第3話 嘘と真実
妙だ。
僕はその違和感にすぐに気付いた。
静かすぎる。4つ目のゲートまでの警備が厳重になったと思ったら、今度は警備が全くない。
「熱源反応は?」
僕は思わず彼女に確認した。
「無いわ、全く」
彼女も意外そうな顔をして答える。
「先に進もう。立ち止まっていても仕方がない」
「ええ、そうね」
僕たちは歩き続けた。
足音意外に全くの無音。廃墟のような静けさ。
――焦ることはない。あと1つ。あと1つで外なんだ。
自分にそう言い聞かせる。
もう彼女のナビを見なくとも最後の道筋は覚えていた。
自然と早足になる。彼女が遅れているのでようやくそれに気付く。
あと少し、あと少しで5つ目のゲート――外だ。
「待って!」
彼女が俺の服の袖をつかんで引き留めた。
「ゲート前に熱源反応多数! 待ち伏せされているわ!」
しまったと思った時にはもう遅かった。
普段使うセンサー類より高性能な物を用意していたのだろう。気が付いた時には相手の探知範囲内に入っていた。
警備員と警備ロボットの集団が押し寄せてくる。
引き返して他のゲートを探そうかと思ったが、既に彼女の呼吸は荒い――走って逃げられる状況ではない。
「突っ切るぞ!」
それでも僕はなんとか活路を見出そうと、向かってくるシェルター警備の集団を突破してゲートを目指そうとした。片手で彼女の手を取り、もう片手のショックショットで警備員を狙うが、焦りから手がブレてなかなか当たらない。
ようやく命中して一人倒れたと思った時、後頭部に刺激を感じて意識を失った。
夢の中に居た。
夢だと分かる夢――明晰夢というのだろうか。
周囲は草原で、頭の上には空があった。青い空には雲が浮かんでいる。……太陽も。
これが天井のない世界。彼女が見たかった世界。
そうだ。ユーナは!? 僕は慌てて彼女を探した。
すぐに見つかった。
少し向こうの草原に横になって、穏やかな顔をして空を見上げている。
僕は彼女に声を掛けようとして、そこで夢は途切れた。
「気分はどうかね、ナオキ君?」
目が覚めるとベッドの上で、病室のような所に居るのだと分かった。
老人が僕の顔を覗き込んでいる。
「あなたは!? ユーナは!?」
僕は体を起こすと老人に次々に質問した。
「まあ、落ち着いて……部下が手荒なことをしてすまない。私はこのシェルターの管理官のルキトだ」
「管理官? わざわざなぜ?」
よくは覚えていないが、管理官といえばシェルターの重役だったはずだ。
「今回、君たちが外に出なかったのは幸運だった。出ればまた、最悪の事態が想定された」
「何を……言ってるんですか? 僕たち2人が感染して死ぬだけでしょ?」
「いや、違う! 君にはもう『真実』を教えてもいいだろう……」
真実? この老人はボケているのか?
「少し聞くが、このシェルターの役割はなんだと思う?」
「ティアーズウイルスの感染から、内部の人間を守ること……ですよね?」
「ふむ、半分正解。半分不正解といったところか……」
そう言いながら、老人は部屋の中を少し歩いた。
「『感染から守る』というのは合っているが、それ以外は間違っている。そもそも、ここは『シェルター』ではない……『隔離施設』なのだよ」
「仰ることの意味が分かりません」
「ティアーズウイルスが蔓延して世界が滅びかけたというのは本当のことだ。感染した者は大半が死んだ。だが、中には感染しているのに全く症状の出ない者が居た」
老人は語り始めた。
ティアーズウイルスに感染しても症状の出ない者は非常に厄介だった。無自覚でウイルスをばら撒くため、各国政府はその隔離に追われた。
もっとも、自身には全く症状がないが治癒しないため、隔離し続けると不平不満が溢れ、いずれ暴動などに発展する恐れが出てきた。その結果、世界が揃って「嘘」をつくことを思い付いた。
「もう分かっただろう……無自覚の感染者を選ばれた幸運な人間だと騙して隔離する……それこそがこのシェルターなのだよ」
「そんな……じゃあ、外の世界は?」
「外の世界では感染者は死に絶え、とっくの昔にティアーズウイルスの蔓延は収束している。もはやこのシェルターにすら関心がない」
「関心がないって…………そんな、僕らは……」
「そう、捨てられた」
老人はこともなげに言った。
「治療のための研究は!? されて……いるんですよね?」
老人は僕を憐れむように見た。
「最後に研究データを送ってきてからどのぐらいになるか……。資本主義というが所詮は金だ。金にならない研究を続ける気は無いらしい。最近では、シェルターに必要物資を支援することすら渋る始末だ」
全身から力が抜けていくのを感じた。そんな……
「だが、希望はある。いや、見つかったというべきか」
老人の目に光が宿った気がした。
「君と一緒にシェルターを出ようとした子、ユーナ君だ」
「彼女が……なぜ希望になるんですか?」
声が震えているのが分かった。脳の処理が追い付いていない気がする。
「捕らえた時、君と彼女の健康状態を調べて分かったのだが、彼女にはティアーズウイルスの症状が現れている」
「それが、どう希望に繋がるんです?」
「言ったはずだ。このシェルター……いや隔離施設には症状の出ない者しか居ない、と。その子孫もしかり。
だが、彼女には症状が出ている。その違いを突き詰めて研究すれば、ワクチンや特効薬が作れるかもしれない」
老人は僕の目を真正面から見据えて言った。
「研究に協力してくれるよう、君からも説得してくれないか?」
嘘偽りのない真摯な視線。だが、すぐには同意できない。
「ユーナに……会わせてください」
「分かった」
老人はユーナの部屋へと案内した。
そこまで歩く間に、ここがシェルター内でも厳重に管理されている医療研究施設だと聞いた。
「ユーナ! 入るよ!」
僕は部屋に入る前にそう声を掛けた。
「ナオキ! 無事だったの!」
部屋に入ると、ユーナは既に立ち上がっていた。
「良かった! 無事だった!」
僕は思わず彼女を抱きしめた。
彼女の体は熱く、発熱があることが分かる。症状の1つだろう。
「実は君に言わなければならないことが――」
僕は体を離すと、彼女に老人から聞いたことを伝えた。
「そう……」
彼女はベッドのふちに腰かけ考えているようだった。そして――
「私、その研究に協力します!」
彼女は小さな声だったが、はっきりとそう言った。
「そうか……ありがとう。すまない」
老人は感謝と謝罪を同時に口にした。
「いいのか!? 生きている間に完成するか、そもそも成功するかもわからないんだぞ!」
「それでも……それで多くの人が救われるなら。ううん、きっと外に出て空を見れる」
そう言って彼女は無邪気に笑った。
「空が見たいというのなら、わずかだけならば出してあげよう」
老人が唐突に言った。
「管理官さん、そんなことできるんですか!?」
僕は驚きの顔で老人を見た。
「ああ、ほんの少しだけなら、私の権限で――」
僕たちは宇宙服のような防護服を着て、2人で空を見上げている。
シェルターの外部との物資のやり取りにこれが使われているらしかった。
シェルターのゲート付近の地面はアスファルトで舗装されている。周囲は木々の生い茂った山々に囲まれていた。
空は青い。薄い雲が流れ、太陽が浮かんでいる。
「綺麗……」
彼女はうっとりした声でそう言った。
確かに綺麗だ。僕も少しの間でも外に出られて嬉しかった。でも、僕には彼女が喜んでくれたことの方がはるかに嬉しかった。
「こんな服なしで、ずっと空の下で過ごせればいいのにね」
「ああ、そうだね」
僕は彼女と一緒に居るその光景を想像した。
天井のない世界。どこまでも上に伸びる世界。
決められた時間はとっくに過ぎていった。
4年後。
僕は墓標の前に花を供えた――ユーナの墓だ。
特効薬は開発された……が、遅すぎた。ユーナの体は完成まで持たなかった。
だが、シェルターの人々は解放された。解放された人々は喜び、研究に協力したユーナと研究者たちを褒めたたえた。
「ユーナ、これでもうずっと空の下だよ」
僕はシェルター内から移設された墓にそう言った。
空はどこまでも青く、どこからか鳥の鳴き声が聞こえた。
△▼△▼シェルター△▼△▼ 異端者 @itansya
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