第176話 バハルの怒り



 バハルの怒りは頂点に達していた。


 なぜこうも下等種ごときに遅れを取らねばならんのだッ!


 この大会に参加を決めたのは、ギガースからの誘いだった。


 その約束のため、重い腰を上げ、はるばる神の国までやってきたというのに、肝心のギガースとの勝負の前に、ここまで苦戦することになろうとは……。


 バハルの頭にははギガースとの約束が蘇ってくる。




   ***




「なに? ギガースから使者がきただと?」


 久方ぶりに聞くその名。我ら竜族の永遠のライバルと言われる巨人族の代表者、ギガース。


 奴とは数百年ほど前に戦って引き分けて以来、永らく戦線は膠着したままだ。


 今頃になって性懲りもなく宣戦布告でもしてきたというのか?


 バハルは玉座に勢いよく腰をかけると、足を組み、使者を見下ろした。


「バハル様。我が主君であるギガースより書状をお持ちしました。つきましては、ご返事をいただきたく」


 ギガースの使者とやらは物腰の柔らかい男のようで、頭を下げてお願いをしてくる。


 フンッ、いくら物腰の柔らかい使者を送ろうとも、奴の本性は”破壊する者”。どうせろくでもないことを企んでいるに決まっている。


 バハルは眉を寄せながら新書に目を通す。


『バハルよ。久しいな。貴様と戦った日から数百年経った。だが、貴様との決着は未だつかぬまま、放置されている。ワシはこの戦いの決着をいつかつけたいと願っていた。


 そんな折、ワシの元を一柱ひとりの神が訪れたのだ。何でもこの世界で最も強い者を決定するトーナメントを開くのだとか。ワシは運命を感じずにはいられなかった。このような催しをした所で、頂点に立つのはワシか、あるいは貴様しかおらぬだろう。


 そこでワシと貴様のどちらが強いのか? このトーナメントで決着をつけないか? もちろん、貴様の国の神も貴様を招待すると聞いておる。


 願わくば、貴様が臆病風に吹かれ、辞退せぬことを願っておる。返事は使者にでも伝えてくれ。ではな』


 相変わらず、脳みそまで筋肉がつまってそうな手紙だ。頭の悪いギガースが考えた文章に違いあるまい。


 さて、余のところへも招待が来るのか……。余こそが、この世で最も偉大で、最も強く、最も崇められし者だということを知らしめるのにちょうどいい機会ということだ。


 ならば返事は決まっている。


「ギガースの使者よ。この話、確かに受けたと伝えるがいい。だが、ギガースにとって面白くない結果になるだろうがな。ハーーーハッハッハッハ!!!」


 その次の日、余の元へ神を名乗るものが訪れた。


 機は熟した。


 憂うことなど何もない。神が弄したこのトーナメントを蹂躙し、終わるはずだった。


 …………それが…………


 何故、このようなことになっているというのだ?


 今、余の前に立っている男は蛇人族スネークマン。ドラゴンから枝分かれした種族の中でも劣等、末席に近い種族なのだ。それが、ここまで余を攻撃してくるなど許されるものではない。


 この世に、余よりも強き者など存在してはならないのだ。眼の前の存在は確実にあのギガースよりも優れた攻撃力を持っている。それは余がここまで追い詰められたことからも明らかだ。


 ならば……、余の持っている最大の攻撃をもって、決着をつけるべきだろう。


 本来であれば、この技はギガースをあの世へ送るための秘策であった。


 あの馬鹿げた再生能力を持つギガースを倒すには一撃で致命傷を与える他に倒す方法などない。


 ならば、余の持つ最高の攻撃、ブレスを改良するのが一番だと判断していた。


 余とて、この数百年、何もしていなかったわけではない。ブレスの威力を最大限に生かし、増幅することに成功し、後は憎きギガースを葬るばかり、のはずだったのだ。


 だが、目の前の存在は生かしておけぬ。栄光ある竜族の繁栄のためにも確実に死んでもらわねばならない。


 躊躇うことなどなかった。ブレスと最大の風魔法を使用し、目の前の蛇を残す所なく焼き尽くすのだ。


 憎き蛇はまたしてもあの忌々しい剣を構えている。だが、勝つのは余だ。この新開発したブレスを必ずや消し去ってみせる。


 そして、ブレスは放たれた。


 口の周りには風魔法によって大砲の筒のように形造られている。その中をブレスが通っていく。そして目の前の男に凄まじいスピードでぶつかった。


 奴はまたしてもあの剣で余のブレスを斬るつもりらしい。ここからは力と力の真っ向勝負。


 余のブレスが奴を焼き尽くすか、それとも……。




 長いブレスの時間が終わった。辺りは未だに黒い煙に包まれ、何も見えない。


 だが何も見えなくて当たり前だろう。何せ、奴はもう、身体の全てを超高温によって焼き尽くされ、灰も残らず吹き飛んでいるはずだから。


 ざしゅ、と音が聞こえた時、余は我が耳を疑った。


 ざしゅ。


 また一歩、歩く音がする。


「ぬぅ? ま……まさか……」


 今も、もうもうと立ち上る黒煙が渦巻く中、足音が聞こえたのだ。


 間違いない……、奴が生きていただと!?


 背筋が凍るように冷たく感じる。身体が強張って思うように動かない。


 ざしゅ。


 煙が少しづつ晴れてきた。そこに見えたのは……。


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