ネネちゃんのエフェクト
「ええぇぇっ!?」
にわかには信じられなかった。
だが彼女は冗談を言ったり、口裏を合わせるためや冷やかしのために言ったりしているようにも見えない。
その手にしたスローイング・マジック・ホルダーを、先程までの何気ない感じとは打って変わって、重々しい手付きで操作し始めたからだ。
けれども、あろうことかネネちゃんはただの洞窟の壁を録画し出したんだ。
それも当人は目を閉じて。
そんな不可解な行為は、この場に居合わせれば誰しもが眉をひそめてもおかしくない。
だが俺は違う。
同じエフェクトという特殊能力のようなものを持っている、ということになっている身として、ネネちゃんの
一歩、また一歩と。
その場で足踏みをするように少しずつ向きを変えているネネちゃん。
するととある地点で、それまで真剣そのものといった彼女の表情がふと緩んだ。
それどころかいっそ、軽く吹き出してしまったようにさえ俺の目には映った。
ネネちゃんはそのまま目を開けると、スマホの位置をなるべくずらさないようにしながらビデオモードから写真モードに切り替えた。
そして改めて目を閉じ、写真を撮った。
再び目を開けたネネちゃんは、今しがた単に壁を写しただけの画像が表示されているはずのスマホの画面に視線を落として、やっぱり少し吹き出した。
「普段はこんなことしないよ。他人のプライバシーを覗くなんて行為は絶対に。でも今は別。緊急時の敵情視察って名目かな。そもそもあんな悪人、配慮する必要なんてないかもしれないけどね」
言いつつスマホを差し出してくる。
受け取った俺は、その画面に写っている画像を見て我が目を疑った。
そこには本来写っているはずがない、さっきの回復術士の姿が写されていたからだ。
地べたにへばりついて、必死に何かを探しているような格好だ。
おそらくは場所も先程の広い空間からは移動していないものと見受けられる。
そんな姿が、被写体からわずか二、三メートルといった距離で切り取られ、画面に収まっていた。
周りでは、ゴブリンやオークも同じような体勢で何かを探している姿も写り込んでいた。
「おかしいよね、あの人。わたしたちを追っかけることよりも、折れた自分の歯を探すことを優先させてる。ゴブリンやオークにも『なんとしても歯を見つけ出せ』って、何度も言ってた」
「言ってた!? 聞こえたってこと!?」
「うん、聞こえるし見える。動画を撮影中に目を閉じて任意の人物一人を思い浮かべて、カメラを向ける方向とその人の現在地が一致すれば、その人のリアルタイムの様子が映像となって脳内に流れ込んでくるの。ただしその人はわたしが肉眼で顔を見たことがある人に限るって条件付きだけど」
事も無げに彼女は言う。
「そしてその位置を保ったまま写真モードに切り替えて撮影すると、その時の対象を静止画として残すことも出来るんだよ」
「な、なるほど……。それがネネちゃんのエフェクト……。確かにカメラのレンズを通してる……」
仮に俺のエフェクトをある種の身体強化と位置付けたなら、さしずめ彼女のそれは動画では千里眼、静止画では念写といったところだろうか。
「半年くらい前、わたしが初めてスマホに触れた時にこの能力が発現したの。何ていうのかな、今わたしが説明したような内容が一瞬で頭の中に降って来たような感じがして、実際にその通りのことをしたら本当にできちゃった、って感じなんだ」
「そうだったんだ……」
「うん。で、その時にこの力はエフェクトっていう力のうちの一つの、『マキナエンコード』だっていう情報まで頭の中に流れてきた。人って字に機械の機でマキナ。そして圧縮でエンコード」
まさに見えざる目『
確かにエフェクトは数あるものというのは女神様から聞かされていた。
見えざる鎧の他に見えざる目があっても不思議じゃない。
けれどにわかには信じられないのは、それを現地人であるネネちゃんが持っているってことだ。
どうやらエフェクトとは転生人だけのもの、という考えを改めなくちゃいけないらしい。
そしてさらに、異世界で一番最初に出会った人物であるネネちゃんがその能力を持っているという事実。
通りでネネちゃんがエフェクトについて理解力が高かった訳なんだけど、果たしてこれは偶然なのか、必然なのか……。
とにかくこれほどの証拠を突き付けられては、俺としても信じざるを得なかった。
が、それとは別に由々しき事態が!
「あ、あとね、圧縮ってだけあってもうひとつ──って、どうしたのトウガくん? 身震いしたと思ったら、いきなり背中のあたりを掻き出して!?」
「いや、ごめん。でもちょっと、その『
「あ、やっぱり刀我くんもそう思う……? ヘン、だよね……、『
見る見る内に瞳からハイライトが消えていってしまってるネネちゃんに、俺は慌ててフォローを入れる。
「あー待って待ってっ! そんな一人で抱え込まないで! 俺のだって負けず劣らずアレな名前だから!」
すると、ピコーンなんて効果音が聞こえてきそうなほど、ネネちゃんはテンションを一八〇度変え、
「そうだ! トウガくんもエフェクト持ってるんだった! ねえねえ、トウガくんのエフェクトはなんて名前なの?」
「えーと……」
改まって聞かれると、それはそれでやっぱ言いづらいなと思う俺。
だが羞恥心を押し殺して、なんとか声を絞り出す。
「で、でうすふぉーかす……」
身震いしそうなの必死にを抑えながら、
「機械の機に神様の神、そして見るとかの視点で、『
「ふーん、『
「そ、そうかな!?」
「そうだよ。それでね──」
彼女は少し改まったようにして、
「わたし、この能力に目覚めた時、正直気味が悪かったんだ。けれど恐る恐る試すうちに、力を使うと意識さえしなければカメラアプリで行う一切の動作に支障はないってわかって、力を受け入れうまく付き合えるまでになった」
でも、と。
「この力の原理が何でどうしてわたしに発現したのかっていう、一番
そんな浮かない顔のネネちゃんだったが、一転して嬉しそうにも少し照れくさそうにもして俺に向き合った。
「でも、トウガくんに会えて、トウガくんも同じエフェクトを持ってるって教えてもらって、よかった。こんなよくわからない能力を持ってるのが、わたしだけじゃないってわかって、ちょっと楽になれた。ありがとう、ちゃんと話してくれて」
そして、これまでで一番の笑顔を見せた。
「だから、トウガくんの言ってることは全部信じるよ。この世界のこと、たぶんわからないことだらけだと思うから、なんでも聞いてね」
「ネネちゃん……」
彼女の言葉に、どれほど救われただろうか。
異世界での
ようやくこの世界に受け入れられたような、手を差し伸べてもらえたような気さえした。
体の芯で強張っていたものが氷解していく。
同時に、やっぱり美少女の急接近にドギマギしてしまう。
「い、いやー俺としてもそう言ってもらえるとすごい有り難いというか、異世界ではじめて出会ったのがネネちゃんちゃんのような理解力のある人でよかったよー! いや、ほんと! ハハハ……」
照れ隠しに、少し話題を変えてみる。
「そ、そうだ! 俺も、その……スロマジ? 使ってみたいなー、なんて……」
と、いうわけで。
ネネちゃんからスローイングマジックホルダーを借りることに成功。
スマホこと スローイングマジックホルダーはスマートフォンと遜色ない作りで、スロマジアプリがどのアイコンなのかくらいしかネネちゃんに質問することがなかった。
そして画面はスロマジがいくつも並ぶ選択画面。
さっそくスロマジとやらを試そうと画面をタップしたかしなかったかといったその時、ポップアップ通知が表示され、そこに指が触れてしまった。
画面が切り替わった。
「んん!? これは……ッ!?」
この世界の真実が、そこにはあった。
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