンだかでそのガチャを無料で一〇連分引いたんだけど、その中にゴールドさんが紛れ込んでたって訳だ。
そう、スロマジガチャの中に紛れ込めるってだけあって、精霊はデータみたいな形体にもなる場合がある。
ゴールド(命名俺、全身金色だから)を指して生き物(?)と疑問符を付けてた理由はコレ。
精霊ってのは、まだ仮説の域を出てないみたいだが、空間の中の魔力が何らかの理由で突然変異して自我と実体を持ったものなんじゃないか、って言われてるそうな。
つまりスロマジで発現させた魔法や、回復術士が掌の上でポワワワーンとやって見せたヤツと実質的には一緒って扱い。
生き物じゃない。
生き物っぽい挙動を示すだけの魔法。
そんなんだから、世界中に張り巡らされている魔力波による通信網に何かの拍子で引っかかって、ネットの中に魔法的なデータとして巻き込まれてしまうことがごく
そして出口を求めてさまよってる内に、スロマジガチャっていう世界最大級のネットの排出口に嫌でも辿り着くらしく、うちのゴールドさんもそんな天文学的に超々レアな例に漏れずに俺の元へやって来たんだろう、って訳だった。
ネネちゃんに教えてもらったアレコレついでに、俺のあの後のことも振り返っておこうかな。
ちょうど一週間前、俺とネネちゃんが回復術士を撃退したらへんの時だ。
────爆風の収まったダンジョン跡地の一角、緑の肉片の山の下からヤツは
俺とネネちゃんが
水晶部分が粉々に砕け散った杖を放り出して。
かくして一件落着。
俺たち二人はネネちゃんの住居があるという最寄りの街『ブレイク』──始まりの街と通称されるその街へと帰還する運びとなった。
道中、ネネちゃんはこんな提案をした。
『明日、街の冒険者ギルドに行って冒険者登録してみない?』
聞けば、既に冒険者としてギルドに登録している者の紹介さえあれば、誰でも冒険者としてギルドに登録できるんだそう。
そして何より、冒険者になれば社会的な身分が保証されるとのこと。
つまり俺の素性を隠すのが目的だ。
ちなみに冒険者になったからと言って、必ずしもモンスターと戦わなければいけないということもないそうで、冒険者の資格は一切のノルマ無しで恒久的に持続する。
さらに彼女は自宅の敷地内にある離れを俺に住居として提供してくれた。
ほんと
そんなこんなで、俺の長い長い異世界生活一日目はようやく暮れていった。
で、翌日。
ボロボロになった服の代えとか、ひとまず最低限の身の回りの物を揃えたりした後、冒険者ギルドへ。
ネネちゃんの紹介で晴れて冒険者になった俺に、対応してくれた受付嬢のおねえさんは営業スマイルでこう言った。
『ただいま新規冒険者様限定で、スロマジガシャ10連無料キャンペーンを実施しています。よろしかったらどうぞー』
ネネちゃんにスローイングマジックホルダー代を建て替えてもらって、いざ運試し。
で、こうなったわけ。
ただしゴールドはアホ面オッサン声────と、そこでフードの中に収まっていたはずのゴールドが、何故か身を乗り出して俺に抗議のようなウマボイスを浴びせてきた。
俺が心の中で、ゴールドのヴィジュアルをそこはかとなくディスろうとしてたのがバレたか?
鼻息を荒げ、デフォルメされた小さなしっぽをブンブンさせてやがる。
「ウマッ!! ウママッ!!」
「どうしたゴールド? 別に俺はお前のことアホ面だとは思ってないし、なんでオッサンみたいな声かなんても、もう考えるのはやめたぞ」
「ウマママママッ!!」
「はいはいわかったわかった。お前の言ってることは声の抑揚とか交えられるジェスチャーとかを含めてようやくわかるかわからないかって程度だけど、お前がれっきとした精霊だってことは、もう重々承知してますから。だからこんな部屋の中でライドモードになってみせて精霊アピールしなくてもいいぞ。揃えたばっかの家具とか壊されたらたまったもんじゃない」
魔力を解放しようと発光しつつあったゴールドをなんとかなだめて、再びフードの中に引っ込ませる。
と、まあ本来もっと神秘的なのが精霊の一般的な姿とのことなのに、こんなアホ面で常に鼻水垂らしててオッサンみたいな声のヤツなんだ。
ギルドに居合わせた冒険者の人たちから大笑いされた訳だ。
更に場がドッと湧く中、何故かゴールドは俺の顔面めがけてジャンプ一番。
顔じゅうをシャカシャカ這いずり回りながら舌でペロペロし出したその妙ちくりんな姿は、被害者たる俺の
俺がたまらず尻もちをついた後、隣にいたネネちゃんに飛び移って同じように顔をペロペロ。
流石に女の子はマズいって誰もが思ったらしく、ガラの悪そうな冒険者のお兄さんたちが総出でゴールドを止めてくれた。
ってな感じで、コイツとの出会いは涙というか笑いなくしては語れないって訳だったんだ。
ただ、ネットの海から引き上げてくれた人間には精霊も恩義を感じるみたいで普通は付き従うけど、中には捻くれた性格の個体もいて付き従わないこともあるらしいとのこと。
そんなのに比べたら、ヴィジュアルがちょっとアレなことなんてかわいいもんだ。
とにかくそんなわけで、
「今日も動画を撮りに行きますか!」
「ウマッ!」
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