第6話 見えざる鎧のウラオモテ

 また一つ、緑の矮躯わいくが宙を舞った。


 自撮りで片手がふさがったうえ、喧嘩けんかという喧嘩もしたことのないような俺の徒手空拳未満の何かでも、ゴブリンどもがスポンスポン飛んでってくれる。


 もちろんそいつらはもれなく起き上がって来ない。


 中には骨レベルでグチャってるのもいるけど、その一撃を喰らわせた時の拳や足に反動による痛みや傷が現れたなんてことも一切ナシと来た。


「すげえ、すげえぞ見えざる鎧『機神視点デウスフォーカス』! 呼び方めっちゃハズいけど! って、ん?」


 最初のやつが落とした剣を拾い上げたんだろうな。


 錆びついているが当たればそれなりに斬れそうなその剣を振りかざしながら、一匹の個体が迫って来ていた。


 そいつに向かって、ひるむことなく俺は自分から空いている右手を伸ばしに行った。


 そう、片手でその刀身を掴み取ろうって魂胆こんたんだ。


 なんせ今まで何度か腕や胴体、脚なんかにゴブリンに噛みつかれたりしたけど、痛みがないどころか服や肌にすら新しい傷ができた様子がないんだ。


 これは試してみたくなるってもんでしょ。


「うーん、やっぱこえぇ……けど、オラッ! っと、掴めちゃったよ!」


 痛みがないのはいわずもがな、ガッツリ握り込んでるのに、手のひらや指に刃がめり込んでいくなんてこともない。


 心なしか驚いた表情をしているようなあわれなゴブリンさんから、そのまま剣をひったくる。


 剣の重さは見かけよりよっぽど軽い。


 剣が本当にそうなんじゃなくて、たぶん『機神視点デウスフォーカス』の効果だな。


 俺はペンを宙に放るような手軽さで、剣をクルクルっと回転させながら放り投げ、パシッと柄に持ち替えた。


 丸腰のゴブリンさんに横薙よこなぎ一閃。


 返す刀で、後ろから迫ってきていた最後の一匹も斬り捨てた。


 地に沈んだそいつらからは、ちゃんと赤い血が。


 俺の肌には一切の傷をつけられなかった剣で、だ。


 だんだんわかってきた。


「俺の身につけている物や持っている物も、たぶん体の一部と見なされて能力の庇護下ひごかに入る。つまり見えざる鎧の内側に入るってことなんだ。実際に剣も画面内で虹色に縁取られてるし。だから見えざる鎧の外側からは俺に対して干渉できなかった剣も、内側に入ってしまえば本来通りか、もしかしたらそれ以上の切れ味で振るえたって訳だ」


 となると一番最初にゴブリンの剣を防いだスマホの背面も、たぶん傷なんてついてないだろうけど、一応念のために見ておくか、と思って。


 つい、うっかり。


 スマホをひっくり返してしまった。


「よかった、傷なんてついてなかっ──」


 直後だった。


 左手のスマホの背面に擦り傷のようなものがチロチロと走り、右手は突然実感するようになった剣の重量に反応しきれずにそれを取りこぼした。


 同時、俺は全身に激痛が走るのを感じ、立っていられずに地面に倒れ込んでいた。


 その反動でスマホも手からこぼれ落ちた。


 あばらが強烈に痛み出す。


 全身打撲のような感じがぶり返す。


 落ちる時にできた制服の切創から覗いた肌から、傷口が開いて血が流れ出す。


「あがっ、あ、あぐああぁぁあっ!?」


 丸っきり、最初の状態に戻ってしまっていた。


 いや、それだけじゃない。


 落ちた時には擦り傷程度だった右のてのひらと五指に、パックリと裂傷が開いて血が吹き出してきた。


 


 他にも、何かにガブガブと噛まれた時にできるような傷や痛みが体中に現れ出した。


 四肢の末端には、何かをボコったり蹴ったりした時の反動でできるような痛みも滲み出した。


 ああ、もうそういうことだ。


 ゴブリンと戦った時に負うはずだったけど負わなかったダメージが、今になって一気に芽吹いて来やがったんだ。


「あがッ……、が、ぐああッ……あああああッ!!」


 痛みの坩堝るつぼに放り込まれた俺は、もはやほとんど本能で動いていた。


 生存本能の限りを尽くして、スマホに手を伸ばしていたんだ。


 そしてなんとか掴み取り、フェイスカメラを自分の方に向けた。


 瞬間、バクバクの鼓動こどうと脂汗を残して全ての痛みと傷が消え去った。


 最新モデルを結構頑丈に作ってくれていたアッ○ル様には、一生足を向けて寝られる気がしないね。


 もうどの方角かわかんなくなっちゃったけど。


「ハァッ……ハアッ……。まったく、ピーキー過ぎるのにもほどがあんだろ……」


 文字通り、この身をもってわからされていた。


 見えざる鎧は強化ではあるが決して回復なんかじゃない、と。


 そして、見えざる鎧を着ている間に受けたダメージも、決してなかったことになんかしてもらえない、とも。


 能力を外した瞬間に、それらのツケはきっちり耳を揃える形で支払わされる羽目になる。


 これと同じことが、ネネちゃんにも起こっていたってことだ。


 俺はあの時にネネちゃんの撮影を止めてしまったことをこれでもかと悔やんだ。


 でも、いつまでもそうしているわけにもいかない。


「となると、だ……」


 俺は呼吸を整え、絶対に自撮りを外さないようにして立ち上がった。


 ネネちゃんのことを探したいのもやまやまだったが、まずは自分を回復させることが最優先だと考えたんだ。


 また何かの拍子で自撮りが外れたら、他人の捜索どころじゃなくなるしな。


 こうして一時的にもダメージがないことになっている今のうちに、少しでも治療行為なりをすれば、能力を外した時に多少なりともマシになっているんじゃないかっていう希望的観測って訳だ。


 少なくとも、何もしないでいるよりはよっぽど意義があると思う。


 さて。


「回復、とは言っても、異世界だったらやっぱりポーションとかかな? ゲームとかだとモンスターがドロップするんだろうけど……」


 俺は十数匹はあるゴブリンの死骸しがいを、拾い上げた剣でツンツンしながら物色していった。


 が、回復に使えそうな物は見つからなかった。


 剣を肩に担ぎ、周りに目を向けてみる。


 すぐ近くにある採掘しているような所に、何やら麻で出来た小袋のようなものがあった。


 中を見てみると──


「これ、ひょっとしたらひょっとするんじゃないか?」


 塗り薬のようなものが入っている小さな缶に、包帯。


 それと、青・緑・赤の色をした液体が入った小瓶がそれぞれ一本ずつあった。


 俺はとりあえず自撮りを外さないで出来る範囲で可能な限りの処置をした。


 回復役のポーションと思われるカラフルな小瓶も、飲んでも大丈夫そうなのを確認して煽った。


「さて体のほうは……、まあ能力下だから変化なんてわかんないか」


 自撮りを外せば本当に効いているかどうかわかるんだが、それはさすがにまだちょっと怖いんでやめた。


 とにかく俺は残った塗り薬と包帯をブレザーのポケットに拝借させてもらうと、ネネちゃんの捜索に向かうべく剣を肩にかつぎ直した。


 その時だった。


「ずいぶんと派手に暴れてくれたね」


 若い男の声だった。

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