第11話 死亡フラグを立てやがった(永正16年4月)

永正16年4月


 1日、祖父近衞尚通は先日の禁裏における返礼の酒宴に対する礼状を勾当内侍東坊城松子に遣わしたそうだ。そして、祖父は女房奉書を賜った。


 2日、明け方頃、屋敷の中が騒がしくなる。家中の者たちは何かに慌てている様子だ。慌てて部屋に入ってきた生母の話では、屋敷の門前にある土蔵で火事が発生したらしい。結果的に当家に被害は無かったものの、門前の土蔵は焼き上がってしまった。祖父は「仰天無極者也」と嘆いている。屋敷の近くで火事が起きたことが不吉なのだろう。

 右馬頭細川尹賢、細川高基が祖父訪ねてきたので、近衞稙家と共に古今講釈を受けていた。近衞家が被害を受けた訳では無いので、古今伝授に支障は無いのだろう。

 北野實成院明順より、近所の火事の見舞いを受ける。近隣の火事に対する見舞いがあるくらいなので、それなりに大事であった様だ。



 3日、雨の中、祖父を訪ねて鸞岡省佐鸞岡瑞佐と言う僧が、扇子一本を持って来た。祖父は以前から講釈を請うていたそうだが、叶わなかった。


「鸞岡省佐は近日、右京兆が送る遣明船の正使として、渡唐して入明を期すらしい。帰朝後、講釈を約束した」


 祖父は、鸞岡省佐が日本に帰ってきてから、講釈してもらう約束をしたらしい。思いっきり死亡フラグがビンビン立ってますやん……。

 鸞岡瑞佐は、細川高国方の遣明船の正使として派遣され、寧波の乱で大内義興方の遣明船の者たちによって殺害される。

 私は祖父が家族に語っているの聞きながら、鸞岡瑞佐が帰ってくることは無いと心の内で呟くのであった。



 6日、大内左京兆大内義興より書状が届く。大内家の被官である淡路彦六なる者がが大内左京兆状を持ってきたそうだ。

 鸞岡瑞佐が訪ねてきた翌日に、彼を殺す者たちの主である大内左京兆から書状が届くとは、運命の様なものを感じてしまう。

 祖父は大内左京兆からの書状を内裏後柏原天皇に見せて、御一読いただいたそうだ。近衞家にとっても、禁裏にとっても、大内家とは重要な存在だと言うことだろう。


 7日、雨の流山、右馬頭、民部大輔細川高基が訪ねて来て、祖父の古今講釈を父ともに伝授される。

 蝦夷北海道へ渡った本満寺の僧が、祖父を訪ねてきて、布一束五十並びに夷莚一枚進上したそうだ。北海道へ渡ったなんて、珍しいのでは無いのだろうか?北海道の名産である昆布などを土産にくれたのは有り難い。

 あと、飛鳥井賴孝も訪ねて来て、祖父と話をしたらしい。


 8日、近衞家では藤見の会が催される。右馬頭細川尹賢が土器物五色三荷、民部大輔細川高基が食籠一、三荷を持ってきたそうだ。左京兆細川高国からは、躑躅一枝を典厩細川尹賢を通じて贈られている。細川一族は気前良く贈り物をくれるので、頻繁に近衞家を訪ねてくるのも仕方ないことだろう。

 飛鳥井父子2022/12/15雅俊、雅綱、飛鳥井賴孝が来て、藤見の会で二十首読んだ

らしい。そのまま、飛鳥井前大納言飛鳥井雅俊は、当家に逗留していった。


 11日、典厩細川尹賢民部大輔殿細川高基が祖父を訪ねて来たので、父と共に古今講釈を受ける。二人はこの間来たばかりなんだが……。


 16日、細川高国が大神宮へ参詣するため出立したそうだ。畠山式部少輔畠山順光伊勢伊勢守伊勢貞陸も同道しているらしい。典厩、戸部細川高基が古今講釈のために祖父を訪ねてきたので、その話をしたのだろう。

 他には、日吉社の社僧が訪ねて来たそうだ。

 17日、日吉社の社僧が訪ねて来たと思ったら、翌日には日吉社の社家が訪ねて来たらしい。日吉社の御師職について訴えがあるそうで、祖父が対面したとのこと。


 18日、季父大覚寺義俊が朦気を疾んでいた。兩3日朦気が治まらないため、富小路資直を召して診察してもらった。季父には早く治って、良くなって欲しい。

 鸞岡省佐鸞岡瑞佐へ、先日訪ねてきた礼として杉原紙十帖、香炉一を遣わしたらしい。


 20日、典厩、戸部が古今講釈のために訪ねてきた。祖父は典厩殿のために古今の心得を用意していたそうなので、授けた様だ。

 祖母北政所が実家の徳大寺邸を訪れる。曾祖父徳大寺実淳が留守なため、見舞ったそうだ。


 22日、朝蔵主東啓瑞朝が、鸞岡省佐の使者として訪ねて来た。父へ秀才記を贈られたらしい。


 23日、細川高国たちが伊勢国より帰洛した。大神宮伊勢神宮参詣は無事に遂げられた様だ。

 24日、細川高国たちから、大神宮参宮の土産が贈られる。使者として井上国広忠兵衛が訪ねてきた。京兆参宮の一万度御祓、ノシ千本を贈られる。

 祖父は、徳女中、日野家へ御祓一折送っている。両者からは喜びの返事が来たそうだ。


 25日、今日は風呂が有る日だ。近衞家では和歌会が行われている。公家衆、高僧、連歌師などが参加したらしい。


 27日、京兆細川高国から預かっていた櫃五合を細川高国の被官である田邊と言う者が取りに来たそうだ。


 28日、細川六郎細川稙国(細川高国嫡男)が犬追物始めを行ったそうだ。近衞家家中では噂になっていた。


 29日、飛鳥井少将飛鳥井賴孝が若狭国に下向するので、暇乞いに訪ねて来たそうだ。飛鳥井前大納言飛鳥井雅俊も来たので祖父が対面したらしい。



 鸞岡瑞佐と言う歴史上の人物が、近衞家を訪ねてきたが、祖父が盛大な死亡フラグを立ててしまった。

 細川高国方の遣明使の正使として派遣される鸞岡瑞佐は、明国から帰ってくることは無い。寧波の乱で殺害されるからだ。

 そんな人物と帰ってきた際の約束をするなんて、死亡フラグ意外の何物でも無いだろう。


 細川高国一族の訪問も頻繁に行われ、多くの贈り物や土産をもらっている。細川高国一族からの贈り物は、貴重な近衞家の収入だ。近衞家にとって、細川高国一族は重要な人物なのは間違い無い。


 季父は、身体が強く無いのか、近頃は頻繁に病気になっている。季父の快癒を祈りながら、私は日々を過ごすのであった。

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