第9話 スマホはスマホでも

 ちょうど開けた場所に差し掛かった時だった。


 なるべく地上へと出られそうなルートを選び続け、追っ手が来るような気配もない。


 俺は一息つくがてら、この一連の騒ぎについての説明をネネちゃんにしてみた。


 すると概ね理解してくれたらしく、


「わたしの住んでる街でも噂になってたの。街の近くにゴブリンやオークの巣が新しくできたみたいだって。そして特定のモンスターを操る杖が、ダンジョンで見つかることがあるってことも聞いたことがある。それらを踏まえると、やっぱり色々と辻褄があってくるね」


 もちろん回復術士がネネちゃんに対して行おうとしていた仕打ちは伏せた。


 それでもヤツは、操ったゴブリンとオークを使って何やら良からぬことを企てていた悪人、という解釈で一致できたみたいだった。


「それより、トウガくんは怪我とか大丈夫なの!? 地上からここまで落ちているはずなのに……」

「あぁ、このボロボロの服の割に体は全然大丈夫だよ、一時的だけど」

「一時的?」

「えっと、覚えてるかな? 地上で話したエフェクトってやつなんだけど」

「あっ」

「こうやって自撮りをしてるうちは、傷とか痛みは全然感じないんだ」

「大変っ! それじゃ、自撮りを止めたらまた傷や痛みがぶり返してくるってことだよね!?」

「え、まあそうだけど……」


 この子、やけに呑み込みが早いな。


「今のうちに少しでも治療して、エフェクトを外した時の反動をなるべく減らさないと!」

「俺もそう思ってある程度処置はしたよ。ほら、この──包帯と塗り薬みたいなのを使って。あと多分ポーションってやつ? 小瓶に入った青とか緑とか赤とかの液体も飲んだから」

「そ、そうなの? でも一応、念の為にわたしがもう一回処置してあげるから! ほら、それ貸して! 腰下ろして!」


 回復術士とやりあったダメージは未対応だったこともあり、俺はお言葉に甘えることにした。


 ネネちゃんは最後には腰につけたポーチのようなところから、自前の応急セットも取り出して慣れた手付きで処置を進めていった。


 そして──


「どう? 痛くない?」

「いた……くない! うん、大丈夫だ! まだ引きつるようなところもあるけど、血も出てるような様子はないし、もう自撮りしなくても大丈夫だよ!」


 恐る恐る自撮りを外した俺は、ある程度平気なことが実感できて快哉かいさいを上げた。


 すると、お役御免のスマホをポケットにしまいフリーになった手を、あろうことかネネちゃんは自身の両手でぎゅっと握りしめてきた。


「ちょ、ちょちょちょっ……え、何!?」

「よかった、大丈夫そうで……本当によかった! ごめんなさい、わたしのせいでこんな危険なことに巻き込んじゃって。『撮って』だなんて言って……」


 図書委員ちゃんルックのカモフラージュなんて突き破って襲い掛かって来た、突然の美少女のアプローチ。


 それをまともに受けて動揺しまくっていた俺は、慣れていないこととは言えドギマギしてるのは失礼だとわかった。


 ネネちゃんは真剣なんだ。


 おそらく俺の状態が気掛かりだったか何かで、責任を感じてこうして涙を流してるくらいなんだから。


 俺は平静を装い声をかけた。


「き、気にしないでいいって! それに、危険なことに巻き込んだなんてとんでもない。ネネちゃんが身を挺して最初のオークから俺を庇ってくれてなかったら、俺はそこで死んでたんだよ。だからネネちゃんは悪くないって」

「そ、そう? そう言ってもらえると、少し気が楽になるかな。あと……、わたしのことを撮ってくれてありがとう。本当に嬉しかったんだよ」


 近い、近いって!


 こんな美少女に上目遣いで間近に迫られたら、色々経験が足りない俺はフリーズを起こしかねない。


 慌てて手を振りほどき、ネネちゃんから少し距離を取る。


 まあ厳密には彼女にべっとりとついたオークの血から、って言ったほうが正しい。


 とにかく一ミリも彼女を傷つけさせたくない俺は、早急に話題を変えることにした。


 そう、気掛かりになっていたアレだ。


「──と、そうだ。これ、さっきの回復術士が落としたみたいなんだけど。このスマホ、もしかしてネネちゃんの?」

「あっ、それ……」


 わたしのスマホ、と言うネネちゃんに、俺はブツを手渡してあげた。


「剣と一緒に取り上げられてたのかな。とにかく、拾ってくれてありがとう」

「いや、それは別にいいんだけど。ところでそれって、スマートフォン、でいいんだよね?」

「え、すまーとふぉん……?」


 なにそれおいしいの? みたいな感じでネネちゃんはキョトンとしてしまった。


 なんとなく見えてきた気がする。


 この異世界には、スマホと瓜二つの外見をしてるのにスマートフォンじゃない何かがある。


「えーと、ちなみにネネちゃんが手にしているそれ。正式名称なんてものがありましたら教えてほしいのですが……」

「『スローイング・マジック・ホルダー』だよ」

「す、スロ……えぇ!?」


 単語だけならバラバラで耳にしたことはあるが、如何いかんせん組み合わせ方が突飛過ぎてリピートアフターネネちゃんがすんなり出来ない。


「スローイングマジックホルダー。ものを投げるように、誰でも簡単に使える魔法『スローイング・マジック』、略して『スロマジ』を、保持しておく『ホルダー』で、『スローイング・マジック・ホルダー』だよ」

「なるほど、それなら確かに略したらスマホになるな」

「そうだ、せっかくだから、実際にやって見せてあげようか?」

「え、いいの!?」

「うん。わたしみたいに、魔力を全く持たずに生まれてきても、こうやって、こうして──」


 などと呟きながら、まるでSNSをチェックするように何気ない感じで片手でスマホをスッと操作しているが、


「ちょちょちょ、俺に向かって!? この距離で!?」


 魔法をぶん投げるというような例えと異世界の予備知識とを照らし合わせた時、彼女の手にしているそれからは、ファイアーボールとか、氷の槍がミサイルのようにとか、ウィンドなカッターとかが高速で射出されてもおかしくはない。


 射線上にいた俺は急いでネネちゃんの背後に退避。


 が、そんな俺を振り返ってネネちゃんは少し悲しそうに言った。


「見なくていいの?」


 促され、恐る恐るネネちゃんの手元を覗いてみる。


 すると横持ちにされたスマホ──スローイング・マジック・ホルダーがごく小さいバイブの振動を発した後、その背面の辺りに変化が起こった。


「こ、これは……ッ!?」


 まずはスマホの背面の中央、正確にはそこから一、二センチほどの虚空こくうに、赤色の光の円のようなもの──おそらくは魔法陣が五〇〇円玉くらいの大きさで展開された。


 そしてその円の更に先、これまた一、二センチの虚空に、まるでマッチのそれをそっくりそのまま切り取って移植したかのような小さな火が、ポッと灯ったんだ。


「うお……う、うおおおお!?」


 大仰おうぎょうな魔法を想像していた分、肩透かしを食らったのは事実だが、同時にちょっとした手品を見せられた時のように魅入ってしまったのも事実だった。


 と言うよりも、手品だとしてもこれは普通にレベルが高いのではと、俺が目を丸くしていると、火はフッと消えてゆく。


「今のは炎系の第一階位魔法だよ」

「ダイイチ……カイイ……?」

「基本中の基本って感じの意味。で、これが水系の第一階位」


 先程のようにネネちゃんがスマホを操作すると、やはり短く軽いスマホのバイブ音がして、スマホの背面からコイン大の小さな円形の光が出現。


 今度は青色に染まったその光の円の中心から出てきたのは、怪異には違いないがやはりかわいらしいものだった。


 五〇〇ミリペットボトルの最後の一口分といった程度の水が、ビュッと飛び出てそのまま地面にピチャッと落下したんだ。


「うお……う、おぉぉお……?」

「で、次が雷」

「雷ッ!?」


 これは期待せざるを得ないと、火の時以上のうおおおおおを喉元までスタンバイさせた俺。


 が、ネネちゃんのスマホが例の挙動を示しても、何か雷的なもの出てくる気配が一向にない。


「あんのォ……」


 そのかわりにネネちゃんがスマホを自身の頭にかざした先、彼女の三編みには束ねられていない前髪の部分がスマホの背面にフワッと吸い寄せられた。


「これは雷の第一階位もとい静電気」

「あっ、もう静電気って……」


 まさかの下敷きレベルの児戯に引きつりかけた俺の頬を撫でるは、微風。


「これは、風の第一階位」


 に至っては本当にただの風だった。


 手で扇いで出せるレベルだ。


 なんなら、スマートフォンでパタパタしても出せる。


「で、これが土の第一階位。土っぽいかぐわしい匂いをそこはかとなく発生させ──」

「お、オッケー! よくわかった、よくわかったよそれがスローイング・マジック・ホルダーだってことは!」


 俺はたまらずさえぎっていた。


 なんか思ってたのとちょっと違うが、この場はスマホはスマホでも──ということがわかれば充分だった。


 俺が遮ったことでちょっとションボリしたようなネネちゃんだったが、「あっ」と何かに気づいた様子で、


「そっか、トウガくんのいた世界のそれは、スマホはスマホでもスマートフォンっていうんだ」

「うん。もちろんこんな風に魔法なんて出せないけど──って、今なんて!? 俺のいた世界って言ったのッ!?」

「そう、だけど……?」

「じゃあ俺が別の世界から来たって、信じてくれるの!?」

「うん、信じるよ」


 彼女はストレートに、俺の目を見てこう言った。


「だって、わたしもエフェクトを持っているから」

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