第8話 北政所の大神宮参詣(永正16年の正月)

 細川一族の年賀来訪によって、重要人物を近衞家に迎えた。しかし、家中は今だに慌ただしさが落ち着くことはない。正月は始まったばかりであった。


 正月4日、祖母維子が実家の徳大寺実淳邸へ年賀の訪問をする。


「祖母上は、徳大寺へ年賀に訪われるのか」


「えぇ。毎年のことですもの」


 私は季母慶寿院の遊び相手を務めていた。季母は、家女房から聞き齧ったであろう噂話を語ってくれる。明日には、大樹足利義稙から年賀の贈り物が届くそうだ。

 翌5日、季母が言っていた通り、大樹より美物三種が贈られた。贈られた美物が何なのかは、教えてもらえなかったのが残念である。


 9日、今日は風呂が炊かれる日だ。そのため、曾祖母徳女中が近衞家を訪れている。

 曾祖母は祖父近衞尚通祖母北政所と三献の儀を交わしていた。その後、祖母と曾祖母は風呂を共にしている。一族の者たちが入るのはその後だ。幼子の身にとっては、蒸風呂が良いのか判断しかねるが、気分的にはスッキリした気がする。

 祖母と共に風呂に入った曾祖母は、当家で夕飯を食して帰っていった。


 10日、朝から屋敷の中は慌ただしい。祖父が大樹邸並びに禁裏などに年賀へ赴くこととなっているからだ。

 大樹邸参賀は武家衆だけでなく公家衆も訪れるらしい。今回の参加者は、祖父、九條前關白九條尚経二條關白二條尹房徳大寺右大将徳大寺公胤久我大納言久我通言花山院大納言花山院忠輔西園寺中納言西園寺実宣中院中将中院通胤などだそうだ。

 近衞家当主である祖父は、大樹邸と禁裏へ年賀に参内せねばならないが、近衞家にも参賀の人々が訪ねてくる。それは、大樹邸や禁裏へ年賀に訪れない公家衆や僧などだ。そういった訪問客は、次期当主である近衞稙家が対応する。それらの客と対面し、当主の代理としての役割を上手くこなすことを父は求められているのだ。


 13日、家僕である北小路俊泰が帰洛した。北小路家は越前の荘園での直務を任されているので、今回も越前国からの帰洛なのだろうか。


 19日、細川六郎細川稙国が、祖父に歌題を一首所望したそうで、祖父は書き与えたそうだ。細川右京兆細川高国の嫡男である六郎との関係は、次代に繋げるためにも大切なのだろう。



 20日、朝に祖母が春日社春日大社へ参詣するため、屋敷を出発した。


「祖母上は前年に大神宮に参詣に赴かれましたが、寺社を詣でることが多いのですね」


母上維子は、父上近衞尚通の代わりに近衞家として参詣にいってるのよ。父上は都を動く訳にはいかないですもの。兄上近衞稙家も都を動けないから、北政所である母上が訪れるしかないわ」


 今日も季母の相手をさせられているのだが、私が質問をすると、姉ぶって大抵のことを教えてくれるので、有り難い。

 季母と遊んでいると、屋敷の中が賑やかな雰囲気に包まれる。祖父を訪ねて公家衆がやってきたのだ。

 佳例の銚子事があったそうで、公家衆は祖父の元を訪ねた様で、そのまま宴となった。  

 珍しく屋敷の中が騒がしかったが、祖父を含めて公家衆は大いに飲んだそうだ。祖母がいなかったこともあり、羽目を外してしまったのかもしれない。


 21日、近衞家の屋敷の門柱を立てる作事あった。物陰から作事の様子を眺めていたのだが、傅役に見つかり、手習いをさせられた。文字の手習いは、書体を綺麗に書くのが面倒くさいのだが、公家衆としては必要な教養ではあるので、早く綺麗に書けるように励むしかない。

 祖母も春日社から帰洛し、いつもの日常が戻った様に感じられる。


 27日、信楽荘の代官である多羅尾親子が年賀に訪れた。多羅尾家は樽を進上した様で、中身が何だかは分からない。

 多羅尾は信楽荘の年貢を未進し続けているが、毎年礼物を持って訪ねてくるので、かなり厚かましいとは思う。

 近衞家側が拒否しないのも、年貢が未進でも物を贈られるだけマシと考えているのかもしれない。近衞家で飲まれている茶も、多羅尾家が信楽荘で栽培している茶を贈ってくれたものだそうだ。



 正月は例年通り、近衞一族門跡など公家衆、武家衆、高僧、連歌師といった訪問客が多かった。近衞家の場合、年賀で訪問する相手が少ない。訪問される身分なので仕方ないが。


 正月は贈り物を貰えるので、近衞家にとって貴重な収入の多い月である。もっと生活が豊かになったら良いなと願いつつ、手習いに励むのであった。

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