第7話 細川一族による年賀来訪

永正16年(1519)


 新年を迎えて、私は数え年で4歳となった。戦国時代に生まれてから、幾度か病に罹りはしたものの、日々を健やかに過ごせている。


 本年の元旦は、禁裏での節会は行われず、四方拝が執り行われただけであった。


「元旦の節会を催せぬなど嘆かわしい」


 祖父近衞尚通は、元旦に節会が催されなかったことを嘆いている。去年と一昨年は節会が催されていたのが珍しかったのだろうか。大内左京兆が帰国してしまったことが、禁裏の財政に影響しているのかもしれない。



 2日は、朝から屋敷の中が慌ただしかった。細川右京兆細川高国が年賀にやって来るからだ。右京兆は、細川右馬頭細川尹賢細川民部大輔細川高基などの細川一族と共に近衞家に訪れていた。

 大内左京兆が在洛していた頃は、左京兆の年賀の使者と合わせていたのか、同日に右京兆細川高国も訪れていたかと記憶している。

 右京兆の姿は、屋敷の物陰から何度か盗み見たことがあるが、文化活動に熱心な様に優しげな雰囲気を醸し出していた。右京兆の容姿で特徴的なのは目である。右京兆の目は大きくはっきりしているのだ。

 屋敷の物陰から、右京兆たちを盗み見ていると、ふと右京兆が此方へと顔を向けた。私は慌てて隠れる。しかし、私は一瞬だけ右京兆と目があった様な気がした。

 細川高国一行を盗み見ると言うはしたないことをした挙げ句、見られたもしれないことに胸の動悸が高鳴っている。家中の者に見られたら、窘められるところであろう。


 胸の動悸が治まったため、屋敷の奥へと戻ろうとする。その途中で、近衞稙家と遭遇した。


「多幸丸よ。この様なところで何をしておる。右京兆殿年賀に参っておる故、奥で大人しくしておれ」


 父は、私を窘めると側仕えの家僕とともに、右京兆たちが待つ部屋へと向かって行った。

 近頃、父が何かと話し掛けてくる。一言二言と言葉数は少ないものの、以前は私を避けていた様に思われるので、どんな心境の変化があったのやら。父にとって良い変化であれば良いのだが。



 近衞家の奥へ戻ると、季母慶寿院と遭遇する。叔母は側仕えの乳母ともに歩いていた。


「多幸丸ではないですか。何処へ行っていたのです?」


「叔母上、屋敷の中を歩いておりました」


「誠ですか?まぁ、良いでしょう。これから、兄上大覚寺義俊の元へ参るので、其方も付いてきなさい」


 季母は私が何処に行ってきたのか尋ねるので、屋敷の中を歩いていたと誤魔化すと、疑ってかかる。しかし、季母は季父大覚寺義俊の元へ向かうところだったらしく、私にも同行する様に言うと、半強制的に連れて行かれることとなった。


「正月なので、兄上も御時間がある様なのです。日頃、遊んでもらえないのですから、多幸丸も此方と共に遊んでもらいましょう」


 季母は、正月で時間に余裕の出来た季父に遊んでもらうつもりの様だ。季父だけで無く

、日頃の遊び相手である私とも一緒に遊びたいのだろう。

 季母に仕える家女房が、季父の部屋へ入室を請うと、入室が許可される。私は季母と共に季父の部屋へ入室した。


「よう参ったな。其方たちとは日頃は遊べぬ故、正月くらいは相手をしてやらねばなるまい」


 部屋にいた季父は、私たちを見て朗らかに笑みを浮かべている。季母と私は着座を促されると、季母の独壇場になった。季母がお喋りしたかったのだろう。自身の近況や私のことを季父に語り続ける。季父はにこやかに季母の話を聞いていた。

 まぁ、話している間に、季父から傅役を帯同させていないことを窘められたりしたが。

 季父、季母とお喋りしている間に、本日の年賀の客の話となる。本日訪れる予定の客で最も重要な人物は、細川右京兆を筆頭とする細川一族の様だ。

 他にも、多くの公家衆や武家衆が年賀に訪ねてくる様で、季母は年賀の客について季父に尋ねている。

 家僕で重職の進藤長英も年賀に訪れる様だ。近衞家で召し抱えている大工衆たちも年賀に訪れるとのことなので、進藤と大工衆は同じ日に合わせて年賀に訪れているのかもしれない。


父上近衞尚通は、大工衆たちとまた御庭で対面されるのかしら?」


「そうだろうね。大工衆の頭だけならまだしも、大工衆皆と対面するとなると庭になるのだろう」


 季父と季母は、大工衆の年賀について話している様だ。当家で召し抱えている大工衆とは言え、屋敷に上がれずに庭で対面となるのだろう。頭だけならば身分の低い者が対面する場所で会うのかもしれない。

 季父は大工衆について話し始め、彼等は摂津国放出村に番匠給として御大工給田を与えられているそうだ。

 大工衆は、近衞家に召し抱えられる上で、それなりの待遇を受けているのだろう。


 その後も、季母が主導権を握ったまま、季父とともに訪問客たちが帰るまで遊んだのであった。

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