第2話 警備と謎

 それから3日後の深夜2時、公園にあるゲートの前で彼女と待ち合わせをした。

 ここを選んだ理由としては、深夜でも居ることがそれ程不自然に見えないからだ。万が一ここに来るまでに監視カメラに見つかっていても、ちょっと夜遊びをしているカップルにしか見えないだろう。

「大丈夫? いけそう?」

「うん、全然大丈夫だ!」

 僕はゲートに端末を接続しながら答えた。

 既に公園のゲート前監視カメラにはダミー映像を流してあった。僕たちがゲートに張り付く前の数分間程を繰り返す映像。もっとも、気付かれる可能性もゼロではない。

 僕は緊張で少し手が汗ばんでいるのに気付いた。ここを含めて、開けなければいけないゲートは5つ。この最初を突破できずにどうする! ――そう自分を奮い立たせる。

 ピーッ!

 少々間の抜けた警告音がして、ゲートが開いていく。

「行こう……外へ」

 僕は彼女の手を取った。

「そうね……空を見に行きましょ!」

 彼女が笑った。久々に見た彼女の笑顔だった。

 ゲートを通過すると、手早く閉じた。これで公園の方からは何も分からないはずだ。

 まずは、第一関門突破だ。

 僕たちの最初で最後の冒険が始まった。


「えっと……ここを右」

 彼女の端末にはGPSと連動させたシェルターの構造図が表示されていた。

 僕の端末ですることも可能だが、彼女は全部僕任せにしたくないとのことでナビゲーター役を任せることにしたのだ。

 シェルターの外部に繋がる通路は迷路のように入り組んでいて、ミノタウロスの迷宮のようだ。この「カンニングペーパー」が無ければ自力で突破はまず不可能だっただろう。

「待って! 近くに熱源反応!」

 何度目かの分岐を進もうとした僕の足が止まった。

 彼女の端末には、簡易的な物だが熱源探知機を組み込んでおいてある。

「人間か? 警備ロボットか?」

「人間にしては位置が低いし温度も高すぎるから、警備ロボットね」

「……やり過ごそう。視覚センサー以外ならせいぜい10メートルぐらいが探知範囲だから、離れていれば十分だ」

 止めるのはあくまで緊急手段だ。なるべく無駄な危険は冒したくない。

 2人で物陰に隠れていると、白い球体に近い胴体に四足のロボットが通過していった。

 音センサーに感知されないように、2人ともしばらく黙っていた。

「行ったみたいね……でも、杜撰な警備ね。探知範囲10メートルというのも――」

「狭い通路ならそれでも十分なんだろ。外に出ようとする人間なんてめったに居ないだろうし、コスト的な問題もあるんだろ」

 その返答に彼女の顔がこわばるのを感じた――しまったと思った。

「……本当にいいの?」

「何度も確認するなよ。僕たちは外に出る。空を見るんだ」

「でも、あなたは――」

 僕は彼女に最後まで言わせなかった。

「先に進もう。いつまでも見つからないという保証はないんだ」

 遮った言葉がなんなのかは分かっていた。だが、聞いたところでなんになるのだろう。

 もう決めたことだ。


 2つ目のゲートを開門。通過。


 順調に進んでいた。彼女の顔色が良くない以外は。

「少し、休もうか」

 僕の声に彼女が意外そうな顔をした。

「どうして? まだ大丈夫……」

 まずいな。こうして強がっているとなかなか折れてくれない。彼女は芯が強いところがあるが、それがこうして逆効果になる場合もある。

「いや、休もう。『僕』が、疲れた」

 そう言ってどっかりと腰を下ろした。こうでもしないと彼女は従わないだろう。

「もう……」

 そうは言いつつも、彼女も座り込んだ。

 ここは少しくぼみになっていて、周囲からは目が届きにくい場所だった。

 シェルター建造時の一時的な資材置き場だったのかもしれない。

 僕は荷物からスポーツドリンクを2本取り出すと、1本を彼女に渡した。

 彼女はお礼を言うとそれを飲み始めた。

 美味そうに飲んでいる様子を見ていると、やっぱり疲れていたんだなと思った。

「あと少しで3つ目のゲートだ」

「もう半分ぐらい進んだのね」

 あと半分もあるのか、もう半分だけなのか――そのどちらかは彼女の表情からは読み取れなかった。

「このペースだと、日の出前に出られるかな?」

「そうだったら、星空が見られて……夜明けが見えて……すごく楽しそう」

 彼女は遠い目をして言った。きっと、映像でしか知らないそれらを実際に見ることを想像しているのだろう。

「夜明けか……きっと綺麗だろうな」

 正直僕も見てみたいが、その時の彼女の笑顔の方が見てみたかった。

 この「檻」から脱出した彼女は、どんな表情をしてくれるのだろう。

 少し休むと、また歩き出した。


 3つ目のゲートを開門。通過。


 B6シェルター監視棟。

 監視カメラから送られてきた映像が何十というモニターに映し出されている。もっとも、これでも主要通路全域には至らないが。全域に付けると数が多くなりすぎるから要所要所で固定カメラを付けて、あとは警備ロボットにほぼ任せている。人間の警備員は少数だ。

 モニターの前には、若い男と中年男の二人が座っている。

「あれ?」

 退屈そうにしていた若い男が声を上げた。

「どうした?」

「これ、さっき警備ロボットが通った地点をまた同じ警備ロボットが通ってます。故障か何かで同じルートを繰り返してるんですかね?」

 そう言って若い男はモニターの1つを指さした。

 ナオキたちが先程通過したゲート前のカメラの映像だ。

「今見た映像の前に警備ロボットが通過したのはいつ頃だ?」

「えっと……5分前ぐらいですかね」

「最新の警備ロボット巡回画像を5分前後前の巡回画像と比較。画像を診断」

 中年男はAIに手短に音声指示を出した。

『同一のものと判明。動画がループしていると思われ――』

「くそっ!」

 中年男は最後まで聞かずコンソールを叩いた。

「……まさか、ハッキングですか?」

 若い男もようやく理解したようだ。

「そうだ。同じ映像を流しておいてゲートを開けたんだろ」

 中年男はそこで少し考えるような仕草をした。

「私は上に報告する……お前は各ゲートの開閉記録を調べてくれ」

「了解。他のカメラもダミーが無いか調べておきます」

「ああ、頼む」

 ゲートの開閉自体はネットワークから独立しているが、ゲートの状態、開閉記録は残るようになっている。

「ええ……至急、警備の強化を――」

 中年男は連絡しだした。


 ナオキたちは4つ目のゲートに向かっていた。

「おかしいわ」

 ユーナが言った。

「熱源反応が多すぎる……警備体制が、変わった?」

 彼女は首を傾げた。

「もう、見つかったんだろ。監視カメラのダミーの映像も、長時間誤魔化せることを想定していない。勘のいい奴が向こうに居るんだろ……」

 僕は「しまった」と思いつつも顔に出さないように努めた。

 元から付け焼き刃の技術だ。見破られてもおかしくはない。

「視覚だけでなく高性能なセンサー類も持ってるかな?」

「さあ、どうだろうな。万が一を考えると迂回ルートを取るしかないな」

 正直それは避けたかったが、そうも言っていられない。

 僕は彼女の端末を借りると、ナビを迂回ルートに設定し直した。

 これでかなり大回りになるが、接触は避けられる……はずだ。


「あと少しで……4つ目の……ゲート」

 ルート変更は失敗だったと、僕は実感していた。

 彼女の疲弊は明らかだ。無理してでも当初の予定通り進めるべきだったのだ。

「少し休もう」

「どうして……あと少しなのに、ゲホッゲホッ!」

「そんな状態だからだよ」

「私はまだいける」

「い~や、駄目だ。10分間の休憩を取ろう。迂回したここなら警備は来ないはずだ」

 また僕は率先して腰を下ろした。

 彼女も仕方なく、という風に従う。

 彼女のために自分が折れるのは何度目だろう――そう思ったが、それを嫌っていないことにも気付いていた。

 ――情けないといわれても、何度でも折れよう。それで彼女が幸せになれるのなら。

 僕はシェルターの低い天井を見上げながらそう誓った。

「――ねえ、聞いてる?」

 彼女が話しかけているのに、聞いていなかったようだ。

「ああ、ごめん。なんの話だっけ?」

「シェルターを出たら、人間以外の動物も見られるかなって……生きている鳥とか」

 彼女は子どものような無邪気な目をしていた。

「野生の鳥か……ユーナが見たいと言っていた空を、飛ぶ生物だったか。ドローンとは違うんだろうな」

 鳥や他の生物についても図鑑では見たことはあった。

 しかし、シェルターは衛生上、食用を除く人間以外の動物は持ち込まれなかったから、鳥と言ってもにわとり以外は空想の産物と大差なかった。植物は公園エリアなどに観葉植物が植えられていたが、動物は肉にされた物しか見た覚えがなかった。

 そういえば、いつだったか彼女が描いた動物の絵を頭のおかしい妄想だと言って笑った奴が居たからぶん殴ったことがあった。彼女が止めたから1発でやめたが、そうでなければ顔中腫れ上がるぐらいに殴り続けたかもしれない。

「ドローンと鳥を一緒にするなんてひどい」

 彼女はちょっとむくれた顔をした。

「飛ぶのは一緒だろ?」

「そういう問題じゃなくて――」

 良かった。彼女の声に元気が戻ってきたみたいだ。

「さあて、次のゲートまで行こうか?」

 僕は立ち上がった。

「うん、そうね」


 4つ目のゲートを開門。通過。


 B6シェルター監視棟。

「とうとうここも突破されたか……」

 若い男は気の抜けた声で言った。

「おい! もっと真面目にやれ!」

 中年男の声は苛立っている。

「はいはい……どのみち直接捕まえるのはこっちの仕事じゃないですから。責任問題言われても困りますがね」

「馬鹿! このまま外に出たらどうするんだ!?」

 中年男が怒鳴った。

「確かにあと1つのゲートで外ですが……自殺志望者が勝手に外に出て、ウイルスに感染しても別によくないですか?」

「……そういう問題じゃないんだ」

 中年男の額に冷や汗がにじむのを若い男は見逃さなかった。

「前から思ってたんですが、ここの警備体制は変じゃないですか? 『外』から異物が入るのを阻止するためじゃなくて、『内』から『外』に出るのを阻止するようにできてる」

「……お前は余計な疑問は抱かなくていいんだ」

 若い男は中年男に詰め寄って言った。

「あなたといい、上層部といい、何を隠してるんです?」

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