閑話 細川高国と近衞家(細川高国視点)

○細川高国



正月2日


 年賀の挨拶に、右馬頭細川尹賢並びに和泉守護細川高基とともに近衞殿を訪れる。

 何度となく訪れている屋敷であるが、細川京兆家の当主となってから、訪れる頻度は減っていた。

 従兄弟の典厩細川尹賢民部大輔細川高基の兄弟は、頻繁に近衞家を訪れていることに、少し羨ましく思う。


 私が近衞家を初めて訪れたのは、明応七年三月二十六日だっただろうか。細川政春に連れられて、近衞家の蹴鞠に参加したのだ。

 当時の近衞家の御当主は近衞政家様であった。蹴鞠の後に、近衛政家様と太閤殿下近衞尚通に初めて対面し、挨拶させていただいたことを覚えている。その際に、太刀を贈らせていただいた。

 その後、近衞家の蹴鞠に父と共に六回参加させていただき、私のことを気に入っていただけたのか、私だけ参加したのは七回となる。

 蹴鞠を介して近衞家を訪れる様になったことで、文亀三年に太閤殿下近衞尚通の御息女の坂本智恩寺入室の世話をさせていただいた。智恩寺殿は、明応八年の生まれだったはずなので、当時は五歳だっただろうか。

 その時には、父の官途を継承し「安房守」となっていたな。

 永正元年(1504)の歳末に挨拶に訪れた時には、民部少輔となっていた。太閤殿下が近衞家の当主になられた永正三年に『八雲御抄』(歌論)と『夫木和歌集』(歌集)について分からないことがあったので、尋ねるために訪れたな。近衞家や三條西家など名だたる公家衆と交際させていただいてから、文芸の造詣が深まったことを実感させられる。


 北政所尚通室維子様と御会いしたのは、永正七年の正月だっただろうか。私が細川京兆家の家督を継ぎ、右京大夫に任ぜられてから、初めての年賀の挨拶に訪れた時だったと思う。太閤殿下と一盞を交わした後に、北政所様と対談することとなったのだ。

 永正13年の正月の年賀の挨拶では、北政所様と亞相近衞稙家殿も同席して、対面したのであったな。


 私が近衞家と交際する様になってから、北政所様には当家京兆家の女衆も御世話になっている。

 我が母は太閤殿下と婚姻されたばかりの北政所様に、明応十年に礼物を贈っていたはずだ。以後、永正十三年まで例年正月には母に対して贈り物をいただいていた。母は近衞殿へ頻繁に訪問し、お互いに進物を贈り合っていたのだ。

 母は近衞家の風呂をいただくこともあり、私や典厩、和泉守護なども相伴に預かることがあった。

 我が室も北政所様に永正八年に平籠に入れた栗を贈ったのを始めに、永正十三年には虫屋虫籠を贈っている。

 永正十三年の九月には、継光院で女曲舞が催された際、北政所に御会いしたいと望んでいた室が北政所様を招請した。北政所様の御生母徳大寺実淳室も共に参られ、室は大いに喜んでおった。

 永正十四年には、当家京兆家の女房衆が北政所様に対面させていただいている。女房衆から話を聞いたところ、華やかで賑やかな集まりだったそうだ。


 我が京兆家では、当主である私だけで無く、母や室を含めた女衆まで、近衞家と親しくさせていただいている。

 従兄弟の典厩や和泉守護も同様であった。だが、典厩は太閤殿下に古今伝授を請い、亞相殿への伝授と合わせて、講釈をいただいているそうだ。古今伝授を授かっている典厩を羨ましく思う。

 京兆家当主となってから、政務が多忙となり、身軽に動けなくなった。房州家当主であった頃が懐かしく思えてくる。


 近衞家の屋敷を歩く間、ついつい私と近衞家とのことを思い出してしまった。

 近衞家の屋敷を案内に導かれて歩いていると、ふと視線を感じる。そちらへ顔を向けると一人の小童がいた。私も歩いている最中であったので、しっかりと小童の姿を観ることは叶わなかった。しかし、小童は童直衣を身に着けていたので、貴人の子息であることは明らかだ。近衞家の屋敷にいることから、近衞家の子息なのだろう。

 近衞家の子息となると、太閤殿下の御子息が思い浮かぶが、もっと大きかったはず。となると、噂に聞く亞相殿の子息だろう。

 亞相殿は家女房を孕ませてしまったと噂に聞くが、相手は閨の指南の相手だったと聞く。その様な相手を孕ませてしまった亞相殿に憐れみを覚えてしまう。

 だが、彼の小童はとても気になる目をしていた。何もかも見透す様な目が……。

 これから、太閤殿下たちに挨拶をしなければならないのだが、どうも私の胸の内に引っ掛かるものを抱きながら、対面の場へと歩んでいったのであった。

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