△▼△▼シェルター△▼△▼

異端者

第1話 空と計画

 ここはシェルター。ティアーズウイルスの蔓延する世界から隔絶させた人類の最後の砦。

 ティアーズ(涙)という名の示す通り、ワクチンや治療法は確立されておらず、感染して発症すれば文字通り涙を流しながら死を待つしかない。

 人類は必死の抵抗も空しく、選ばれたごく一部の人間をのみをシェルターに退避させることしかできなかった。外の世界の人類は絶滅した――これが僕、ナオキの知る現実。

 人々がシェルターに引きこもってから60年が経とうとしていた。


「本物の空が見たい」

 きっかけはその一言だった。

 シェルター内の同じ高校の女生徒、美術部のユーナがそう言ったのだ。

 ちなみに、僕もユーナもシェルター内で生まれた。だから「天井」は見たことがあっても「空」を見たことはなかった。

 ユーナはかつてシェルターの外にあったとされる世界を描き続けていた。多くの人はそれを妄想だと馬鹿にしていたが、僕はその絵が好きだった。ちょっとしたきっかけでユーナの絵を見てから、僕は絵を描く訳でもないのにユーナの絵見たさに美術室に通い詰めた。

 空――その言葉は知っていたし、画像では見たことがあった。天井ではなく、頭の上にどこまでも広がっている空間。そこには雲が浮かび、太陽が輝いている。

「空か……僕も見てみたい」

 僕はシェルターの低い天井はあまり好きではなかった。

 確かにここは最低限の生活は保障されている。シェルターに入る前から生存していた老人たちに言わせると「恵まれている」そうだ。

 だが、僕はシェルター内の生活、いやこのシェルター自体が好きになれなかった。

 シェルターの様子はどことなく陰鬱で気が滅入った。なんでもないのに、時折不安に押しつぶされそうな気分になるのだった。

 食料などの日用品は支給され、各自に見合った役割を与えられる。管理されて何不自由ない世界だと言うが、それは単に飼いならされているだけではないのか? 自ら水槽の魚になっているだけではないのか? そんな疑問がずっとあった。


「一緒に、空を見に行こう……シェルターを出よう!」

 ある日、放課後の美術室で彼女にとうとうそう言った。

 彼女は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに悲しげな表情に変わった。

「そんな……私は良いけど、あなたは……」

 そうだ。ウイルスが蔓延する外に出たら、間違いなく死ぬだろう。

 しかし、放っておいても彼女の方は死ぬ。

 ここ3ヶ月、彼女が衰弱していく一方なのは明らかだった。

 病院にも行ったが、原因は不明。栄養剤を投与されただけだった。ただ、このまま衰弱していけば死ぬだろうことは僕にも容易に想像がついた。

「何も遠慮はする必要は無い。僕も空を見たい……それじゃあ駄目か?」

「駄目!」

 それは弱々しい声だったが、はっきりとした拒絶だった。

 彼女はふいに激しくせき込んだ。あの病気の症状だ。

「おい! 大丈夫か!? 誰かを呼んで――」

「ゲホッ……だ、大丈夫だから。もう収まったから……だから」

 彼女の顔色は明らかに悪くなっていた。

 もう、彼女が日常生活を送れる時間は長くはないだろう。たとえ生きながらえても、病院のベッドで余生を送るだけだ。だからこそ今すぐに――

「出よう! ここを! 空を見よう!」

 僕は彼女を抱き寄せると、はっきりとそう言った。

 ウイルスがなんだろう。僕は彼女にできることなら、なんでもする。

 これは愛なのだろうか。それとも自分に酔っているだけなのだろうか。――まあ、なんだっていい。

「……うん。そうだね」

 今度は拒絶されなかった。

 こうして、シェルター「脱出」計画は幕を開けた。


 その日から、僕は、いや僕たちは準備を始めた。

 彼女に残された時間は限られている。できるだけ迅速に進める必要があった。

 まずはシェルターの構造を調べて、外部に出るルートを知る必要がある。

 僕は端末を操作してシェルターの管理部門に侵入すると、構造図をコピーした。

 これは一応機密扱いのようだが、それ程セキュリティが厳しくなかったのでそう難しくはなかった。

 次にシェルターの警備、警備員と警備ロボットの巡回ルートを調べるが……元々外に出ようとする人間が居ることをあまり考えられていないのか、それ程厳重ではない。ただし、外部と繋がる通路にあるゲートは厳重なようで、これは他のネットワークからも独立しているようなので行って直接ハッキングするしか方法はなさそうだった。

 ちなみに、このゲートもどのルートでシェルターから「脱出」するかによって必要な開ける数が異なる。セキュリティの強度も作られた年代によって異なるようなので、警備の巡回してくる時間も考えて、最短になるようにしなければならない。

 この点については、ユーナとも何度も相談した。もっとも、実際にハッキングして開けるのは僕だが、彼女にはその間見張りについてもらうことにした。

 そして、見つかった時の処置だが相手が警備ロボットだった場合、通信受信機からコンピューターウイルスを送り込んで活動停止。警備員の場合、ショックショット(相手の神経にのみ刺激を与える銃)で気絶させることにした。人間だと、倒れ込んだらその時に頭部を強打する危険性もないとは言えないが、さすがにそこまで気を遣う気になれなかった。

 これらの準備をするのに約2週間……その間にも彼女は衰弱していった。

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