第二章 駆け出しの日々、ところがいきなり……

第13話 インタールード ザ ファンタジー

 第一のきっかけは、やはりこれに尽きるだろう。


 討伐クエスト完了の証拠としての、クエスト開始から終了に至るまでの様子の一場面ないし連続した場面の第三者への可視化。


 それまでの討伐クエスト完了をギルドに報告する際の手段というのは、討伐対象の死骸の全部または一部を証拠として持ち帰って受付に提出するというのが一般的だった。


 だがそれだと証拠をでっち上げたり使いまわしたり、自分以外の誰かに討伐してもらったのを自分の成果のように報告したりと、不正が付け入る隙きを生んでしまっていた。


 そして実際にそういった不正が広く横行おうこうし、問題視されていた。


 その解決策として、魔法技術を応用し、ある一場面を魔法的に記録する技術として『写真』が生み出され、さらにそれを元に連続した場面を魔法的に記録する技術として『映像』が生み出された。


 それらの『写真』と『映像』を再現することは便宜べんぎ上、『撮影』として魔法技術的に体系化され、その『撮影』技術を機能させるのために白羽の矢が立ったのは、やはりスローイングマジックホルダー・通称スマホだった。


 もともとあらゆる魔法を、使用者の魔力の有無に関わらずにそれ一つの独立した形で再現する魔術機構――いわゆる『レガシー』として、初期の段階から非常に高い完成度を誇っていたスマホだ。


 魔法技術の一環である『撮影』にも、ハードとソフトの両方の面で優秀ともいえる順応性が確認されたし、既に冒険者には一定の馴染みがあることも加わり、『撮影』機能が組み込まれる媒体となるのは当然と言えた。


 かくして討伐クエスト完了の報告は、クエストの様子を『撮影』機能のあるスマホで撮った『写真』または『映像』を、証拠として提出するのが通例となった。 


 時を同じくして、魔力波を用いた世界的な通信ネットワーク網の構築も、革新的に進められていた。


 離れた場所でも『レガシー』であるスマホを介して音声のやり取りをし合う『伝話でんわ』の構想から始まり、音声以外にも文字や魔力データなどの情報もやり取りされるようになった。


 そしてスマホへの『撮影』機能の搭載にともなって、『写真』や『映像』などの大容量の魔力データをやり取りするニーズが生まれ、それにしっかり応える形での魔力波通信技術の性能向上や規格整備、中継基地や各種魔力サーバの強化、そしてネットワークコンテンツ自体の多様化など、魔力ネットワーク界隈かいわいは目まぐるしい発展を急速にげていった。


 スマホはもはや、冒険者が魔物を攻撃したり人体の傷をやすためだけに使う『レガシー』ではなくなった。


 社会生活にはなくてはならない通信インフラとして、冒険者以外の人々の手にも広く行き渡る『レガシー』になったのだ。


 そしてここに満を持して、第二のきっかけが誕生する。



『パオーンマンモスだ。空想上の生き物「ゾウ」のモデルってだけあって、やっぱり鼻が長いね。最高にイカしてる。でも殺すね。でないとこっちが殺されるから』



 向こうにいる鼻の長い四足歩行の魔物について少しおどけたように説明した冒険者の男は、勇猛果敢ゆうもうかかんに剣を振りかざしてその巨体に立ち向かっていき、激闘の末に見事それを討ち倒した。


 いわゆる『例の動画投稿サイト』の、記念すべき第一号だ。


 それまでクエストの証拠として使うか、メールに添付てんぷして仲間同士で見せあったりするだけだったクエストの動画が、不特定多数から閲覧えつらんできる状態でネットワーク上にアップロードされた初めての瞬間だった。


 現在でこそ専らショート動画──視聴者への挨拶や何を倒すかの前口上すら省き、十五秒から長くて三十秒ほどの間に一瞬のハイライトシーンをいくつも凝縮させたフォーマットが主流となったが、これは原初の代物だけあって編集などは一切されていない。


 自己紹介から汗と返り血に塗れた引きの挨拶までぶっ通し。


 それでも──いや、それこそが歴史を変えた記念碑的な三十分間だった。


 そもそもが、動画投稿という概念すらなかった時期だ。


 サイト自体も、まるで何かの手違いで開発途中のものを誤ってリリースしてしまったかのような、必要最低限ながら明らかに説明不足なユーザーインターフェースで、なんのプラットフォームなのかすらもわからないようなお粗末そまつ極まりないもの。


 ゆえに、最初のそれが刀剣を鍛える鍛冶の手元を映したものだったなら、あるいは薬草を採取する様子を映したものだったなら、歴史はそれらの原典を踏襲とうしゅうした道を歩んだことだろう。


 だが、そうはならなかった。


 サイトの仕様は理解できていたのか、はたまた何もわからずタップできる箇所をタップしていったら、たまたまそういう結果になってしまったのか。


 とにかく彼がモンスターを討伐する動画を上げた。


 その瞬間に、一つの時代が終わり、一つの時代が幕を開けた。


 冒険者とは、ただ単にモンスターを討伐する存在から、モンスターを討伐した様子を不特定多数に見られる存在へ進化したのだ。



 第一号の投稿からそう間を空けずに、彼のフォロワーが出現して同じような動画を投稿していった。


 冒険者は動画を投稿し、それに感銘を受けた別の冒険者がまた動画を投稿する。


 そういったサイクルの余波はいつしか冒険者の外へと伝わって、冒険者自体の数が増えるとともに、冒険者以外の一般人も動画を視聴するようになり、サイトのアクセス数は爆発的に増えた。


 視聴者という存在は動画の再生数や冒険者のチャンネルの登録者数に如実に反映される形であらわれ、数字的指標による競争化が進み、ある種のエンターテインメントの色合いが強まった。


 一過性のムーヴメントで終焉しゅうえんすることなく、件の動画投稿サイトはそれ自体が世界的娯楽として定着したのだった。


 またプラットフォームの拡大に伴い、サイトにインセンティブが導入されるようになり、冒険者の収入源は純粋なクエストの報酬の他に、動画の再生数に応じた報酬がサイトから支払われるようになった。


 冒険者に対する日雇い労働者という認識は過去の物となり、ましてトップ層などはまだ人族が魔王軍と戦っていた太古の時代でいうところの、『勇者』に匹敵するほどの英雄的扱いをされていると言っても過言ではない。


 そんな冒険者のトップ層、チャンネル登録者数ランキング上位十傑じゅっけつの中に、彼女──ハサミ・ミラージュの名前はあった。

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