第12話 エクスプロージョン

 行き着いた先は行き止まりだった。


 少し開けたようなこの場所には、来た道以外に道がない。


「くそッ……! 何か武器になりそうな物も……落ちてねえ!!」


 俺とネネちゃんは必然的に奥のほうまで追いやられるように進むしかなく、そう間も置かずに回復術士の一団もここへ到着した。


 男一人を先頭に、なんとオークが三匹にゴブリンが三〇匹ほどだった。


 追いかける途中で仲間を連れてきたらしい。


 回復術士は前歯が抜けたのがよく見えてしまうほどに大口を開けて、怨嗟えんさの大声を放った。


「よくもやってくれたな三下がァ!! 元の歯がなかったら回復術でも治せないんだぞッ!!」

「だったらこんな所で油なんか売ってないで、一生地べたを這いつくばって探してりゃいいだろうが!!」

「もちろんそうさせてもらうよ。お前を殺した後、その子を使って増やしたゴブリンどもを使ってなァッ!!」


 あーもうなんなんですかこの回復術士!


 デリカシーなさ過ぎ!


 増やすとかそういうの、ネネちゃんには聞かせたくなかったのに!


 けれどもそんな俺と回復術士のののしり合いに、当のネネちゃんは全く動じないどころか、あろうことか俺のことをかばうかのようにして一歩前へ踏み出た。


「大丈夫、わたしがなんとかするから。剣を持ってるゴブリンからそれを奪い取れさえすれば、なんとかできる!」

「なッ!? いやでもッ──」


 あの数だ。


 いくらネネちゃんのスピードが圧倒的とは言え、数の暴力の前にはからめ取られるのは時間の問題のような気もする。


 ならいっそ、俺が『機神視点デウスフォーカス』を自身にかけて特攻したほうがいいか。


 いや、そもそも『機神視点デウスフォーカス』をかけるならネネちゃんのほうがまだ勝機があるか。


 などと考えあぐねていた。


 でもどの道カメラアプリを起動させないことには始まらない。


 そう思ってスマートフォンを自身のポケットから取り出し、カメラアプリを起動させ、それがたまたまネネちゃんのほうに向いた、まさにその時だった。


 ヴヴヴヴヴヴヴーッ!! と。


 何やら大きなバイブ音がして、「きゃっ!」とびっくりしたネネちゃんが自身のポケットを押さえつける事態となった。


「わたしのスマホが振動してる!? な、なに!? なんなの!?」


 ネネちゃんは突然の出来事に面食らいながらも、元凶である彼女自身のスマホを急いで取り出した。


 瞬間、手にしたスマホの背面の虚空に赤色の魔法陣が展開された。


 


「うそっ、スロマジが発射シークエンスに入ってる!? それもこんなに大きな魔法陣で!? な、なんで……」


 俺には思い当たる節があった。


 ネネちゃんからスマホ──スローイングマジックホルダーを借りたときのことだ。


「俺、ネネちゃんからスマホを借りてポップアップを踏んだよね? その直前に、もしかしたらスロマジもタップしてたかもしれない……」


 その一言で充分だった。


 逃げる途中でネネちゃんのポケットの中で行われていた一連の動画の再生が今この時を持って終わりを告げ、本来行われるはずだったスロマジの起動にようやくタスクが移行した。


「そっか、あの時……ッ!」


 その事実にはネネちゃんも気づいたようだった。


 そして巨大な魔法陣の理由も、俺とネネちゃんの間でとうに共有済みだった。


「す、すごい……。わたしの持ってる何の変哲もないただの第一階位のスロマジが、最高ランクの第五階位に……ッ! これが、トウガくんのエフェクトなんだ!」

「ああ、俺のエフェクト『機神視点デウスフォーカス』は被写体一人を守ったり強化したりする、いわば見えざる鎧。そして見えざる鎧は、その外側へは見えざる剣となって牙を剥くんだ!」


 数センチ台の魔法陣。


 そこから放たれる、児戯のようなささやかな魔法。


 そんな心もとない素材は見えざる鎧の屈折によって何倍にも膨れ上がって像を結ぶということを、エフェクト使い同士、阿吽あうんの呼吸でわかり合っていた。


 あわれなのは何も知らない回復術士だ。


「ヒッ……!! あの女、なんであんな強いスロマジを持っているんだ!? 僕が見た時は確かに弱いスロマジしかなかった……。だから削除せずに捨て置いたっていうのにッ!?」


 男は何やら緑の一団に指示を飛ばしたようだった。


 ごたつき始めたところを見るに、どうやらゴブリンとオークを壁にするらしいが、むしろそのほうが好都合まであった。


 これでネネちゃんが遠慮せずにスロマジをぶっ放せるというもの。


 せいぜい肉の壁の後ろで震えてろクズ野郎!


 ネネちゃんはスマホを両手横持ちで緑の壁のほうへと向けた。


 スマホのバイブがより一層強くなり、魔法陣が強烈な振動を放っていて、それがまるで空気を伝播でんぱしていってるかのように空間全体が激しく揺さぶられていたんだ。


 彼女の足下から紅蓮ぐれんの渦が巻き起こる。


 はからずもそう、俺がタップしていた属性とは、すなわち炎。


 この場における正義の象徴。


 さらにはネネちゃんの未来の暗示。


 これから彼女が冒険者として歩む道を、明るく照らしてくれているように思えてならない。


 ネネちゃんの足下の渦はいつしか寄り集まって、とある一つのシルエットを形成していた。


 まるで人の形をしているように見えるそれがより一層激しく燃え上がったと思ったら、なんと炎が弾け飛んで中から本当に人が顕現けんげんした!?


 いや、魔法による立体映像的な何かだろうか。


 とにかく赤を基調としたローブに身を包み、大きなウィッチハットを目深まぶかにかぶった、ネネちゃんの平均サイズの身長と同じくらいの女性のようだった。


 その手には、先端に赤い宝玉が埋め込まれた大きな杖が握られていた。


「こ、これはっ!?」

「第五階位のスロマジには、人の名前が付けられているの。その魔法にゆかりのある歴史上の偉人や、神話の登場人物の名前が。そしてスロマジを撃つ時に、その人が立体映像になって現れて、いっしょになってスロマジを撃ってくれる。そういう演出なの!」


 ネネちゃんの言葉通りに、ビジョンは彼女のそばに寄り添うようにして立った。


 そしてネネちゃんがスマホを向けているのと同じ方向に、杖を掲げてくれた。


「今のわたしたちには、いにしえのアークウィザード様がついていてくれてる!」


 魔法陣の前に、無数の火の粉が寄り集まるようにして球体が形成されていく。


 放たれるのを今か今かとこらえきれないように次第に大きくなっていく。


 いよいよ二メートルの魔法陣とほぼ変わらないくらいまでふくれ上がった。


 準備は整った。


 スクロールひとつ、フリックひとつ、タップひとつで、万物ばんぶつことわりがいとも容易たやすく書き換えられる。


 これがこの世界の、


「魔法──ッ!?」

「『メイ・ミィ───────────────グ』ッッッ!!!!!!」


 ネネちゃんはそばに現れ立った人物のものと思われる名前を叫んだ。


 瞬間、球体が極太の炎の矢になって射出。


 高速で緑の壁に着弾し、爆発。


 それは空間の天井の半分ほどが吹き飛んでしまうほどの、凄まじい威力だった。


 どうやらいつの間にか、地表近くの所まで辿り着いていたらしい。


 立っていられないほどの爆風が収まった後、吹き抜けになった天井からは青空が覗いていた。

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