第14話 ぼっち・ざ・えるふ!

 誰もがうらやむネット界のスーパースターとも呼べる存在──冒険者の中の上位十傑じゅっけつ、すなわちチャンネル登録者数ランキングトップ10!


 そこに名を連ねる一人、わたくしことハサミ・ミラージュの経歴は、まさに順風満帆じゅんぷうまんぱんそのものですわ。


 単刀直入にわたくしの年齢と冒険者として保持する記録を申し上げれば、歩んだ道の華々しさについては詳しい説明など要らないのではないかしら、オホホホ。


 若干十六歳にして、チャンネル登録者数一〇〇万人達成の歴代最年少および最速記録!


 敢えて多くを語るなら、ほんの一年ほど前からお話は始まります。 


 まず、希少種であるエルフという抜群のヴィジュアルを引っさげてデビューしたわたくし。


 その種族のイメージに違わぬ美しさと弓術の腕を初投稿で披露した時点で、登録者数一〇万人達成を軽く達成しましたわ。


 それでいて、他のエルフとは一線を画すようにわたくしに備わっていた強烈な個性──垢抜あかぬけたお嬢様口調と上流階級然とした気品あふれる所作でもって、おギャップ受けの追い風をがっちりおキャッチ。


 その後も動画投稿のたびに再生数と登録者数を伸ばしていきましたわ。


 登録者数一〇〇万人に向けて冒険者街道を爆進するわたくしの姿に、老若男女が魅了されていかれたと言っても過言ではなかったのではなくて?


 そしてとうとう先日、チャンネル登録者数一〇〇万人達成の歴代最年少および最速記録という金字塔を打ち立て、さらに記録達成後の初投稿となるベヒーモス討伐の動画も歴代で過去最高の滑り出しを記録するなど、一躍スターダムの仲間入りを果たしたのでした。


 さっすがわたくし。


 オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッッッ!!!!!!


 ……ですが、それはあくまで冒険者──すなわちネット上という表舞台での話ですわ。


 では裏側であるプライベートなわたくしは?


 その答えは表向きの華々しさから一転、打って変わったように地味なものなってしまいます。


 まあこればかりは有名人の宿命というものでしょうか。


 仕方のないことだと甘んじておりますわ。


 とにかく、まさに光と陰。


 その陰を象徴するかのようにわたくしは今、人通りの少ないとある田舎街の通りの、さらに隅っこのほうをなるべく人目につかないように歩いています。


 もちろん頭からすっぽり外套がいとうを被るという、俗に言うお忍びルックで。


 自慢の金髪も、それをツインテールにアップしたことによって視認性が高まる立派なエルフ耳も、エルフの伝統的狩り装束も、白日の下にさらけ出すことなくぜんぶ外套の内側。


 東都の腕利きの鍛冶職人謹製のオーダーメイドの弓も、万が一足がつかないように布にくるんで背負うという用意周到ぶりです。


 わたくしだってバレてしまっては、民衆が混乱してしまいますからね。


 さて、わたくしがなんでそこまでして外を出歩いているのかと言いますと、それは少々込み入った事情があるんですの。


 って、あら?


 早速お目当てのものを発見いたしましたわ!


 レンガ造りの建物と石畳が織り成すのどかな街並みの一画で、立ち話をしている若い殿方二人組!


 ……え?


 とんだビッチですってぇ!?


 ご冗談ッ!!


 わたくしをその辺のサキュバスと一緒にしないで下さいまし!


 そもそもわたくしは、若い殿方どころか親族以外の方と面と向かってお話をしたことすらろくに……って、そんなことより!


 一見男あさりのように見えるかも知れませんけど、わたくしが探しているのは身代わり? になってくれるような方。


 そう、いま現在進行中の望まない縁談を断るため、うまい具合に恋人の振りをしてくれる男性を探しているんですのよ!


 それもこれも、お母様のせいですわ!


 知り合いのつてだとかでもらってきたその縁談を、わたくしに確認もなしにお返事してしまうだなんて!


 時々とんでもないことを思いつきで行動して、それを成し遂げるまで周りに一切お耳を貸さない。


 んもうっ!!


 お母様の悪い癖!


『ハサミちゃんももういい歳だからタイミング的にも調度良いと思うの。まあその縁談を結んだら冒険者は引退して欲しいってことみたいだけど、そろそろ切りの良いところで引退すれば大丈夫じゃない?』


 何が大丈夫じゃない? なんですの!


 全然大丈夫じゃないに決まってるじゃありませんのそんなこと!


 わたくし、今は縁談とか全く興味がありませんわ。


 冒険者をまだまだ続けていきたいんですのよ。


 一応誤解のないように言っておきますが、わたくしはお母様と別に仲が悪い訳ではありませんわ。


 むしろ良い方。


 なにせわたくしの動画をお母様に撮って貰ってるくらいですから。


 ですがさすがにその話が出た時は、お母様が相手と言えど烈火の如く反対させていただきましたわ。


 けれども先ほども言いました通り、お母様は聞く耳ゼロ。


 もう苦肉の策でしたわ。


『わ、わたくし実は、既に今お付き合いしている殿方がおりまして……ですから! その縁談はどうかご遠慮させてくださいまし!』


 冒険者人生を懸けての真っ赤なおウソ!


 ところが意外なことに、縁談を持ってきた時以上に嬉しそうにしたお母様。


 もしかしてわたくしってば、弓の他にお芝居の才能も!?


 なんて思っていたのも束の間。


『じゃあ今度その人に会わせてね。そうしたら、おかあさんのほうで縁談は断っておくから』


 わたくしの反撃もここまで。


 むしろ返り討ち。


 めっちゃキレーな墓穴を掘っちまいましたわ!


 っと、ごめんあそばせ。


 少々言葉遣いが乱れてしまいましたわね。


 ですがそれくらい動揺して、切羽詰まってるってことなんですのよ。


 そう、もはや後には引けない。


 騙すことになるお母様に対しても身代わりにされるまだ見ぬ誰かに対しても、正直言って後ろめたいというものですが、背に腹はかえられません。


 冒険者人生を懸けてここはいかせていただきますわ。


 というわけでわたくしは断腸の思いで、立ち話をしているお二方に思い切ってお声をかけようとした、まさにその時でした。


「そういやお前の推し誰よ?」

「そんなんハサミ・ミラージュに決まってんだろ」

「っぱそうだよな、俺もそうだし」


 そんな会話を聞いてしまったんですの。


 わたくしは固まってしまいましたわ。


 よりにもよってわたくしのことをピンポイントで、ということ以上に、広く不特定多数に認知されてしまっているこの身への憎さで、と言ったところでしょうか。


 駄目なんですのよ、ハサミ・ミラージュという存在を知っていては!


 そんなの要件を話したら最後、わたくしが身代わりを探すような良からぬことをしているって、ネット上で言いふらされてしまうに決まってるじゃありませんの!


 お二方は会話をしながらその場を後にしていきました。


 内心ホッとします。


 あの方たちを巻き込まずに済んで。


 ですが同時に痛感させられていましたわ。


 身代わりさんを見つけることの想像以上の難しさというものを。


 ただ同い年くらいの男性、というだけでは駄目。


 あまり言葉はよくありませんが、まずは汚れ役を引き受けてくれるようなお人好し。


 その上ネットで暴露したり、事が済んでからも付きまとったりといったことがないように、わたくしに対する認知度はゼロに近ければ近いほどいいですわね。


 もういっそ、わたくしのことをどこの馬の骨ともわからないものと認識し、哀れな小娘に一肌脱いでやるかくらいの気位でいてくれる御仁ならば、後ろめたさも最小限で済むのではなくって。


 果てはぞんざいに『おい』だの『お前』だのと呼び捨て、こちらの罪悪感を相殺してくれるほどの不遜極ふそんきわまりない態度で接してくれれば、言うことはないような気さえしてきますわ。


「……、」


 そんな都合の良いほどに突き抜けて変わっているお方なんております!?


 無理ゲーにもほどがありますわよ!!


「はあ……」


 余りにも高い壁に意気消沈してしまったわたくし。


 途方に暮れ、さまようようにあてもなくブレイクの街を歩きます。


 歩く。


 歩く。


 ふと気がつけば、街並みの中でも一際大きくて堅牢けんろうな造りの建物──街の冒険者ギルドの前までやってきていましたわ。


 ここなら、確かに若い男性冒険者さんならたくさんいらっしゃいますでしょうけど、わたくしのことを知らないとなると……。


 ですが、ここはある意味でわたくしの憧れの場所。


 仲間同士で動画を撮り合ったり、アップロードする前に動画を見せ合ったり。


 チャンネル登録者数一〇〇万人のわたくしががれて、ついぞ手に入れられなかった再生数二、三ケタ台の日々がここにはある。


 吸い寄せられるようにしてギルドの扉に手が伸びていたのは、やはりそういった憧れのせいだったのでしょうね。


 そして指先が取っ手に触れようかというその瞬間、


『『『ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!』』』

「──ッ!?」


 扉の向こうから突然、大勢の大笑いのような声が聞こえてきました。


 はっと我に返ります。


 自分は何を思ってギルドの扉など開けようとしていたのだ、と。


 唇をんできびすを返します。


 依然鳴り止まないお下品なおバカ笑いを、わたくしへ対する嘲笑のように背負ってしまう格好になるのもいとわずに。


 中を覗かなくていいのかって?


 そんなのいいに決まってるじゃありませんの!


 だってわたくしは、ハサミ・ミラージュとして画面の中だけで生きていくと、とっくの昔に決めているんですもの!!

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