第4話 意識は加速して

 剣は血のりを払われた後、鞘に納められた。


 オークを沈めた少女は、少し前の虫の息と打って変わって泰然自若たいぜんじじゃくとしている。


 そこで俺は今更ながらに気付いた。


 画面の中のネネちゃんの全身──その輪郭が虹色に縁取られていたんだ。


 けれど実物のネネちゃんはそんな風にはなっていない。


 気がかりではあったけど、ひとまず俺は撮影を止め、スマホをズボンのポケットにしまった。


 これで全部が終わったと思い込み、安堵感あんどかんからそうしてしまったんだ。


 直後だった。


 ドサッと、ネネちゃんは糸が切れた操り人形のそれのようなヤバい倒れ方で、地面にくずおれてしまった。 


「ネネちゃんッ!?」


 慌てて駆け寄る途中、今度は地鳴りのような振動と共に足元の地面に亀裂が入り始めた。


「な、なんだ!? 何が起こってるっていうんだよッ!?」


 亀裂はすぐに広がり、地面に大穴が空いていく。


「うわっ、うわあああああああああああああああっ!?」


 一体何がどうなってるのか全くわからないまま、俺は深淵しんえんにのまれていった。



◇◇


 光源は見る間に遠ざかっていった。


 闇が次第に深さを増していく。


 わたしことマキナネネの生涯は、どうやら地盤崩落にのまれて終わるみたい。


 だってそうだよね。


 これほどまでに重力と風圧になぶられているのに、体はなんの反射的反応を示してくれないし、声すらも、


「……あ、う……あ……」


 ほとんど出せないくらいまで、もう体に力が入らなくなってるんだから。


 でもたとえ体が動いたとしても、これはちょっと助からないかな。


 ところで、どうしてわたしの意識はこんなにえているんだろう?


 体のことを大きく置き去りにしちゃってる。


 一秒が異様に長く感じる。


 ──そっか。

 

 これが走馬灯ってやつなんだ。


 一説によると、目の前に迫った死の危険から逃れるための方法を、過去の経験から探し出すために脳がフル回転で記憶を思い起こそうとするっていう、あの走馬灯だ。


 うん。


 実際、物凄い勢いで記憶の雨が降り注いでくる。


 産まれてすぐに両親と死別してしまったというわたしを引き取って、実の孫のように育ててくれたヴェロニカおばあちゃん。


 子供心に魔法使いになりたかったわたしは、魔力がないとわかって大泣きしたけど、おばあちゃんはわたしに言ってくれた。


 魔法が使えないのなら、絵の中で魔法を使えばいい、と。


 それからは、女流画家だったおばあちゃんの元でわたしは絵に没頭した。


 けれどそのおばあちゃんに先立たれ、絵という魔法も失ったわたしに、今度は剣という魔法をかけてくれる人が現れた。


 血が繋がっていないのに本当のおねえちゃんのような存在。


 わたしの剣の師匠、シオンおねえちゃん。


 おねえちゃんみたいになりたくて、わたしは必死に剣を振って、冒険者としてギルドに登録するところまでこぎ着けることが出来た。


 本当は、他に受けるものがなかったから仕方なく受けた今日みたいな採取クエストじゃなく、討伐クエストも成功させて、その先にも行きたかったんだけど──でも、悔いはないかな。


 最後におねえちゃんや他の冒険者の人たちのマネごとみたいなことをさせてもらっただけでも、わたしはじゅうぶん果報者なんだから。


 そう、最後に動画を撮ってもらっただけでも……って、あれ?


 撮ってもらった?


 誰に?


 どうやって?


 そうだ──ニゴトウガ、くん。


 彼だ、彼に撮ってもらったんだ。


 わたしは今でこそ意識だけははっきりしているけど、オークの一撃を除け損ねて頭に小さくないダメージを負った時、意識が朦朧もうろうとしていた。


 でもそこで何で『撮って』なんて言っちゃったのかなぁ……。


 初対面の人に対して厚かましいにもほどがあるよ。


 きっと極限状態のせいで、心の奥深くで一番強く想い続けてた悲願がさらけ出されちゃったとか?


 とりあえず、それは仕方ないとして。


 私個人の欲求に付き合うなんて他人からしてみれば何のメリットもない──はずなんだけど、とにかく彼、トウガくんは何故だかためらわずにレンズを向けてくれた、と思う。


 それだけじゃない。


 一人で立つことすらままならなかったわたしが、カメラを向けられた途端に全部の痛みが引いていって、体が動くようになって、ともすれば実力よりもちょっとすごい力が出せたのは一体……。


 まさか人生の最後だからって神様が便宜を図ってくれた、なんてことはないよね……。


 ──ううん。


 その『まさか』だ。


 エフェクトだ。


 忽然こつぜんと現れたトウガくんが語った荒唐無稽こうとうむけいの中で、唯一信じれたのがそのエフェクトという言葉。


 だから別の世界とか女神様とかも信じる気になれた。


 ううん、信じざるを得なかった。


 だって、わたしもエフェクトを持っているんだから。


 わたしの場合はエフェクトの出所までは『降って』来てはくれなかっただけで、もしかしたらトウガくんみたいに神様とかが関わっているとなると、彼の言うことは真実だって信憑性が高まってくる。


 別世界とか神様とかって嘘にしては下手すぎるし。


 それに、わたしの撮影の要求とトウガくんがエフェクトの存在に気付いたタイミングが合わさって、そのうえ彼のエフェクトがそういうエフェクトだったなら、色々辻褄が合ってくる。


 やっぱり、全部本当なんだ。


 わたしとはまた違ったエフェクトを、神様から授かったニゴトウガくん。


 世界を渡った先で、死んでいくだけだったわたしの悲願を、たとえ仮初めだとしても叶えてくれた人。


 彼は今──って、どうしてわたしはいっつも肝心なことを後回しにして考え込んじゃうかな!?


 わたしのすぐ隣でカメラを向けてたんだから、この崩落にのまれてるに決まってるよね!?


「と……、がっ……」


 けれどわたしの体はどこであろうと一ミリも動いてくれない。


 体さえ動いてくれたら、わたしのエフェクトでせめてトウガくんだけでも助けられるかもしれないのに……ッ!!


 そもそも、この崩落は一体何なの!?


 まさか、あの噂は本当だったのかな。


 自律拡張型の地下迷宮──いわゆるダンジョン。


 その跡地に、ゴブリンやオークの群れが住み着いてるっていう。


 きっとそうだ。


 さっきのオークもそういうことだったんだ。


 だとしたら尚更、わたしはこんな所で重力に身を任せて死を待っている場合じゃない。


 わたしのせいで他人を危険に巻き込んでいる以上、生きてなんとかしなきゃ──いけないはずなのに、ここに来て意識さえも遠のくのを感じる。


 まるで今までの意識の加速は、ロウソクのそれと同じで燃え尽きる前の最後の輝きとでも言うかのように。


 だめ、そんなの許されないのに、あぁ……。


 粘性ねんせいを帯びていた時間の感覚が元に戻り、同時、闇が物凄い速度で襲いかかって来る。


 わたしの意識は、完全にそれと同化していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る