第4話 髪置きの儀(三歳の祝言)

永正15年(1518年)


 永正15年を迎え、私は数え年で3歳になった。元旦には、昨年と同様に里大裏での節会と小朝拝が行われている。

 正月の諸々の行事や年賀なども落ち着いたところで、私の髪置きの儀が吉日を選んで執り行われることとなった。


 髪置の儀とは、子供が3歳の節目に行う儀式で、頭に糸で作った綿白髪を乗せて長寿を祈願する。

 平安時代頃から始まった風習であり、赤子は髪を剃って坊主にする習慣であったため、3歳になり髪置きを行う。髪を伸ばし始める様になることは、無事に成長できた証とも言える。そして、今後は髪を伸ばして総角にするのだ。

 髪置の儀の際に、頭に綿白髪を乗せるのだが、それは髪が白くなるまで長生きして欲しいと言う願いが込められているとのことである。


「白粉はイヤじゃ。天花粉が良い」


 私は髪置きの儀において、化粧をする際に、白粉では無く天花粉を所望した。水銀を原料とした白粉など塗るのは御免被る。そのため、白粉の代用品となり得る天花粉を代わりに塗ってもらおうと思ったのだ。

 天花粉とは、要はベビーパウダーのことであり、あせもの予防に使われる。比較的裕福な近衞家には天花粉があり、赤子の頃に使ってもらっていたのだ。

 白粉の代わりに天花粉を使ってくれと頼んだことは、乳母や生母たちを困惑させたのは言うまでもない。当主である祖父近衞尚通の元まで指示を仰ぎにいくことになった様だ。祖父の判断により、日頃から私は化粧をする訳でも無いので、今回は特別に天花粉を使って良いと許可を貰えたとのことであった。

 まだ幼子だから白粉を塗られていないのか、生母の身分が低いから塗られていないのかは分からないが、ある意味有り難い。

 しかし、年を経て、白粉を塗る様になった時、どうするべきか考えておかなければならないだろうな。

 白粉の原料は有害ですなどと祖父に言ったところで信じてもらえるか分からないし、仮に信じてもらえたとしても、無用な混乱を生むだけである。下手したら、白粉の利権有する者たちに抹殺させる可能性さえあるだろう。

 白粉を常用している者たちには悪いが、使い続けてもらうしかないだろうな。


 私の我が儘により、多少の混乱はあったものの、吉日に髪置きの儀が執り行われた。私の髪置きの儀は、本来の規模より縮小されて行われたそうだ。私の生母が正室や妾では無いこと。期せずして生まれてしまった子であるため、大々的に祝うことはしないことになったらしい。要は、内々での慎ましやかな儀式となったのであった。

 本来であれば、父の様に正室から生まれた嫡男であれば、大々的に祝うのであろう。近衞稙家は12月生まれで、2月に髪置きの儀を執り行ったそうなので、21世紀の感覚だと、ほとんど満一歳で御披露目されたことになる。

 髪置きの儀は、様々な人々から御祝の贈り物を贈られるので、収入の減った公家にとって貴重な収入源であった。

 そんな貴重な収入源である3歳の祝言を内々で済まさなければならないほど、私の一族のおける地位は低いのである。生母は悲しげにしていたが、私は然程気にしていなかった。それよりも、生母が悲しそうにしてることの方がツラく感じたのは、母に情愛を抱き始めている証なのかもしれない。


 私は髪置の儀を終えたことで、人間として扱われる様になった。それまでより出来ることの幅が増えたと言うか、自由度が増した。3歳まで生きて、儀式を終えたため、漸く人間として扱われる様になったと言うことだろう。


 髪置きの儀を終え、私にも傅役が付けられることとなった。

 公家や上級武家では、傅役は3歳〜5歳ぐらいに付けられるのが一般的だそうだ。そのため、3歳になって傅役を付けられるのは、早い部類に入ると言えるだろう。

 近衞家の家中では、早く話し始めたことや大人の話を理解するのが早かったことから、年齢の割に賢すぎるとは言われていた。

 賢さ的には傅役が付いてもおかしくはなかったかもしれないが、身体が伴っていない。満2歳だったとしても傅役が付けられるのは早い様な気もするが、傅役が付いても教えられることは限られる。

 先例としても、髪置の儀が終わっていないのに傅役を付ける訳にはいかなかったので、今までは付けられていなかった。

 新年を迎えて数え年が3歳になり、髪置きの儀を終えたことで、祖父は私に傅役を付けることを決めた様だ。



 数えで3歳になったとで、髪置きの儀が執り行われた。こうして、私は一人の人間として認められ、漸く近衞家の一員となったのだと実感している。

 傅役を付けられることも決まり、学ばなければならないことを増えるであろう。

 しかし、私が自由に出来ることや時間も増えたのは確かである。私はそれらの機会を活用して、将来に向けて準備していくことを決意したのであった。

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