第203話 因縁
『グレンよ! オレにやらせろッ!』
グレンは答えない。
ただ、黙ってルシフェルと剣戟を交わしていた。
「いいですよッ! もっと……、もっとッ! まだアナタの実力はそんなものではないはず! もっと打ち込んで来るのですッ!」
ルシフェルは目を輝かせ、口角を上げながら喜々として剣を振るっていた。
グレンは最小限の動きでありながらも、無駄なく連撃を仕掛けていく。
そうしている内に、オレの失った左腕が生えてきた。
「ほぅ? それは再生ですか! 素晴らしい! ならばコチラも遠慮なく行かせてもらいますよ!」
オレの左腕が元に戻るや、ルシフェルは一段、動きのギアを上げてきた。
これまで奴は手を抜いていたっていうのか!
ニュートは自分とルシフェルの実力差を嫌が応にもでも見せつけられる。だが、このまま大人しくするなどという選択肢はない。少しでも、グレンとルシフェルの戦いを見て対策するしかないのだ。
『グレンッ! いつまでオレの体を使うつもりだッ! 早くオレと変われッ!』
『……、今のお主ではあの男に勝てまい? ならば、俺がアイツの剣筋を全て明らかにしてやる。しっかりと目に焼き付けておくがいい!』
くっ……。
非常に腹立たしいが、グレンの言うことも最もか……。
グレンはスピードを上げたルシフェルにもしっかりと対応していくのだった。
***
(ルシフェル視点)
これはなかなか……。
ギアをあげた私の動きにも完璧に対応してくるとは……。
フッ、と嗤いが、こぼれるのを抑えきれない。
見事な剣筋だ。それも実戦でよく練られている。
「これ程の剣、見事、と言っておこう。だが、最後は私が勝たせてもらうがね」
私はふと、大蛇神との戦いを思い出した。
「……大きいな……、これが、蛇の国の守り神……」
視界の奥には私の身長の三倍程の高さは優にあろうかというヒュドラが佇んでいた。首の数も多く、十二本もある。過去に討伐された最大のヒュドラは首が八本であったと聞く。
この個体は体長が軽く二十メルを超えているだろう。
まさに過去最大の敵というわけですか……。
ルシフェルは顔がニヤけてしまうのを抑えきれなかった。
「これ程の敵……、血が滾るッ!!!」
ルシフェルは斬りかかった。この蛇が何をしたと言うわけでもない。ただ、私は戦う敵が欲しかったのだ。
生まれてからずっと、神たちの言うとおりに従っていたが、奴等は都合が悪くなった時しか動かない。
それでは、この私の内に湧き出る戦いの衝動を抑えきれないのだ。
そこで、密かに
一太刀目で、不意をつけたため、首のうち、一本に深く傷を与えた。
ヒュドラがこちらに気づき、すぐさま反撃をしてきた。酸と、毒を撒き散らし、長大な牙で噛み付いてくる。
「う〜ん、動きはあまり速くないようですねぇ。これでは永遠に私を捕まえることなど出来ませんよ?」
動きの遅い蛇たちを尻目に次々と剣で斬り裂いていった。だが……、蛇の頭部は一向に衰えを知らなかった。
「こ……、これは?」
いくつもの頭部が絶え間なく襲ってくるのだ。
大きく後方にジャンプし、形勢を立て直す。
そして、ジックリと観察すると、切ったはずの頭部はすでに元通りになっていたのだ。
「なるほど……、再生能力ですか……。それもかなり強力そうですねぇ。そうこなくては面白くありません……。この蛇とはタップリと遊べそうです。今、この出会いに感謝しなければなりませんねぇ!」
自分の中に溢れ出る歓喜。それは何時までも戦い続けるためのエネルギーとなり、私を突き動かす。
そして、激闘が始まって丸一日が経過した。
私の足元には大きな頭部がいくつも転がっていた。それらは最早、魔力の欠片も有さず、再生することもなく、ただそこに佇むだけの置物と化していた。
「もう……、終わりですか……」
私の胸に居来するこの感情は虚しさ……なのか? せっかくのオモチャで遊べると思ったのに、たったの一日で壊れてしまうなんて……。
もう、終わったと思っていた蛇のとの戦い。だが、今、目の前にあの大蛇の敵討ちに来た若者がいる。蛇との戦いはまだ終わっていなかったのだ!
これほど嬉しいことはあろうか!
私は喜びを抑えきれない! 素晴らしい……、まさかあの蛇が、これ程の戦士を送り込んでくれようとは!
蛇の戦士はなかなか剣が達者だった。
「フハハハハ! まさか、これほど楽しませてくれるとはな! 嬉しいぞ!」
私はさらにギアをあげていく。
このスピードならばどうだ?
激しい乱舞が続いていく。だが、蛇の戦士は私の最大のスピードにまで対応してみせた。
「なんと! ならば……、これでどうだ?」
今までは自分に敵の剣が届かないように十分なマージンを残していた。だが、この一撃は違う。明らかに踏み込みの量が多く、体重を乗せきった一振りなのだ。
「ぬっ?!」
驚くべき事に、この蛇族の戦士はこの捨て身の一撃に敏感に反応した。
私が踏み込んだ分と同じように、踏み込んできたのだ。
お互いの剣はぶつかり合うことなく、お互いの左腕を切り落とすのだった。
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