剣と魔法とネットの異世界
ポップアップに導かれ、画面は元いた世界にもあったような動画サイトへと飛んでいた。
自動で動画が読み込まれており、再生が始まる。
ショート動画などに見られる縦長の画角の中央には一人の少女のバストアップ。
彼女はエルフだった。
サラサラのロングストレートの金髪をツインテールにアップしたことにより、視認性がより高まった耳──人間のとは似ても似つかないような尖ったそれが何よりの証拠だ。
自信に満ちた
同時に、彼女の後ろから迫り来る存在の像も結ばれていく。
ほぼ背景全体として映し出されているくらいに巨大な、牛のような化け物だった。
画面の下辺りに出ているタイトルの中には、ベヒーモスの文字。
彼女は動じず優雅に
そして堂々とした所作で矢を
右前脚に命中。
その後、場面は次々と切り替わっていった。
左前脚、肩、脇腹、左右の後ろ脚、首筋など。
とにかく矢が標的を射る瞬間の、一つひとつは一秒にも満たないような場面が次々と繋ぎ合わされていく。
最後はエルフの少女の後ろ姿の、そのまたさらに真後ろからベヒーモスを見据える、最初の場面に似た構図。
彼女の放った矢は一直線に牛の化け物の額の辺り──前方に突き出た巨大な二本の角の真ん中やや下に命中し、巨体は断末魔と共に沈んだ。
時間にしてほんの十五秒とかそこらだろうか。
それを横倒しにして中身をばらまいたかのような、惜しげもないハイライトシーンの応酬だった。
縦長の画角の中で場面が目まぐるしく転換される、いわゆる切り抜きテイストのショート動画だ。
フォーマット自体は馴染みがあるそれでも、内容は俺の想像だにしなかったような異次元のパフォーマンスだったんだ。
「こ、これは……ッ?」
「そっか、これもトウガくんにとっては初めてなんだ」
「いや、はじめてというか……。冒険者? のような存在の人たちがモンスターのことを倒すってのはなんとなく予想はついてたんだけど、まさかそれを動画にして投稿してるだなんて思わなくて。ていうかそもそも、ネットのようなものがあること自体が予想外で……」
「えっとね、この世界には冒険者って人たちがいて、モンスターを倒すところを仲間内同士なんかでスマホで撮り合って、この動画投稿サイトに投稿して世界中の人たちに見てもらっているの。一〇年くらい前、このサイトが出来てからずっとそうなんだよ。もちろんモンスターを倒すだけなら、そのずっと前の大昔からされていたけどね」
それでね、と言うとネネちゃんは少し照れ臭そうにした。
「笑わないで聞いてほしいんだけど、わたしもその冒険者の人たちみたいに、こんな風に動画を撮って投稿したいなって思ってたんだ。だから、心の声っていうのかな。地上で意識が朦朧としてた時、トウガくんに撮ってなんてお願いしちゃったんだと思う。本当にごめんね。それで危険な目に合わせちゃって」
この異世界に来て、正直驚きの連続だった。
だがこの動画投稿サイトの
彼らの
けれどもその一方で、
ネネちゃんが憧れるのもわかるような気がした。
まるでコーラにメントスを入れるような感覚でモンスターを狩る。
普段の日常と戦いの狂気とが薄皮一枚隔てて隣り合いながらも、誰の手の中にも
ここはそんな剣と魔法とネットの異世界であると、俺が思い知らされた瞬間だった。
同時にとある決意が芽生えた。
だから言ったんだ。
「ネネちゃん、危険なことに巻き込んだなんてとんでもない。俺で良かったら、これから先もずっと危険なことに巻き込んでくれていいよ」
「えっ、それって……」
少し戸惑ってもいるようなネネちゃんに対して一つ頷き、持っていたスローイングマジックホルダーを持ち主の元へと差し出す。
「ネネちゃんがコレで俺にしてほしいって言ったことだよ」
忘れたとは言わせないと云わんばかりの決意のこもった俺の口調に、ネネちゃんも思わずといったふうにスマホを受け取っていた。
「俺に、ネネちゃんの動画を撮らせてくれ!」
運命、というほど大仰な訳じゃないと思う。
かと言ってなし崩し的、というようなおざなりな訳ではもちろんない。
なんて言うんだろうな、とにかくこうするのが一番自然でしっくりいくような気がした。
それが一番シンプルだ。
シンプルにネネちゃんの力になりたいと思ったんだ。
少しの間、自身のスマホを胸の前で両手で握り込んでいたネネちゃんは言葉を詰まらせていた。
けれどゆっくりと心を落ち着かせるようにしながら、恐る恐るといった感じで、
「い、いいの? わたしの動画を撮る、って……」
「ああ、もちろんだよ」
彼女の澄んだ黒い瞳は潤んでいるようにさえ見えた。
「うれしい……。ありがとう、トウガくん!」
半分泣きながらも笑顔が咲いた、直後の出来事だった。
「GOBUUUUUUU──ッ!!」
突然、『ゴブー』と聞こえなくもないような鳴き声が聞こえた。
俺とネネちゃんが弾かれるようにその音源のほうを見やった先、この場所への入口あたりに一匹のゴブリンが現れていて、こっちを指差していた。
その個体はすぐに背後を振り返って、通路のほうに向けてまた何か叫ぶ。
仲間や回復術士に、俺たちを見つけたことを知らせているに違いなかった。
「しまった! あいつらのこと、すっかり忘れてた!」
「とにかく逃げよう! 今のわたしたちには武器がない!」
俺たちは急いでその場をあとにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます